scene:136 王都の作戦会議
エグモントは兵士七〇名を率いて王都へ行くようにデニスに命じた。男爵なので本来なら常備兵の五割である一〇〇名を率いて行かねばならないのだが、男爵になったばかりなので少なくても許されることになっている。
「父上はオルロフ族と戦ったことがあるの?」
「ああ、クリュフバルド侯爵の手伝いでオルロフ族と戦ったことがある」
クリュフバルド侯爵の手勢が足りなかったというわけではなく、エグモントの父親が経験を積ませるために送り出したらしい。
「何か気をつけねばならないことはある?」
「そうだな。食料や水を多めに持っていった方がいい。特に水は必要だぞ」
北の蛮族との戦いでは、食料や水などをそれぞれの貴族が用意することになっている。これも手伝い普請のような貴族の責務の一つなのだ。
「何日分が必要?」
「公式には、五日分の食料と二日分の水を用意すればいいことになっている。だが、それでは足りんのだ。特に水は多めに持っていくことだ」
五日分と決まっているのは、輸送能力も考慮してのことである。オルロフ族が侵入する土地は、起伏が激しく草や低木が生い茂っている場所だ。荷馬車や荷車が使えず、荷物は人力か馬に直接積んで運ぶ必要がある。
エグモントが水を多めに持っていけと言ったのには理由がある。戦場付近の地形は王国でも調査済みであり、水場の位置も分かっている。
だが、水場を使う優先順位が高位の貴族順になっているらしい。当然、男爵は最下位のグループなので、十分な水を補給できないことがあるという。
「一つ確かめたいのだが、水を召喚するような真名はないのか?」
エグモントの質問に、デニスが笑って否定した。
「そんな真名は知らないな。あったら便利だけど、今度探してみるよ」
戦支度をしたデニスは、七〇名の兵士と従士カルロスとイザークを連れてベネショフ領を出発した。カルロスはエグモントと一緒に対オルロフ族戦を経験しており、カルロスの意見を聞くように指示された。
今回の場合、各貴族部隊は王政府が派遣する討伐軍の指揮下に入ることになっていた。討伐軍の指揮は、ゲープハルト将軍が執るようである。挨拶に行かねばならないだろう。
「デニス様、戦場規範は学ばれましたか?」
「もちろん、学んだよ。何だか面倒な決まりだった」
戦場が混乱しないように決まったものなのだろうが、非効率で矛盾しているとデニスには思える部分も見つかった。
「面倒でも、規範ですから守らねばなりません」
「分かっている」
デニスは面倒だと思いながら答えた。
王都へ向かった各貴族部隊は、王都の郊外にある予備軍駐屯地に集まった。総勢八〇〇〇の軍勢である。五〇〇〇の蛮族が相手だという話なので、十分な戦力である。
貴族部隊の代表が会議に呼ばれ、デニスは天幕に向かった。その天幕は軍用の大きな天幕で、大勢の貴族が集まっていた。
「デニス殿」
声を聞いて振り返ると、ポルム領の次期領主リヒャルトだ。
「マノリス領のギュデン男爵も来ているぞ」
ギュデン男爵は、ギレ山賊団討伐の時にベネショフ領の兵士と対立した貴族である。デニスとしては意識していないのだが、ギュデン男爵はベネショフ領を敵視しているようだ。
「おいおい、何で睨んでいるんだ?」
ギュデン男爵が不機嫌な顔をして、デニスを睨んでいた。
「ギレ山賊団討伐の時に、手柄を奪われたと思われているんだよ」
「それはおかしいだろう。王家からギュデン男爵へ感状が贈られたと聞いているけど」
感状とは軍事的な功績を立てた臣下に贈られる評価・賞賛する文書である。同じものをベネショフ領ももらっており、エグモントの執務室に飾られていた。
「感状だけだったのが、気に入らないようだぞ」
「まさか、褒賞金でも欲しかったのか?」
「違う。子爵に陞爵して欲しかったんだよ」
「山賊を退治したくらいで、子爵はないだろう」
「他にも、いろいろと金を使って王政府の高官に働きかけているようだ」
デニスが鼻で笑い、相手にしたくないと伝えた。
「だが、気をつけた方がいい。ギュデン男爵はバルツァー公爵と仲がいいから、何か仕掛けてくるかもしれないぞ」
「気をつけるよ」
デニスがそう答えた時、ゲープハルト将軍が姿を現した。将軍は五〇代の逞しい男で、立派な口髭が特徴的な人物だった。
将軍の副官が、オルロフ族の近況を説明する。それによれば、騎馬の戦士が二〇〇〇ほどで、それが主力らしい。その他の蛮族は徒歩の戦士であるようだ。
