scene:140 都庁ビルとテロ
星菱電気総合研究所で共振迷石の研究をしている森岡は、まず共振迷石の数を増やすことで通信速度を高める方法を研究した。
だが、その研究は行き詰まった。多数の識別符が必要になり効率が悪いと分かったからだ。森岡は方針を変え、原子の固有共鳴周波数を利用するというアイデアを出した。
固有共鳴周波数を利用することで、通信速度を一ギガビット毎秒まで高められると分かったのだ。動画やゲームを楽しむことを考慮しても十分な通信速度である。
森岡には独自のネットワーク通信が可能になる通信装置の開発を命じられていた。これはマナテクノの要望だった。どうしてマナテクノが、このような要望を出したのかと言うと、マナテクノに対するサーバー攻撃が激しくなっているからだ。
諸外国の諜報機関や企業はもとより、国内の企業もマナテクノの技術を手に入れようと必死になっている。日本政府がマナテクノを保護しようとしているので、手荒な手段に訴えることはないが、ネットワーク経由での攻撃は激化していた。
そこでインターネットとは別のネットワークを構築しようという話になったのだ。そのネットワークを構築するために共振迷石を使った通信装置が必要だった。
共振迷石の通信装置である『共振データデバイス』が完成した後、マナテクノの社員に共振データデバイスを取り付けたパソコンが配布された。社員たちは、それを共振端末と呼んだ。
社員はインターネットに繋がるが社内秘の情報にはアクセスできないパソコンと社内秘の情報にアクセスできる共振端末の二つを駆使して仕事を行うようになった。
このことにより社外から、社内秘となっている情報にアクセスすることが、ほとんど不可能となった。
マナテクノの本社近くにある某ビルで、数人の男たちが頭を抱えていた。
「どうなっている。何で急に情報が全然取れなくなったんだ?」
標的のネット通信を分析していた専門班の班長が声を上げた。
部下の一人も当惑顔でパソコン画面を睨んでいた。
「こっちもダメです。今日になって急に社内の情報が取れなくなりました。……しかし、社外との通信は今まで通りです」
「クソッ、社外との通信は元々大した情報は取れなかったんだ。社内の通信から貴重な情報が得られていたんだぞ」
これは北の某国諜報員たちの様子だったが、他にもマナテクノの通信を分析している集団があり、同じように困惑していた。
セキュリティ関係の仕事を片付けた雅也は、久しぶりに探偵事務所へ向かった。冬彦たちと酒を飲む約束をしたのだ。
探偵事務所で冬彦と仁木に会った雅也は、仁木が勧める居酒屋へ行くことになった。そこを選んだのは、個室のある居酒屋であり気兼ねせずに飲めそうだからだ。冬彦は高級レストランでもと言ったのだが、雅也と仁木は居酒屋の方が落ち着く。
雅也の車で向かう途中、何となくラジオを聞いていると臨時ニュースを放送し始めた。
『本日一六時三〇分頃、都庁ビルの三二階で爆発がありました』
雅也はびっくりしてラジオの音量を上げた。ニュースではテロではないかと言っていた。都庁ビルは今でも燃えているらしい。
「テロですか、怖いですねえ」
「ああ、そうだな。でも、なぜ都庁なんだ?」
「新しい都知事の河井さんは、筋金入りの親米派だから、気に入らない奴らもいたんじゃないの」
冬彦の父親が河井都知事と知り合いで、会ったことがあるらしい。その時、冬彦の胸ポケットで着信音が鳴った。冬彦がスマホを見て驚きの声を上げた。
「そ、そんな馬鹿な!」
「どうしたんです?」
仁木が尋ねた時、冬彦の顔が青くなっていた。
「親父が都庁に行っていたらしい」
「マジかよ。飲み会は中止だ。物部グループの本社ビルに向かうぞ」
途中、冬彦は父親に電話していたようだが、繋がらない。会社の秘書室にも電話したが、電話中になるようだ。
雅也たちは本社ビルに行き、会長の秘書室へ向かった。
第二秘書に状況を聞いた。
「親父はどうして都庁ビルへ?」
