scene:115 マナテクノ好調
最近になって、マナテクノでは様々な企業やファンドからの出資や共同研究の申し出が増えていた。
「諸外国で魔勁素を使った動真力機関を開発しているという話がありましたが、その研究が行き詰まっているようです。その影響だろうと、父、いえ社長は言っておられました」
マナテクノの新しい本社ビルで、社長である神原宗彦の娘であり社長秘書でもある小雪が、教えてくれた。
「そんなことを神原教授が……」
「雅也さん、神原教授ではなく神原社長と言わないと」
雅也は顔をしかめて頷いた。
「そうだな。長年の癖が中々抜けないんだよな」
マナテクノも世間的に知られる会社となり、組織のあり方も変わってきていた。社内でも正式な肩書で呼び合うようにしようということになっている。
「それで、社長はどこに?」
「経済産業省の倉崎大臣に呼ばれて、霞が関へ行っています」
「動真力機関に関連する新しい産業を、国がバックアップするという話か?」
「そうです。国防にも関連する話なので、政府が援助する代わりに技術を海外へ流出しないように企業活動をしてくれ、と言われているようです」
先進国のアメリカや日本は、資金と時間をかけて開発した技術が諸外国に流出し、自国企業が衰退するという経験をしている。
日本で開発された動真力機関の技術は、二一世紀最高の発明になるかもしれないと言われており、一〇年後には産業規模が一〇兆円になると予想されている。日本政府としても、そんな技術を海外に流出して欲しくはないのだ。
「そういえば、小雪さんの誕生日は明後日だったんじゃないか?」
「嬉しい。覚えてくれていたんだ」
「まあね。プレゼントの希望はある?」
「雅也さんにお任せします」
「それが一番困るんだけど、考えてみるよ」
「それだったら、食事でもいいですよ」
「明後日は、予定があるから、次の土曜日はどうだい?」
「ええ、それでいいです。でも、明後日に会議の予定はなかったはずですけど」
「いや、新星芸能事務所の人と食事をしながら会うことになったんだ」
小雪が可愛い眉をひそめた。新星芸能事務所は雅也に芸能活動をする気はないかと、しつこく誘っていた芸能事務所だったからだ。
「芸能事務所に入る気になったんですか?」
「冗談じゃない。絶対嫌だよ」
「大勢の前で歌うのが嫌なんですよね」
「……そういうわけじゃない」
小雪が小首を傾げた。
「自分の歌が、どれほど大勢の観衆を魅了できるのか、ということには興味がある」
「ふーん、興味があるんだ」
小雪が面白がっているような表情で雅也を見た。
「その顔はやめろ」
「なるほど、歌手デビューするわけですね」
「だから、それは嫌だと言っている。ネットにアップロードされた俺の歌が、凄い利益を出したって言うんで、その利益配分の話し合いをするんだ」
納得したという顔で小雪が頷いた。
「あれの再生回数が、一億回を越えていましたからね。広告収入が馬鹿にならないと思いますよ。ところで、その会食の相手は、美人のマネージャーさんですか?」
小雪が興味津々という顔をしているので、雅也が困ったような顔をする。
「マネージャーの青木さんも一緒だけど、二人で食事するわけじゃないぞ。向こうの社長さんと冬彦も一緒だ」
「何で、冬彦所長も一緒なんです?」
雅也は我ながら情けないという顔をする。
「金銭的な話になるんで、こちら側の証人が欲しかったんだよ。一緒に話を聞いてくれる人間を探したんだけど、冬彦しかいなかった」
小雪が残念な人を見るような目で雅也を見た。
「雅也さんは、もっと友人を増やすべきです。仕事と調べものばかりしていないで、遊ぶ時間を増やせばいいのに」
「そう言ってもなぁ。仕事ばかりじゃなく、デニスからの調査依頼があるからな」
「なぜ、そんなに頑張るんですか。デニスという人物は異世界の赤の他人じゃないですか?」
雅也は首を振って否定した。
「それは違う。デニスは赤の他人じゃない。ある意味、俺自身なんだ」
「どういう意味です?」
「デニスの精神の中で、彼の人生を傍観している時、俺はデニスの感情を一緒に感じている。デニスが怒っている時は俺も怒り、悲しんでいる時は俺も悲しい。つまり、デニスは俺でもあるんだ」
デニスの頼みは俺のやりたいことでもあるから一生懸命に頑張っているのだ、と説明した。
