scene:153 新造船
ベネショフ領で修行しているクルトは、ブリオネス家の末娘マーゴまでもボーンサーヴァントを手に入れたのを知って羨ましがった。
「いいな。僕も欲しいよ」
その言葉を聞いたマーゴが胸を張る。
「クルト兄さんは、自分でスケルトンを倒してボーンエッグを手に入れろと言われているんでしょ。頑張らなきゃ」
「そうだけど、ボーンエッグを手に入れるだけじゃなくて、強いボーンサーヴァントを誕生させるには、『剛力』と『頑強』の真名が必要だって言われているんだ」
このことはベネショフ領の兵士たちと領主関係者だけの秘密となっているが、デニスたちは本気で隠そうとはしていない。どうせ、すぐにバレると思っているらしい。
クルトは岩山迷宮七階層の雪原エリアで、大雪猿を倒して『剛力』を手に入れた。『頑強』を得るためには、氷晶ゴーレムを倒す必要があった。それには『爆裂』の真名がいる。
「頑張ってね」
そう言ってスキップをしながら去っていったマーゴを見送ってから、クルトはデニスのところへ行った。デニスの仕事部屋は、領主執務室の隣である。
「デニス殿、いますか?」
「クルトか、入ってくれ」
中に入ると、デニスが図面のようなものを見つめていた。
「それは?」
「ライノサーヴァントに着せる革カバーのデザインだよ。王都やクリュフ領への移動時に、ライノサーヴァントを使いたいんだけど、あのままだと人々を怖がらせるだろ。それで革カバーで覆うことにしたんだ」
クルトはライノサーヴァントも欲しいと思った。旅行が多い者なら誰でも欲しがると思う。馬なら干し草や水などを用意しなければならない。それが必要ないライノサーヴァントは非常に便利なのだ。
「クルトも『爆裂』の真名が欲しくなったのか?」
ボーンサーヴァントやライノサーヴァントを見た兵士たちは、誰もが欲しいと言い出している。ただ『剛力』と『頑強』の真名を揃えるためには『爆裂』の真名が必要であり、影の森迷宮へ行って手に入れたいという要望が多いのだ。
だが、デニスとエグモントは、『剛力』の真名を手に入れない限り影の森迷宮へ行く許可を出さないことにしている。
「はい。『剛力』の真名は手に入れました。条件は満たしているはずです」
「いいだろう。影の森迷宮へ行くことを許可する。だけど、クルトはヨアヒム将軍の息子だ。クリュフバルド侯爵に挨拶しなければならないぞ」
「分かっています。デニス殿から紹介してもらえますか?」
デニスは承諾した。
次の日、デニスはクルトと兵士数人を連れて、クリュフ領に向かった。領主屋敷にクルトと一緒に行って、侯爵に挨拶をした。
「クルト殿が、ベネショフ領で修業しているのは知っていたが、影の森迷宮で狩りをしたいというのは、なぜかね?」
穏やかな顔の侯爵が、お茶を飲みながら質問した。場所は屋敷の応接室である。豪華な調度品が壁際の棚に並んでいる。侯爵家に相応しい部屋だ。
「『爆裂』の真名を手に入れたいからです」
「ふむ、ベネショフ領の兵士たちが、『爆裂』の真名を欲しがっているようだが、どうしてかね?」
侯爵の視線はデニスに向いている。デニスに尋ねたようだ。
「岩山迷宮の七階層に出没する氷晶ゴーレムを倒すのに、『爆裂』の真名が必要なのです」
「その氷晶ゴーレムは特別な真名を持っているのかね?」
「いえ、『頑強』の真名ですから、それほど特別というわけではないです」
『頑強』の真名を得られる魔物は、何種類か知られている。氷晶ゴーレムの他にも鎧熊やストーンゴーレムなどが有名である。
「ならば、どうして?」
「ベネショフ領は、岩山迷宮の八階層へ行く条件の一つに、氷晶ゴーレムを倒して『頑強』の真名を手に入れることとしています」
「ほう、八階層へ行くために必要だということか。そうか、岩山迷宮の八階層には、スケルトンが出没するのだったね。名高いボーンサーヴァントが欲しいということか」
侯爵がクルトに目を向けた。
「そうです。王都へ戻る前に、ボーンサーヴァントを手に入れようと思っています」
「儂もボーンサーヴァントには興味を持っている。どうだろう。儂と息子用にボーンエッグを手に入れることは、できないかね?」
デニスは承諾した。侯爵に貸しを作ることは、ベネショフ領にとってメリットになる。
機嫌が良くなった侯爵は、デニスたちを快く送り出してくれた。
