scene:122 神殿のキング
九階層の神殿、実際はスウィンデーモン王の棲家なのだが、本当に神殿のような建物だった。何本もの彫刻を施された大きな柱が天井を支え、神話に出てくる巨大な神が住んでいそうな建物である。
「神殿の側面に窓がある。あそこから中を見れるんじゃないか?」
デニスが見つけた窓は、神殿の壁に開けられた窓で地面から三メートルくらいの高さにある。
「ええっ、手が届かないよ」
アメリアが声を上げた。デニスは笑い、その窓に近付き飛びついた。懸垂の要領で身体を持ち上げ、中を覗く。神殿の中は石畳の床と柱だけで、何もない空間だ。
「おかしいな。スウィンデーモン王がいるはずなんだけど……見つけた」
王と言うからには、通常のスウィンデーモンより大きな魔物だと思っていたのだが、意外にも一回り小さな魔物だった。
期待外れというか、少し物足りないものを感じたデニスだったが、注意して見るとスウィンデーモン王の動作に隙がないことが分かった。
「なるほど、強敵のようだな。でも、何でカッパみたいな顔なんだ」
デニスが呟いた時、隣にアメリアが顔を見せた。どうやって上がってきたのかと見ると、フィーネの上にヤスミンが乗り、その上にアメリアが乗っている。
「デニス兄さん、あれが王様なの?」
「そうみたいだ。大きくはないが、強いようだ」
「そうなの。そうは見えないけど」
アメリアは敵が小さいので、強いと思えなかったようだ。
地面に下りたデニスは、スウィンデーモン王と戦うことを伝えた。
ケヴィンが心配そうな顔をする。
「大丈夫なのか。スウィンデーモン王は凄まじく強い魔物だという噂だぞ」
「強そうな魔物だったが、倒せると思う」
デニスとしては自信があった。『怪力』『加速』の真名を駆使して戦えば、勝てると判断したのだ。
一行は神殿の正面に回り中に入った。デニスは広い内部で濃い魔源素を感じる。迷宮でも特別な場所のようだ。
「あいつがスウィンデーモン王。俺でも勝てそうじゃないか?」
ケヴィンが小さな魔物を見て、変な自信を持ったようだ。スウィンデーモン王はがっしりした体形をしているが、背丈は一六〇センチほどしかなかった。
「武器は蒼鋼製の棍棒が二本か」
二本の棍棒を同時に使う敵のようだ。スウィンデーモン王がデニスたちを見てニヤリと笑う。
「皆はここで待機。危なくなったら援護してくれ」
「分かりました。気をつけてください」
イザークが何か感じたのか、心配そうな顔をしている。
デニスとスウィンデーモン王が距離を縮めた。石畳を滑るように進んでくる敵に、デニスは顔を強張らせた。その動きから、宮坂流の創設者である宮坂弦蔵に似た雰囲気を感じたからだ。
スウィンデーモンという種族は、種族全体で記憶を共有している。そして、その種族の王であるこいつは、戦闘に関する達人なのだろう。
「どう見ても、カッパだな。王様だから、カッパキングか。相撲が強そうだ」
デニスはどうでもいいことを口にしながら、リラックスしようとしていた。強敵の予感に、少し緊張していると感じたのである。
カッパキングが右足で石畳を蹴り、その一蹴りで数メートルの距離を跳ぶ。一瞬で棍棒の間合いに踏み込まれた。空気を引き裂くような風音を響かせた棍棒が、デニスの胸を襲う。反射的に宝剣緋爪を持ち上げ、蒼鋼製棍棒を受け止める。
甲高い金属音が響き、デニスの身体が弾き飛ばされた。カッパキングは凄まじい怪力の持ち主だった。その力はオーガに匹敵するかもしれない。
弾け飛んだデニスは、背後の柱に身体を打ち付けた。装甲膜を展開していたのでダメージはない。だが、恐怖心を湧き起こさせるだけの威力があった。
「シャーッ!」
気合を込めた叫びをあげる。その気合で恐怖を振り払い前に出た。カッパキングの棍棒がデニスの顔を目掛け襲ってくる。それを仰け反って躱し、緋爪の斬撃を相手の胸に向かって放つ。
カッパキングは棍棒で緋爪の刃を受け止めた。緋爪が一センチだけ棍棒に食い込んで止められる。普通なら鍔迫り合いになるところだが、棍棒は一本ではない。
もう一本がデニスの胴を薙ぎ払おうとする。デニスが跳び退いて躱す。石畳に着地した瞬間、カッパキングの顔が間近に迫っていた。ほとんど同時に前に跳んできたのだ。
デニスは緋爪を横に薙ぎ払った。棍棒で受け止められたが、すかさず前蹴りを放つ。『怪力』の真名で強化された蹴りは絶大な威力を発揮した。カッパキングが宙を飛び二回転した後に、石畳に叩き付けられた。