「そうなんだ。デニスと雅也さんの人生は、重なり合っているのね」
小雪は納得してくれたようだ。雅也は自分が成功したのもデニスのおかげであり、その成功により手に入れた金の半分までなら、デニスのために使おうと思っていた。
雅也の収入は、マナテクノからの給料と株の配当金が主なものになる。その配当金が馬鹿にならない金額になっていた。これは川菱重工が発売を始めたホバーバイク用に製造しているヴォルテクエンジンの売上が好調だからである。
川菱スカイV1と名付けられたホバーバイクは、発売と同時に売り切れ状態となった。現在は二ヶ月待ちという話を聞いている。
最初に購入した者は、世界中の研究機関や軍が多かったと言われている。調査用として購入したのだ。
川菱重工としては、そういう調査目的で購入した者への対策も施していた。重要部品はブラックボックス化されており、リバースエンジニアリング対策もされていた。無理やり分解して調べようとすることが不可能だとは言わない。だが、長い時間と高い技術力が必要になるだろう。
しかも、肝心の魔源素を製造する方法は分からないはずなので、コピーすることは不可能に近かった。
世界の人々は川菱スカイV1を手に入れ、実際に乗り回して驚いた。既存のホバーバイクに比べ、より長い航続距離と自在に空中を移動できる性能を備えていたからだ。
特にガソリン満タンで約五〇〇キロという航続距離が注目された。森林や荒れ地、砂漠を移動する手段に最適だと考えられたのである。
また、川菱スカイV1は水上でも使用できるように考えられていた。水上バイクのように水に浮くように防水処理が施されていたのだ。日本では、海上で遊ぶレジャー用の乗り物として販売されることになるだろう。
マナテクノは川菱重工へのヴォルテクエンジン販売が絶好調で、第一工場の拡張が計画されている。この調子だと、配当金は凄いことになるだろう。知らず識らずのうちに、雅也の顔に笑みが浮かんだ。
配当金のことで喜んだ三日後、雅也は頭を抱えることになった。
「どうして、こうなった?」
一緒にいる冬彦が、ドヤ顔で答える。
「調子に乗って、飲みすぎるからですよ」
昨夜、雅也と冬彦は新星芸能事務所の社長たちと一緒に料亭で食事をした。新星芸能事務所の社長は瀬戸田というおばさんだった。陽気で話し上手な女性である。
瀬戸田社長は巧みに酒を勧め、雅也と冬彦は酔った。そんな時、新星芸能事務所が中心となって企画した音楽祭が話題に上がった。
この音楽祭には、新星芸能事務所に所属するアーティストたちが出演することになっていた。もちろん、雅也が護衛依頼で知り合ったアイドルグループの坂東28も出演する。
音楽祭の話で盛り上がり、いつの間にか雅也も出演しないかという話になった。なぜそうなったか覚えていないが、雅也は出演することを承諾したらしい。
「今から断ったらどうです?」
「ダメだった。すでにプログラムに組み込んで話を進めているそうだ」
「早すぎるんじゃないですか」
「ああ、どうしても俺を音楽祭に出したいんだろう」
冬彦が苦笑いを浮かべて言う。
「もう覚悟を決めて、音楽祭に出たらどうです?」
「……そうだな」
雅也の返事を聞いて、冬彦が驚いた。
「ええっ、本気なんですか?」
「俺の歌がどれほどのものか、試してみたい気はする」
冬彦が変な顔をした。
「昔の先輩は、それほど歌が上手くなかったのに、やっぱり練習すると上手くなるのか。僕もカラオケ教室に通おうかな」
「通え、そして、絶望しろ」
冬彦は致命的な音痴だった。音感がまるでないのだ。
「酷い言い草だな」
「昔、カラオケでお前の歌を聞かされたという拷問に比べれば、優しい方だ」
冬彦が傷ついたという顔をする。だが、そのくらいのことで傷付くような男ではないと、雅也は知っていた。
「そうか、先輩は音楽祭で歌手デビューしてタレントになっちゃうんですね?」
「タレントなんかには、ならない。一回だけ音楽祭に出るだけだ」
雅也は自分の歌がどれほどのものになったのか知りたいという欲求と、その歌を大勢の前で歌って自慢したいという欲求により、音楽祭で歌うことを決めた。雅也はちょっとだけ欲望に忠実な男なのだ。
ただ音楽活動を継続する気はなかったので、顔を隠して一回だけという条件を付けた。




