scene:128 魔源素と重力波
音楽祭で最後に歌ったアーティストのことが噂になっていた。新星芸能事務所には、Shizukuを取材したいという申込みが殺到し対応に苦労している。
「やっぱり、こうなったわね」
瀬戸田社長が、溜息混じりに言った。それを聞いた音楽祭の担当だった富樫が疲れた顔で尋ねた。
「社長、どうするんです?」
「取材は断るしかないわ。聖谷さんが、そんな取材を受けるつもりはない、と言っているんだから」
「もったいないですよ。取材を受けて名前が売れれば、確実にスターになれるんですよ」
「そういっても、本人がダメだと言うのだから……」
「歌手になる気がないなら、あれほど歌えるのはなぜです。絶対に歌のレッスンとかしてますよ。じゃないと安定感のある声は出せません」
「ミウから聞いたのだけど、聖谷さんは何かの事情で歌が上手くなる必要があって、本格的なボイストレーニングとかしているらしいのよ」
「やっぱり……その事情が気になりますが、うちではどうするつもりなんです?」
「まずは、音楽祭の映像を商品化する。そして、プロモーションビデオを制作しネットやテレビで流します」
「聖谷さんから了解は取っているんですか?」
「もちろんよ。但し、顔のアップはNGだそうよ」
「それは問題ないですけど、三曲の中のどれで作ります?」
「最後のアニメの曲でいいわ。あれが一番インパクトがあったから」
音楽祭の映像が編集され、ブルーレイ商品として制作された。その頃にはプロモーションビデオがテレビで流れ始め、最後に歌っている歌手は何者だと評判になる。
音楽祭のブルーレイが販売されると、新星芸能事務所が出したものの中で記録的なヒットとなった。その結果を見た瀬戸田社長は、富樫にShizukuのオリジナル曲を企画しろと命じた。
一方、音楽祭が終わった雅也は、デニスが新たに手に入れた『記録』と『共振』の真名について調査していた。
とりあえず、記録モアダと通信モアダを製作し使用してみる。
「さすがに音響メーカーに依頼して設計製作してもらっただけに、素晴らしい完成度だな。このまま売り出しても人気商品になりそうだ」
まあ、雅也一人しか作れないのでは、販売するほどの数を揃えられない。ただ通信モアダに関しては面白いことが分かった。
通信モアダの応答速度が異常に速かったのだ。雅也はアメリカへ行くマナテクノの社員に通信モアダを預け、アメリカと日本でミリ秒単位の伝達速度を計測してみた。
結果は光速を超えていることが分かった。常識ではありえないことである。神原社長に相談すると、興味を持ったようだ。だが、マナテクノで研究する余力がないと言われた。
「だったら、どうしたらいいですか?」
「星菱電気総合研究所で働いている教え子がいる。そいつに相談してみよう」
星菱電気は日本でも一、二を争う大手総合電機メーカーである。情報通信システム部門もあり、その研究を行っているのが、星菱電気総合研究所だった。
星菱電気総合研究所の研究員である森岡は、統括部長の木原に呼ばれて部長室に向かう。
「中に入れ」
部長室から声が聞こえた。中に入った森岡は、木原部長の前で声をかけた。
「ご用件は何でしょう?」
「6Gの研究チームから外れてくれ」
「なぜです。私はミスをした覚えはないんですが」
「君に落ち度はない。所長からの指名で別の研究をしてもらうことになった」
森岡は優秀な研究員であり、6Gで使う装置の研究チームで重要な部分の研究を任されていた。
「しかし、今やっている研究は重要なものです」
「所長からの命令だ。優先して研究してもらう課題が研究所に持ち込まれた。K大学の向井教授とT大学の戸倉准教授も加わる」
向井教授と戸倉准教授といえば、量子化学と理論物理学の高名な研究者である。
「そんな大先生を参加させる研究というのは、何なのです?」
「マナテクノから依頼されたものだ。あそこで開発した通信装置を研究して欲しいそうだ」
「えっ、開発したのなら、研究も何もないでしょう」
「その通信装置は、異世界の技術で開発されたものなのだ。原理は分かっておらん」
森岡は顔をしかめた。厄介そうな研究だったからだ。
「研究予算は、年間五億円だ。やる気になったか」
小人数の研究チームで年間五億円の予算は破格だった。
星菱電気総合研究所に研究室を与えられた森岡たちは、マナテクノから届けられた通信モアダの研究を始めた。共振迷石の振動が伝わる速度が光速を超えていると確認されると、研究チームの全員が震えるような興奮を覚える。
