scene:135 兵士たちのボーンサーヴァント
白鳥城を辞去したデニスは、屋敷に戻った。リビングでぐったりしていると、イザークとフォルカが入ってきた。その手にはヴァイン酒の小樽とコップがある。
「お疲れのようですね。少し飲みませんか」
この国の人々には、一六歳をすぎれば酒を飲める歳になったという認識がある。デニスも酒を飲める歳なのだが、これまで飲まなかった。
「そうだな。少し飲んでみるか」
コップに注がれたヴァイン酒を一口飲んだ。アルコールを感じたが、あまり美味しくない。甘く複雑な味をしているのだが、逆に言えば雑味が多いのだ。
これは素焼きの壺を地中に埋め、その中に白ブドウに似たヴァインという果物を入れて潰し発酵させて作った酒である。原始的な方法で作ったワインと言えるだろう。
「王都での用事は済んだんですか?」
イザークも飲みながらデニスに尋ねた。
「ああ、終わった。一日だけ休養をとってからベネショフ領に戻ろう」
「馬が少し疲れているようです。もう少し休ませた方がいいかもしれません」
ベネショフ領から王都、それからロウダルへの往復と酷使したからだろう。馬は屋敷ではなく、近くにある厩舎に預けている。屋敷で何頭もの馬を飼うほど広くないからだ。
こんな時は雅也の世界のように自動車があれば―――と思うのだが、石油が未発見である世界では難しい。蒸気機関も考えてみたが、時間がかかりそうだ。
もちろん、動真力機関も考えた。ただ動真力機関には魔源素を回転させるための動力が必要なのだ。
ボーンサーヴァントが使えないかと頭に浮かんだ。まず江戸時代の駕籠かきのように二体のボーンサーヴァントに駕籠を担がせて運ばせればと思ったのだ。
デニスはちょっと想像してみた。ボーンサーヴァントに担がせた駕籠に乗っている自分の姿を。「エッサ、ホイサ」という掛け声はないとしても、変な意味で注目されそうだ。
それに、このアイデアはボーンサーヴァントの身長が低すぎるので無理だと気づいた。マーゴくらいの子供なら大丈夫かもしれないが、マーゴを喜ばせるだけで終わりそうである。
次に人力車を作って、ボーンサーヴァントに引かせるというアイデアが浮かんだ。これもボーンサーヴァントの体重が軽すぎて無理そうだ。ある程度体重がないと人力車がひっくり返りそうで怖い。
「ボーンサーヴァントを何かで使えないかな」
デニスの独り言をイザークが聞き取った。
「何です? そのボーンサーヴァントというのは?」
イザークたちには、ボーンサーヴァントのことを知らせなかったことを思い出した。
「岩山迷宮の八階層でスケルトンを倒すと、ボーンエッグという小さな卵のドロップアイテムを残すことがあるんだ。それに真名の力を注ぎ込むとボーンサーヴァントが生まれる」
フォルカが身を乗り出した。
「見てみたいです」
「いいけど、ガッカリするなよ」
デニスはベルトに吊るしている小さなポーチから、ボーンエッグを取り出し空中に投げ合図の言葉を口にする。空中のボーンエッグがボーンサーヴァントに変化して床の上に立った。
「おっ」「わっ」
イザークたちが驚いて声を上げた。最初の驚きが消えると、二人は熱心にボーンサーヴァントを観察する。
「へえー、こいつがボーンサーヴァントですか。想像していたより小さいですね」
「こいつの力はどれほどなんですか?」
イザークはボーンサーヴァントの強さに興味があるらしい。フォルカも興味がありそうな顔をしている。デニスは腕相撲をしてみろと二人に勧めた。
ボーンサーヴァントとの腕相撲で二人は負けた。もちろん、真名を使わない状態でのことだ。その結果を見て、デニスは少し考えた。
「こいつは少し使えそうだな」
「そうですよ。兵士としても使えるんじゃないですか?」
デニスは試しにボーンサーヴァントに棒を持たせて、フォルカを相手に模擬戦のようなことをさせた。最初はどうしたら良いか分からないようだった。だが、戦い方を教えると少しずつ学習していく。
「デニス様、こいつは使えますよ。俺も欲しいんですが、ボーンエッグを持ってないですか?」
まだ未使用のボーンエッグが一個残っている。黄金スケルトンが残したものだ。しかし、これは特別に残しているもので、譲るわけにはいかなかった。
「一個あるけど、ちょっと特別なものなんで、ベネショフ領に戻ったら採ってきてやるよ」
「それなら、自分で採りに行きます」
「しかし、七階層を通り抜けるには、『爆裂』の真名を持っていないと厳しいだろ」
「それなら、『爆裂』の真名を手に入れるのを協力してください」
デニスは笑って協力することを約束した。
ベネショフ領に戻ったデニスは、古参の兵士や従士を連れて影の森迷宮へ何度も行くことになった。イザークたちがボーンサーヴァントのことを仲間に話し、自分たちも欲しいと言い出す者が増えたのだ。