デニスのアシストで狩りは順調だった。ベネショフ領で修業したクルトは、『剛力』の真名を有効に使いながら爆裂トカゲを狩り続けた。
クルトと兵士たちは、全員が『爆裂』の真名を手に入れる。
ベネショフ領に戻ったクルトたちは、無事に岩山迷宮の八階層に到達。スケルトンを狩ってボーンエッグを手に入れた。
デニスも侯爵用のボーンエッグを手に入れるために、八階層に潜った。狙いはアーマードスケルトンを倒して手に入るボーンエッグである。
普通のスケルトンとアーマードスケルトンのボーンサーヴァントの違いは、姿形だけだ。アーマードスケルトンのボーンエッグから誕生したボーンサーヴァントは、鎧と兜を装備して誕生するのだ。
使い古した鎧と兜なので、見栄えは良くない。しかし、骨だけのボーンサーヴァントよりは、まだマシだった。
ただ能力的には変わらない。どんなスケルトンから手に入れたものかより、どんな真名の力を注いで誕生させたかで、能力が変わるのだ。
ボーンエッグを手に入れたデニスは、カルロスとフォルカを連れてクリュフ領の領主屋敷を訪れた。
「その顔を見ると、ボーンエッグが手に入ったようだね?」
デニスがボーンエッグを渡すと、侯爵とランドルフが満足そうな顔をする。
「それでは、ボーンサーヴァントを誕生させる方法を、僕から説明します」
ボーンサーヴァントを誕生させる方法は、賢人院の博士から聞いたことなので秘密ではない。ただ戦闘に使えるボーンサーヴァントを誕生させる秘訣は秘密にしていると説明する。
「すると、我々が誕生させるボーンサーヴァントは、召使いにしか使えないのか?」
ランドルフが残念そうに言う。
「いえ、誕生させる時に、カルロスとフォルカがお手伝いします。それで戦いにも使えるボーンサーヴァントになります」
「よほど凄い秘密のようだな」
デニスが苦笑した。それほど凄い秘密ではないからだ。たぶん大勢の者がボーンエッグを手に入れ、ボーンサーヴァントを誕生させるようになれば、誰かが思いつくだろう。
「いえ、それほどの秘密ではありません。ボーンサーヴァントの研究が進んでいるラング神聖国では、常識になっているかもしれません」
「ということは、ラング神聖国ではボーンサーヴァントを戦力化しているということか?」
「ええ、そうだと思います。なので、我が国でもボーンサーヴァントの研究を行うべきでしょう」
二人は了解したと頷く。その後、ボーンサーヴァントを誕生させる作業が始まった。
侯爵とランドルフは『魔勁素』の真名の力をボーンエッグに注ぎ、カルロスとフォルカが『剛力』と『頑強』の力を注いでボーンサーヴァントを誕生させた。
生まれたボーンサーヴァントを目にして、侯爵とランドルフは感動したようだ。
「ありがとう。秋の武闘祭で友人たちに自慢できる」
侯爵は武闘祭の時に自慢するらしい。またボーンサーヴァントの人気が高まるような気がする。
その数日後、クルトが修業を終え王都に戻ることになった。
「完成した船で、ロウダル領まで送るよ」
デニスが申し出た。
ベネショフ領の造船所で建造した二本マストのスクーナー型帆船が最終テストを兼ねた航海から戻っていた。全長二五メートル、排水量一〇〇トンほどの綺麗な貨物船だ。名前はメルティナ号である。
乗組員は二〇名。ベネショフ領には、腕の良い船乗りがいなかったので、全国から集めることになった。腕の良い船乗りは高給取りで、ベネショフ領の財政にとっては負担となる。だが、将来に向けての投資だと考えた。
プロの船乗りに加え、ベネショフ領生まれの三〇名を見習いとして乗せる。船乗りを増やす必要があるからだ。
「綺麗な船ですね」
新造船を初めて見たクルトが声を上げた。黒い船体に白い帆がはためいている。
「綺麗なだけじゃなく、性能もいいんだぞ」
「乗るのが楽しみです」
デニスとクルトを乗せたメルティナ号は、ベネショフ領の港を出港し追い風を受けながら素晴らしい速度でゴルツ半島を目指して進んだ。
船乗りたちは、この辺の海に詳しいらしく迷いなく船を進める。船長はヴァルターというベテラン船乗りである。そのヴァルターは、操舵室で海図を睨みながら進路を決めていた。
乗組員の一人が操舵室に走り込んできた。
「船長、不審な船が追ってきます」
デニスは甲板に出て船尾に視線を向けた。煙突のある帆のない船が、メルティナ号を追ってきていた。
「あれは、ラング神聖国の蒸気船じゃないか」