説明が終わり、将軍が各貴族部隊の配置を伝えた。将軍は二重の壁を築くように味方兵士を配置しようとしているようだ。前列には公爵・侯爵・伯爵の貴族部隊、後列には子爵・男爵の貴族部隊という配置である。
ベネショフ領の兵士は、なぜか指揮本部の護衛部隊に指定された。デニスは出番がなさそうだと少しガッカリする。
「お待ちを。セシェル領の部隊にベネショフ領の部隊を加えては如何でしょう」
ダリウス領の部隊を指揮するメルヒオールが言い出した。メルヒオールはバルツァー公爵の四男で武闘祭の少年の部で優勝したこともある少年だ。
「どういうことです。我々が頼りないと言われるのですか」
セシェル領の次期領主クレメンスがメルヒオールを睨みながら言った。
「そうではありません。クレメンス殿の部隊が配置された場所は、我が紅旗領兵団とクリュフ領の侯爵騎士団に挟まれた場所です。その二つの戦力を嫌った蛮族どもが、セシェル領の部隊に集中する恐れがあると考えたのです」
ゲープハルト将軍がメルヒオールの意見を聞いて頷いた。
「なるほど。しかし、ベネショフ領の兵士は七〇名だと聞いている。別の領地の部隊にした方がいいのではないかな?」
メルヒオールがデニスを見て挑発するように笑った。
「ベネショフ領の兵士は、強兵だと聞いています。それに戦場で活躍されるデニス殿を見たいと思っていたのです」
将軍は顔をしかめた。国王からデニスの安全を確保しながら、ベネショフ領の兵士が活躍できるように手配しろという指示を受けていたのだ。
その命令を受けた将軍は考え、デニスには指揮本部の手伝いをさせ、ベネショフ領の兵士は最後の追撃戦で活躍させようと決めていた。
メルヒオールはデニスの活躍を見たいという主張を繰り返し、他の貴族たちにも賛同を求めた。それに賛同する貴族が現れ、ベネショフ領が前列で戦うことを希望する貴族が増える。
デニスはメルヒオールが何を考えているか分からなかった。ダミアン匪賊団の件があるので、ウルダリウス家の一族からは嫌われていることは知っている。
それなのにデニスが活躍する機会をくれたのは、なぜだろうと疑問に思った。ベネショフ領の兵士だけで迎え討てというのなら、嫌っているベネショフ領へのイジメだろう。だが、大勢の味方がいるのだ。メルヒオールの意図が分からなかった。
その時、ゲープハルト将軍は迷っていた。デニスの安全を確保しろという国王からの指示は、絶対的な王命ではない。そうなるのが好ましいという国王の希望だったからだ。
将軍がデニスに近寄り声をかけた。
「デニス殿、貴殿の意見を聞きたい」
「皆さんが、活躍する機会を与えてくれるというのであれば、喜んで受けようと思います」
将軍がデニスの顔を覗き込んで確かめる。
「それは自信があると受け止めて良いのだな?」
「はい。将軍を失望させないように戦います」
将軍は武闘祭でデニスが披露した武術の技量を見ていた。戦士としての技量でいえば、ここに集まった者の中で一番の技量だろう。その技量に賭けようと考えた。
ベネショフ領の部隊は前列で戦うことが決まった。その後、大まかな作戦内容が説明され会議は終わる。
デニスはカルロスたちが待っている場所に戻り、会議の内容を伝えた。カルロスが心配そうな表情を浮かべる。
「紅旗領兵団の動きには注意しとかないといけませんね」
「そうだな」
デニスとカルロスは、王都で七日分の保存食と四日分の水を準備した。この国の保存食は、堅パンやハム・ソーセージ・干し肉・干し野菜などである。
堅パンと干し肉、干し野菜は安いが、ハムとソーセージは高い。
翌朝、討伐軍は出発。その中には少し変わった兵士たちも混じっていた。大きな背負い袋を背負い、二本の短槍に似た武器を持っている。
ベネショフ領の兵士たちだった。リヒャルトが近付いてきて声をかけた。
「デニス殿、貴殿たちは大きな荷物を背負っているようだが、大丈夫なのか?」
「ええ、この背負い袋はバックパックと言って、腰と肩で固定しているので疲れにくいんです」
「そうなんだ。便利そうだな」
討伐軍は一日目の野営地に到着した。この野営地には湧水が出る場所があり、そこで水を汲むことができた。だが、高位の貴族部隊が優先されデニスたちは水を汲むことができなかった。
「多めに水を持ってきて正解だな。父上には感謝しないと」




