scene:124 ボーンサーヴァント
喜んでいる国王に、一つ問題があることを報告した。共振迷石には識別符が必要だということだ。
「ふむ、一組の通信装置には、二つの識別符が必要だというのだな」
「はい、その通りでございます」
「軍で使用する場合、識別符はいくつ必要だ?」
国王がコンラート軍務卿に尋ねた。
軍務卿は難しい顔をしてから、慎重に答える。
「最低でも二つの識別符が必要かと思われます」
「どういう使い方をする?」
軍務卿の説明では、総指揮官から複数の部隊に命令を伝えるために一つ、そして、各部隊が総指揮官へ報告を上げるために一つ必要であるそうだ。
「各部隊から総指揮官へ報告を上げる場合、各部隊が同時に報告を始めようとすれば、聞き取れぬであろう」
「それは会議でも同じでございます。総指揮官が報告する者を指名すれば解決する問題でございます」
国王は軍務卿の説明を吟味した。
「そういう使い方をするのであれば、一つで良いのではないか?」
「いえ、戦闘時においては、命令を確実に伝える必要があります。戦場の騒音により共振迷石が使えなくなるという事態を想定しますと、二つは必要です」
周囲の騒音を考慮した場合、送信用と受信用を分けた方がいいという意見である。
「なるほど。内務卿はどういう使い方があると考える?」
「陛下の命令や伝達事項を、各貴族に伝えるために識別符を一つ使用することを希望します」
「各貴族から返事用に、もう一つ必要なのではないか?」
クラウス内務卿がデニスの顔をチラリと見た。
「識別符は、四つしか書かれておりません。そのすべてをブリオネス家から取り上げるというわけにはいかぬでしょう」
国王が溜息を吐いて、デニスを見た。
「そうであったな」
「いえ、四つの識別符を使われても構いません。ブリオネス家では、もう二つの識別符を所有しているのです」
国王が驚いた顔をする。
「どういうことだ?」
デニスは岩山迷宮の八階層で、通信モアダらしいものを手に入れたことを報告した。
「その通信モアダは、別の識別符を使っているようです」
「ふむ、それはいくつの識別符を使っておるのだ?」
「二つでございます」
「なるほど、その二つの識別符をブリオネス家が使用したいというのだな」
「そうでございます。よろしいでしょうか?」
「元々の所有権はブリオネス家にあるのだ。王家に遠慮することはない」
クラウス内務卿がブリオネス家に支払う代価をどうするかと問う。
「デニスよ。希望はあるか?」
「ベネショフ領で始まる大斜面の開発に、他領の領民を使う許可を頂きたいと思っております」
「余が各領地に人を出すように命ずれば良いのか?」
「そうではなく、各領地には家を継ぐことのできない者がおります。その者たちを募集する許可を頂きたいのです」
それを聞いた内務卿がニヤッと笑った。
「ならば、まず王都の北区にある貧民街で募集するのがよかろう」
王都の北区には、各領地で食えなくなった領民が流れ込み、貧民街が形成されている。治安を預かる内務卿としては、頭を痛めているらしい。
貧民街には五〇〇〇人ほどの貧民が集まっているという。とりあえず、使える人材が二〇〇人ほど必要なので、貧民街で集まるかもしれない。
だが、ベネショフ領の発展のためには、数万単位の人材が必要だと、デニスは思っている。他領の領民を働き手として募集して良いという国王の許可は絶対に必要なものだった。
「それだけで良いのか?」
国王は解説書の写本と識別符の代金として、募集の許可だけでは少ないと思ったようだ。ちなみに、これからデニスが作る共振迷石の代金は別である。また内務卿と交渉しなければならないだろう。
デニスはヌオラ共和国から賠償金代わりに王国が受け取っている綿を買い取ることを申し出た。少しでも安く綿を手に入れようと思ったのだ。
もちろん、全量を購入するほど紡績工場の生産能力は高くない。とはいえ、クリュフ領が購入している分を代替することはできるだろう。
「ふむ、ならばベネショフ領の港に直接ヌオラ共和国の貨物船が寄港できるようにした方がいいな」
内務卿が冷静な声でデニスに言う。
「分かりました。早急に港を整備します」
港の整備は、以前から考えていたので即答した。