そして、研究が進むに連れ向井教授と戸倉准教授の二人が、共振迷石の元になる魔源素の本質を研究しなければ、解明できないのではないかと言い出した。
向井教授たちは、マナテクノから提供された微小魔源素結晶を使った実験を開始。様々な条件下で微小魔源素結晶に電気・振動・電磁波などのエネルギーを与えて反応を探った。
そして、特定条件下である周波数の電磁波を与えると重力波を発して消失することが証明された。しかも、電磁波の周波数を変えると魔源素が重力波に反応するようになるのだ。その状態になっている時の魔源素は、重力に反応して電気を発するようになるらしい。
本来の目的は通信モアダの動作原理を解明することだったのだが、研究チームは魔源素の新しい特性を発見したことになる。このことはマナテクノにも報告され、その特性をどう活用できるか研究を続けるように指示が出された。
魔源素の特性を使って重力波レーダーが開発できるのではないかと、森岡たちは考えた。そのこともマナテクノに報告される。
その報告を受けた雅也は考え込んだ。現在、ステルス型攻撃翔空機を開発していることが気になったのだ。
先進国は膨大な予算を出してステルス機を開発している。しかし、重力波レーダーが開発されれば、ステルス機能の意味がなくなる。
雅也は社長室に行って、神原社長の意見を聞くことにした。社長室には小雪もいた。
「ステルス型攻撃翔空機の試作機は開発中止にした方がいいですかね?」
雅也は神原社長に確認した。
「いや、重力波レーダーを開発できる可能性が見えただけの段階だ。そのまま開発を続けよう。それに開発しているのは我々だ。日本に敵対する国にはステルス型攻撃翔空機の意味はある。ステルス戦闘機より格安の予算で開発できそうだと言っておっただろ」
既存技術の組み合わせで開発されているステルス型攻撃翔空機は、ステルス機能はあるが低性能な機体になるだろう。しかし、本格的な戦闘機には敵わなくとも、使い方次第で大きな戦力になると防衛省では考えているようだ。
「そうだ。音楽祭の評判はどうなんだ?」
神原社長が雅也に尋ねた。同席していた小雪が興味ありそうな顔で聞き耳を立てている。
「ブルーレイが売り切れになるほどだそうです」
「ふむ。そういうことだと、Shizukuのコンサートがあるかもしれんな」
「冗談じゃないですよ。一回限りの約束なんですから」
「その一回で、大勢のファンができたんじゃないか」
それは事実だった。新星芸能事務所にファンレターが届いているそうなのだ。
「困ったもんです。富樫さんから聞いたんですが、自殺を考えていた女性が音楽祭に来ていたらしいんです。それが俺の歌を聞いて、生きる希望が湧いたと書いて寄越したそうなんですよ」
「ますます音楽活動をやめられんのじゃないか?」
「でも、俺の本業はマナテクノなんですから」
「いいじゃないか。うちの会社は副業を禁止してはおらん。時間を調整してライブコンサートでもやればいい。正直儂も聞きたい」
「私も聞きたいです」
小雪が突然声を上げた。あの音楽祭での歌を聞いてShizukuのファンになったらしい。
「そういうけど、大変なんだぞ」
「いいじゃない。年に数回程度だったら仕事は大丈夫だと思う。私も手伝うから」
余程オーケストラと雅也のコラボが気に入ったようだ。
「ちょっとだけ考えてみる。それより、ベネショフ領の放送局を任せられそうな人物は見つかった?」
「クールドリーマーの中に、ラジオ局の仕事をしている人物がいました。彼のバディは王都モンタールの酒屋で働いているそうです」
これらの情報は特殊人材部の黒部から仕入れた情報である。
「その人は真名能力者なの?」
「いえ、真名は持っていないそうです」
「いいだろう。彼に会って説得してみる」
実際に説得するのはデニスになるだろう。
「不思議に思ったんですけど、なぜラジオ局みたいなものを作ろうと思ったんです」
「デニスの世界には娯楽が少ないから、ラジオ局みたいなものが欲しいというのもあるんだけど、ベネショフ領を発展させるための武器になるとも考えているんだ」
娯楽に飢えている異世界では、放送受信機は爆発的に売れるとデニスは考えている。そして、放送局を持っているベネショフ領は、情報操作を行えるということだ。強力な武器を手に入れることになる。