「新しく建てる工場の件で、行かれたのです」
冬彦が身を乗り出した。
「それで連絡は取れたのか?」
「三〇分ほど前に連絡が取れました。下りられずに上へ逃げると言っておられました」
冬彦が不安そうな顔をしている。
「先輩、どうしたらいいんでしょう?」
雅也はスマホを取り出し、マナテクノの顧客に連絡した。消防庁関係の人間である。
知りたい情報を聞き出した雅也は電話を切った。
「先輩、どういう状況なんですか?」
「上へ逃げた人たちが、ヘリポートに集まっているらしい」
冬彦が少しホッとした表情を浮かべた。
「良かった。ヘリで救助されるんですね」
「それが、風が強くてビルに近付けないらしい。今、救難翔空艇を北海道から呼び戻しているそうだ」
「はあっ、何で北海道なんですか?」
冬彦が怒ったような口調で言う。
「訓練ができる広い場所は、北海道しかないからだ。問題は時間だ。二時間ほどかかるらしい」
冬彦が頭を抱えている。仁木が雅也に尋ねた。
「マナテクノに使える翔空艇はないんですか?」
「完成した機体は、消防庁に引き渡したばかりだし……あっ、救難翔空艇B型がある」
アメリカ陸軍に依頼されて製造した救難翔空艇B型は、二機を製造し一機だけアメリカに輸送した。余分に一機製造したのは、アメリカ陸軍に搬入した機体に不具合があった場合に、残っている機体を調べるためだ。
「それだ。そいつで親父を助けに行きましょう」
「許可が下りるかな」
「緊急事態ですよ。強行しましょう」
冬彦は必死だった。雅也もその気持が分かり、第一工場へ向かった。
工場に到着した雅也たちは、救難翔空艇B型が保管してある場所へ向かう。そこではマナテクノの社員たちが、燃料の補給をしていた。雅也が頼んだのだ。
「聖谷取締役、燃料は満タンです」
「ありがとう、助かったよ」
雅也は操縦席に座った。
事業用操縦士のヘリコプター免許を雅也は取得していた。しかも今年から始まった特殊機体の訓練も受けたので、翔空艇を操縦する資格を持っている。
自分の会社で製造しているものなので、絶対に免許を取らなければいけないと思い頑張ったのだ。
雅也は救助活動に協力すると消防庁に申し出て、許可をもらった。冬彦と仁木を乗せ、救難翔空艇B型が空を舞う。
「初めて乗ったけど、あまり五月蝿くないんだね」
仁木が感想を口にした。冬彦は父親が心配で他は考えられないようだ。
都庁ビルまで一五分ほどで到着した。都庁ビルから真っ黒な煙が上がっている。その煙が横に流れているので、風が強いのが分かった。
「かなりの爆発だったみたいだな」
仁木が破壊された様子を見て言う。
地上では消防車や救急車が何台も見える。地上の野次馬の何人かが、こっちを指差していた。そして、ヘリポートには三〇人ほどの人の姿がある。
「まず、ヘリポートにいる者を地上に下ろそう」
雅也は翔空艇をヘリポートへ近付ける。かなり風が強いが、回転翼のない翔空艇なら、それほど影響を受けることもなく着陸できた。
着陸した翔空艇に人々がワッと押し寄せてきた。翔空艇の扉を叩きながら叫び始める。
「助けて!」
「乗せてくれ!」
雅也は仁木に頼んだ。
「皆を冷静にさせて、一〇人ずつ乗せてくれ」
「おいおい、かなり興奮しているぞ。どうやって冷静にさせるんだ?」
雅也は溜息を吐いて、操縦席から立ち上がった。『言霊』の真名を解放し、翔空艇の扉を少しだけ開けて叫んだ。
「静かに……冷静になるんだ」
その声は興奮していた人々の心に突き刺さり、一気に興奮を鎮めた。興奮し叫んでいた人々は、憑き物が落ちたようになって、翔空艇を見ている。
「後は頼む。順番は子供・女性・年寄りの順だ」
雅也は操縦席に戻って座る。仁木は肩を竦め、外に出た。煙の臭いに気づいた。この臭いのせいで、人々は興奮していたようだ。
「子供と女性から先に下ろします。時間はありますから、冷静に待ってください」
仁木と冬彦は子供と女性を選んで、一〇人を翔空艇に乗せた。




