scene:103 変身の真名術
仁木が怪我をしたという知らせを、雅也が受ける半日前。
冬彦と仁木は容疑者の三上を尾行していた。夕方、三上が雀荘へ入ったので、外で張り込みをすることにする。一時間ほどして三上が出てきた。
「あれっ、あいつの服が変わっている」
雀荘に入る時は、ジャケットを着ていたのだが、出てきた三上は黒いジャンパーを羽織っていた。
「勘違いじゃないですか、所長」
「間違いないよ。僕は服装のチェックには厳しんだよ」
冬彦には、時々すれ違う人の服装をチェックして、『ダサい』とか『なかなかいいセンスだ』とか寸評する癖がある。
三上の服装も例外ではなく、チェックしていたようだ。
「だったら、雀荘で着替えたということになりますよ。普通、雀荘で着替えます?」
「もしかしたら、盗みに行くんじゃないか」
仁木が頷いた。その可能性もあると思ったのだ。三上の尾行を続け、雑居ビルが林立する区画まで来た。消費者金融の看板が出ている。
「三上の奴、あそこに入るつもりですかね?」
すでに日が落ち暗くなっている。
「それにしては堂々としていますね。普通、顔を見せないように気を使うもんでしょ」
仁木は三上の態度が気になったようだ。泥棒にしては、こそこそとした動きが全くない。
三上がビルに入り、三階にある消費者金融の部屋に懐中電灯のような明かりが見えた。
「所長、警察に連絡してください。俺は様子を見てきます」
「気をつけるんだぞ」
仁木は階段で三階に上がり、消費者金融の入口の前に来た。中から人の気配がしているが、照明は点いていない。三上が窃盗犯であることが確定した。
部屋の中で、ドガッという轟音が響いた。仁木は急いでドアを開け中に入る。部屋の中には金庫があり、鍵の部分が壊れていた。そして、金庫の傍に三上が満足そうな表情を浮かべ立っている。
「誰だ?」
そう問い質したのは三上だった。仁木は苦笑いを浮かべて答える。
「泥棒には似合わない言葉だ」
三上がムッとした顔をする。次の瞬間、三上の手から何かが放たれた。それは雷撃球でも火炎球でもなく漆黒の塊で、仁木の胸に命中した。
強烈な衝撃で仁木の肉体が弾け飛んだ。壁まで飛ばされた仁木が、壁にぶつかり床に倒れる。
「がふっ」
内臓が傷ついたようで、仁木の口から血が溢れ出す。
その時、下からパトカーのサイレンが聞こえてくる。
「チッ、こいつ警察を呼びやがったな」
そう言い残して、三上は逃走した。残された仁木は警官により発見され、救急車が呼ばれた。
その翌日、雅也は仁木が入院している病院に向かった。
冬彦から教えてもらった病室へ行くと、ベッドに横たわる仁木と見舞いに来た小雪と冬彦がいる。
「仁木さん、具合はどうなんです?」
「肋骨が三本折れて肺が少し傷ついたようだ。油断したわけじゃないんだが、不意打ちを食らってしまった」
仁木の話では、部屋が暗かったせいで、どういう攻撃を受けたのか分からなかったらしい。
「それで三上は逮捕されたのか?」
雅也が冬彦に尋ねると、否定された。小雪が首を傾げた。
「どうして? 仁木さんは三上を確認したんでしょ」
冬彦が仁木の方をチラッと見てから答えた。
「それが……仁木さんが攻撃されていた時間、三上が雀荘でずーっと麻雀をしていたという証人がいたんだ」
雅也が腑に落ちない顔をする。
「二人で尾行したんだろ。なぜ、そんなことになるんだ?」
冬彦と仁木は分からないと言う。
「仁木さん、何か気づいたことはないんですか?」
「そういえば、三上の匂いが違った。雀荘に入るまでと出てきた後で匂いが違ったんだ」
『嗅覚』の真名を頻繁に使うと、普段の嗅覚も鍛え上げられ匂いに敏感になる。仁木は匂いの違いを感じ取ったのだ。
「顔が同じなのに匂いが違う。ホクロの位置も一緒……だとすると」
「先輩、何か分かりましたか?」
「ホクロの位置まで同じ顔を持つ人間など存在しない。そうなると、何らかの真名術で顔を真似ているとしか思えない。顔を自在に変形させる真名術……面白いけど、俺には必要ないな」
冬彦がニヤリと笑った。
「そうかな。先輩も必要なんじゃないですか」
「どういう意味だ?」
「学生だった頃、テニス部にモテモテのイケメンがいたじゃないですか」
雅也は思い出そうと記憶を探る。
「ああ、テニス部で全国準優勝した城田か」
「そうそう、女子大生が何人も群がっているのを見て、『リア充イケメンなんか爆発しろ』って言ってたじゃないですか」
雅也は唇をへの字に曲げて答える。