国王がデニスに視線を向ける。
「ベネショフ領が紡績工場を建設したのは知っておるが、それほど大規模なものなのか?」
「段々と拡張しているところでございます」
「綿糸で得た利益で、大斜面を開発するのか。大斜面を領地にしたいと申し出た頃から、計画しておったのだな」
国王の言葉に内務卿が頷いた。
「デニスが次期領主でなければ、私の部下に欲しいほどです。ところで、二つの識別符は何に使うつもりなのだ?」
「放送局を開設しようと思っています」
「何だ、その放送局というのは?」
「様々な情報や音楽などを通信機能を使って、伝える施設です」
この答えに、国王たちは戸惑っているらしい。それが何の役に立つのか分からなかったようだ。
「その放送局とやらを作り、どうするのだ?」
「放送局が発する通信を聞く通信モアダを貴族たちに売りつけようと思っています。最初は陛下に献上し、城の待合所に置いていただくつもりでおります」
待合所とは、国王や高官に面会に来た貴族や商人たちが待つ場所である。そこに受信用通信モアダを置けば、宣伝になると思ったのだ。
国王は苦笑いを浮かべた。
「なるほど、余も一度聞いてみよう」
デニスは解説書を国王に預け、城を去った。賢人院に寄ると、グリンデマン博士に面会する。
「また来おったのか。今度は何の用かな?」
デニスは博士から解読結果として渡された資料の中に、岩山迷宮の八階層にあった城の扉に書かれていた古代文字に関するものがなかった、と告げた。
「……あれか。『紅の塔に眠る黄金王の聖印を探せ』と書かれておった。意味が分からんので、落書きだと思った」
デニスは『紅の塔』に思い当たる建物があった。八階層の城に近い場所に、朱色に塗られた細長い塔が建てられていたのだ。たぶん、その塔のことだろう。
「分かりました。ところで、迷宮で手に入れたのですが、これが何か分かりますか?」
デニスは岩山迷宮のスケルトンから手に入れた卵を博士に見せた。
「ボーンエッグではないか」
「えっ、それは何なのです?」
「そのボーンエッグに、真名の力を込めるとボーンサーヴァントが生まれる。小さなスケルトンみたいなものだ。ラング神聖国では、召使い代わりに使っているようだ」
生まれたボーンサーヴァントは、真名の力を込めた人物をマスターと認識するらしい。なので、命令者は一人だけとなるようだ。
「そんな便利なものなのに、王国で使われていないのは、なぜです?」
「ボーンサーバントの知能は、五歳児ほどでしかない。昔、王族が川に落ちて死んだ時、傍にボーンサーヴァントが居たそうだ。だが、そいつは王族を助けようとしなかった。それ以来、ボーンサーヴァントは信用できないと嫌われるようになったらしい」
たぶん、川に落ちた王族は、「助けてくれ」と叫んだのだろう。しかし、ボーンサーヴァントは、その命令が理解できなかったのだ。その王族が「腕を掴んで引っ張れ」と具体的に言えば助かったかもしれない。
「そうすると、ラング神聖国では、ボーンサーヴァントが道を歩いていたりするんですね」
「いや、ボーンサーヴァントは、ボーンエッグに戻すことも可能だ。普通は卵に戻した状態で持ち歩いている」
デニスはボーンエッグを見つめた。凄く便利そうなものである。ただ小さなスケルトンだということなので、戦闘には使えないのだろう。
デニスはボーンサーヴァントについて、詳しいことを聞き出した。真名の力を込めるという点が、理解できずにいたのだが、博士の説明で何となく分かった。
「グリンデマン博士、練習の時間だぞ」
賢人院の音楽家が博士に声をかけた。博士は弦楽四重奏団のようなチームを組んでおり、決まった時間に練習するようだ。博士はバイオリンのような楽器の演奏者である。
デニスは自分のために作った記録モアダを取り出した。練習の風景を撮っておこうと思ったのだ。練習が始まる直前に記録モアダを起動させる。
博士たちが奏でる曲は、物悲しいレクイエムのようなものだった。この国で作られた曲は、こういうレクイエムと英雄譚を詩人が語る時に奏でる曲がほとんどである。
映像と一緒だったので一五分ほどしか記録できなかったが、素晴らしい演奏を記録できた。