おかげでボーンエッグを求めて岩山迷宮の八階層へ向かう者が激増した。
『爆裂』の真名を手に入れたイザークたちは、大雪猿から『剛力』、氷晶ゴーレムから『頑強』を入手し八階層に進んだ。その後もスケルトンやアーマードスケルトンを倒し、目的のボーンエッグを手に入れた。
そのボーンサーヴァントに気づいたエグモントが、デニスに尋ねた。
「兵士たちの間で、ボーンサーヴァントを手に入れた者が増えたようだが、どうしてだ?」
「ボーンサーヴァントが戦いで使えそうだと分かったので、欲しくなったみたい」
「ん……召使い代わりに使えるだけじゃないのか?」
「『頑強』と『剛力』の真名を持っていれば、戦いに使えるボーンサーヴァントを誕生させることができるようなんだ」
『魔勁素』だけで誕生させたボーンサーヴァントは、脆く弱々しいので戦いには使えないが、『頑強』と『剛力』の真名の力も注ぎ込んだボーンサーヴァントは、頑強で力が強く十分に戦いで使えた。
「なるほど、兵士たちが欲しがるはずだ。儂も欲しくなったぞ」
「そう言うだろうと思ったよ。ちょっと試したいことがあるんだけど、協力してくれないかな」
「何をすればいい?」
デニスはボーンエッグを取り出した。これは新たに手に入れたアーマードスケルトンのボーンエッグである。
「同時に父上と僕の真名の力を注ぎ込んだら、どんなボーンサーヴァントが生まれるのか実験したいんだ」
「いいだろう」
エグモントは『魔勁素』『雷撃』の真名を解放して力を注ぎ、デニスは『魔源素』『頑強』『怪力』の真名を解放して力を注いだ。但し、デニスは『魔源素』の真名の力を抑えるように調整した。
その結果、エグモントをマスターとする頑強で力の強いボーンサーヴァントが生まれた。今回の実験は二人同時に真名の力を注ぎ込んだ時、どちらがマスターになるのかの実験だった。
デニスは『魔勁素』または『魔源素』の真名の力を多く注ぎ込んだ者が、マスターに選ばれるのではないかと考えたのだ。結果としては予想通りだった。
エグモントは合図の言葉を決め、自分用のボーンサーヴァントを手に入れた。今回の実験で分かったことは、マスターとなる人物以外の真名を使ってボーンサーヴァントを強化できるということ、それにマスターに選ばれる条件である。
一回の実験では確実だとは言えない。そこで従士たちが持ち帰ったボーンエッグを使って数回試し、同じ結果を得た。このことにより仮説は確かめられた。
ベネショフ領では、八〇人の兵士と従士が一個か二個のボーンエッグを保有することになった。
そのことを知ったエグモントは、あることに気づいた。そのことをデニスに尋ねる。
「ボーンサーヴァントは、兵力として数えられるんじゃないか?」
「……まあ、実際はそうかもしれないけど、王都の役人は認めてくれないと思うよ」
男爵となったブリオネス家は、二〇〇人の常備兵を揃えなければならない。一応若者を雇い入れ人数だけは揃えたが、デニスが鍛えた八〇人ほどの兵士以外の見習い兵士は、戦力化されていないのが現状だった。
見習い兵士は訓練を始めて半年も経っていないのだから当然だ。その中に従士ゲレオンの息子であるミヒャエルがいた。将来従士となる若者である。
今は見習い兵士に交じって訓練を受けている。そのミヒャエルに見習い兵士のロッホスが声をかけた。
「なあ、先輩たちだけボーンサーヴァントを持っているなんて、ずるいと思わないか?」
「ずるい? 馬鹿言うな。あれは先輩たち自身が採りに行ったものだぞ」
ロッホスは納得していないという顔である。
「でも、デニス様に手伝ってもらったって聞いたぞ」
「真名を手に入れるのを手伝ってくださっただけだ。自分で大雪猿や氷晶ゴーレムを倒して迷宮の八階層へ行かなきゃならないんだ」
「俺たちだって、三階層まで行けるようになったんだ。八階層なんてすぐさ」
迷宮を舐めているロッホスを見て、ミヒャエルは苦笑いする。近々迷宮での訓練で痛い目に遭いそうだと思った。
その予想は当たり、四階層に下りてすぐに、ロッホスは鎧トカゲに尻を噛まれ泣き叫ぶことになる。
同じ頃、ミモス迷宮へ行った探索者がミモス山付近の平原でオルロフ族を目撃した。そのことは白鳥城に報告され、偵察部隊が編成された。
偵察部隊はオルロフ族を発見し、その規模を国王に報告。
「何! 五〇〇〇だと……はあっ、今回は多いようだな」
国王は、各地の貴族に王命伝達装置を使って招集するように命じた。
感想・ブクマを頂き、ありがとうございます。
新しい物語『人類にレベルシステムが導入されました』の投稿を始めたことを報告します。
よろしければ、この物語もお読み頂ければ嬉しいです。
宜しくお願い致します。
下記のお知らせからも飛べるようになっていますので、クリックして下さい。