デニスは高速で踏み込み、横たわっているカッパキングに緋爪を振り下ろす。ぎりぎりでカッパキングが躱した。緋爪は石畳を斬り裂き、深い傷を残す。
素早く立ち上がったカッパキングが、デニスを睨む。
「クゥエケケケ……」
奇妙な叫びをあげた化け物が、棍棒を持つ腕に力を入れた。それは盛り上がった腕の筋肉で分かる。
戦いを見守っていたケヴィンは、凄まじい戦闘に息を呑んだ。両者のパワー・スピード・技は、とんでもないレベルに達しているのが分かった。
「うわっ、デニス様の姿が時々消えちまうぞ」
「本当だ。凄いね」
フィーネとヤスミンが可愛い声で驚いている。
「遠くから見ている俺たちでも、目で追いかけられないのに、何であの化け物は防御できるんだ?」
ケヴィンは喉から絞り出すような声で疑問を挙げた。
「攻撃の先読みをしているんだ。あいつは正真正銘の化け物だ」
イザークが激しく攻防を繰り広げる両者を見て言う。
一進一退の戦いが一〇分ほど繰り広げられた後、デニスの一撃がカッパキングの太腿を斬り裂いた。叫び声を上げた魔物が、凄まじい力で二本の棍棒を振り回す。
デニスは避けるために距離をおいた。深呼吸しながら凍結球攻撃を放つ。カッパキングはその軌道を見切って、簡単に躱した。
「相手の反応が速い場合、放出系はダメか」
迅雷斬撃の技が脳裏に浮かんだが、カッパキングのスピードも侮りがたいので決まるかどうかが不安になった。
その時、宮坂師範の言葉を思い出した。『静かなる心を持ち、起こりを消せ』というものだ。起こりとは、宮坂流において技を繰り出す時の予備動作や殺気などを指す。
師範の教えを思い出したデニスは、意識して殺気や動きに注意を払う。そして、カッパキングの動きを観察する。デニスの動きが止まったので、敵は不審に思ったようだ。
試すように棍棒を上から振り下ろした。デニスは半身になりながら右足を一歩踏み出し、極めてコンパクトな動作で緋爪を振り抜いた。
緋爪の刃はカッパキングの右手を斬り飛ばす。苦痛に歪む魔物の顔。デニスは容赦なく二撃目を首を断ち切るように放った。呆気なく首が弾け飛ぶ。
デニスの頭の中に新しい真名が飛び込んできた。『共振』という真名である。
「あれっ……」
魔物の死骸が消え、二本の蒼鋼製棍棒が残った。それがドロップアイテムのようだ。
アメリアたちとイザーク、ケヴィンが集まってきた。デニスが不満そうな表情を浮かべているのに気づいたアメリアが尋ねた。
「どうしたの?」
デニスは溜息を吐いて答える。
「カッパキングから得られた真名は『記録』ではなかったんだ」
「そのカッパキングってのは何だ?」
ケヴィンが知らない言葉に反応した。
「ああ、僕がスウィンデーモン王に付けた名前だ。気にしなくていい」
「カッパキングか、まあいい。それで、どうするんだ?」
「スウィンデーモンの狩りを続けるしかないな」
デニスが肩を竦めて答えた。
アメリアたちはドロップアイテムを拾い上げた。
「これって蒼鋼だよね。二本合わせると、ナガマキが一五本くらい作れそう」
フィーネが興奮しているようだ。
そこにイザークの声が響いた。
「デニス様、こっちに小部屋がありますよ」
皆で小部屋の方へ向かう。六畳ほどの部屋にテーブルが一つ、その上に一冊の書籍が置いてあった。
イザークが書籍の背表紙を見て、首を捻っている。書籍のタイトルが『迷装具解説―通信・記録編―』となっていた。
ちょうどデニスが欲しかった知識を解説した書籍のようだ。
「これは階層ボス的な魔物を倒した褒美なんだろうか?」
デニスは書籍を手に取り中身を読んだ。この書籍は三〇〇年ほど前に滅んだ前王朝時代に書かれたものだった。斜め読みしてみると、記録迷石や共振迷石を使った『迷装具』について解説されている。
迷装具とは、迷宮装飾品のような道具に対する前王朝時代の呼び方のようだ。
デニスが書籍を読んでいると、イザークが声をかけた。
「デニス様、読んでいる時間はありませんよ」
「そうだった。スウィンデーモン狩りを続けよう」
デニスは狩りを続け、一四匹目で『記録』の真名を手に入れた。カッパキングから『共振』、スウィンデーモンから『記録』の真名を手に入れたデニスは、急いで地上へ引き返そうと決める。ようやく地上に戻った時、空には月が昇り星が瞬いていた。
疲れた身体で宿に戻ったデニスたちは、食事を済ませるとすぐに横になった。但し、デニスだけは興奮して眠れない。
通信と記録の迷装具が製作可能になったら、それらが世の中にどんな変化をもたらすのかを考え、眠気が吹き飛んでしまったのだ。