「あの頃は、貧乏で平凡な男だった俺だが、今は違うぞ。マナテクノのおかげで桁違いの金持ちになった。しかも独身だ。今は忙しいから仕方ないが、暇になって余裕ができたらモテモテになるはずだ」
冬彦が腕を組んで雅也を値踏みするように見る。
「本当に?」
その視線に雅也は少したじろぐ。
「モテモテというのは言いすぎたが、ちょっとはモテるはずだ。……まあ、それは置いといて、仁木さんを傷つけた真名能力者を放っておくわけにはいかんな」
「先輩が手伝ってくれるんですか?」
「ああ、警察に協力するのも国民の役目だ」
このところ真面目にマナテクノの仕事をしていたので、ストレスが溜まっている。三上という男を相手に暴れてみたくなった。
仁木が不安そうな顔をした。
「聖谷さん、あいつには気をつけた方がいい。俺を吹っ飛ばした攻撃は尋常な威力じゃなかった」
「ああ、気をつけるよ。手に負えそうになかったら、逃げるから大丈夫だ」
今日は三上がどこに行ったか分からないので、明日から冬彦と一緒に監視することにした。雅也が第一工場へ向かうと言って病室から出ようとした時、小雪が一緒に行くと言う。
駅に向かって歩いている途中。
「危険じゃないんですか?」
小雪も心配顔になっている。
「『装甲』や『頑強』の真名もあるから、大丈夫だよ」
第一工場に到着した。小雪はそのまま事務所の方へ向かい、雅也は中村主任たちがミーティングルームとして使っている部屋へ行く。
予定通り、防衛装備庁から来た技官と中村主任たちが打ち合わせをしていた。雅也は技官たちに挨拶しながら席に座る。
「聖谷取締役が来られましたので、一度整理しましょう」
そう言って、中村主任が打ち合わせで話し合ったことの説明を始めた。その説明によると、近年になって攻撃ヘリの弱点が注目されるようになったという。
「攻撃ヘリの部隊では、ヘリの脆弱性が問題になっているということですね」
技官によると、多くの島によって構成される日本おいては、遠方の島へ戦闘員を送るような場合、護衛として攻撃ヘリが必要であるという。
その場合、敵の携帯式地対空ミサイルや機関銃により攻撃されることが想定され、現在の攻撃ヘリでは撃墜される恐れがある。
「そのために、攻撃ヘリ不要論を言い出す者も出ています」
技官の一人が声を上げた。携帯式地対空ミサイルで簡単に撃ち落とされるような攻撃ヘリなら、高い金を出して購入する意味がないという主張である。
「防衛装備庁では、汎用ヘリを武装化しただけの安価な武装ヘリと本格的な攻撃ヘリの両方を検討しています」
今回試作する救難翔空艇の機体に武器を搭載する試作機は、武装ヘリに近いものになる。
中村主任がこれまでの検討事項を纏めた。
「マナテクノ側では、救難翔空艇の機体を基に、ミサイルや航空機関砲を搭載できるようにした改良機体を用意すればいいのですね」
技官の一人が頷いた。
「そうです。技術者の一人としては、本格的な次世代攻撃ヘリとなるステルス攻撃ヘリを開発したかったのですが、今回は無理でしょう」
中村主任が首を傾げた。
「そのステルス攻撃ヘリというのは、形状だけの問題なのでしょうか?」
「レーダーの有効反射断面積を減らすような形状とレーダー波吸収材によりステルス機能を実現しています」
中村主任が形状の問題なら変更は可能だと伝えた。機体形状を大きく変えると構造計算をやり直しバランスや強度などを検討しなければならないが、今回の試作機は飛んで武器が使用できれば良いという実験機的な扱いなので、冒険してもいいと、中村主任は考えたようだ。
雅也は黙って聞いていたが、試作機を二機製造するという方向に話が纏まりそうなので、口を挟んだ。
「ちょっと待ってくれ。救難翔空艇の機体を武装した試作機とステルス性能を盛り込んだ機体を武装した試作機を製造するという方向に話が進んでいるが、予算は大丈夫なのか?」
技官の一人が頭の中で計算し答えた。
「本格的なステルス機を製造するわけではないので、予算は大丈夫です。それに防衛装備庁内部で次世代攻撃ヘリを研究した時に設計したデータがありますので、それを流用すれば開発期間も短くなります」
雅也は納得して、中村主任たちに任せることにした。だが、そのステルス攻撃ヘリモドキの試作機が諸外国の軍事関係者から大きな注目を集めるとは、この時は考えもしなかった。
書籍化の報告に対して、多くのメッセージを頂きました。
ありがとうございます。今後も頑張ります。




