第八十六話「手打ち」
翌日学園に来てみれば……、当然というべきかやっぱり今日もヒソヒソと言われている。挨拶に声をかけても無視されるか逃げられるばかりだ。何かこれも前と同じで笑ってしまいそうになる。皆の反応があまりにワンパターンすぎる。
あまり良い気持ちはしないけど、いつものことだと思えばそんなに気にならない。それに今は可愛いお友達がたくさんいるからな。
「皐月ちゃん御機嫌よう」
「咲耶ちゃん御機嫌よう」
いつも通りに先に来ている皐月ちゃんに声をかければいつも通りに返してくれる。他のどうでもいい人達にどれだけ無視されてたって、こうして大切な人達がいればどうってことはない。
元気な薊ちゃんもやってきて、いつも通りに挨拶して、何てことない日常だ。近衛家のパーティーで薊ちゃんとの事件が起こった時と変わらないと思えばどうってことない。そして今はあの時と違ってグループの皆がいる。それの何と心強いことか。
前はもっと気にしていたと思うけど今回はそんなに気にならない。耐えられる。皆がいてくれるなら……。
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クラスでは無視はされているけどさすがにヒソヒソは言われない。だって、錦織を囲んでいた男子の写真の内情を知ってるもんな。もし俺にヒソヒソ言ったって、それは自爆にしかならないわけで、さすがにうちのクラスの生徒達は無視はしてくるけどヒソヒソと陰口は言ってこない。
そんな午前中の授業も終わって皆と一緒に食堂へとやってくる。さすがに他のクラスや学年の生徒達がいる場では相変わらずヒソヒソ言われてるけど……。
「ああ!咲耶ちゃん!待ってたわよ!」
「え?茅さん?どうしてここに?」
食堂に入ると茅さんに呼ばれて驚いた。俺は今まで食堂で茅さんと会ったことはない。それなのに今日は食堂にいるようだ。
「どうしてだなんてつれないわぁ……。でもいいの。お姉さんはそんなことでめげないわ」
「はぁ?」
いや……、ちょっと何言ってるかわかんないです……。この人大丈夫か?
「それよりお昼にしましょ?」
「え?茅さんもご一緒されるのですか?」
今日はたまたま食堂でご飯を食べることにしたとかじゃないのか?俺達と一緒しようと思って?
でもそれは俺一人では決められない。俺達は七人で行動しているんだから俺一人で勝手に茅さんを受け入れるなんて決めるわけにはいかないだろう。
「貴女達、この五北会の一員である正親町三条茅が一緒でも良いわよね?」
「「「「はっ、はいっ!」」」」
おいおい……、それは脅しというんじゃないのか?皐月ちゃんと薊ちゃん以外の四人は震え上がってるぞ……。西園寺家と徳大寺家は正親町三条家より序列は上だけど、年齢の差もあるし、正親町三条家は最大派閥の近衛門流だから力関係で言えば微妙な所だ。
少なくとも学生である現状では茅さんの方が先輩であり上ということになると思う。実際世の中に出れば正親町三条家より西園寺・徳大寺両家の方が上だろうけど、それでも近衛財閥がバックについていることを考えればあまり下手なことは出来ない。
結局五北会に入れるくらいの家格になってくればその差は簡単に入れ替わるほどのものでしかないというわけだ。うちだって九条家だからと偉そうにしていたらいつ足元を掬われるかわからない。
「さぁ咲耶ちゃん!咲耶ちゃんのお席はここよ!お姉さんはここね!あとは貴女達は勝手に座りなさい」
「「「「はいっ!」」」」
温度差!皆の扱い雑!それにその温度差よ!
でも結局強引な茅さんに逆らえるはずもなく、何故か俺が一番上座に、その隣に茅さんが座って、あとは皆が適当に座った。俺から見て左に茅さん、右の席はちょっと揉めたけど結局薊ちゃんが勝ち取ったらしい。皐月ちゃんは茅さんのさらに向こう側で落ち着いた。
一体何だというのだろうか。茅さんのこの強引な相席は……。いつもは食堂で見かけたこともないのに……。
「いつどこで不届き者が出るかもわからないものね。これからは落ち着くまでお姉さんが咲耶ちゃんを守ってあげるからね」
「……え?」
もしかして……、茅さんは俺が周りにいじめられてると思ってわざわざ来てくれたのか?自分はいつも食堂なんて利用しないのに……、俺が大変だろうと思ってわざわざ?
「ん?何かな?」
「…………」
じっと茅さんを見てみればにっこり微笑まれてしまった。何だろう……。こう……、胸が温かいというか……、とてもうれしくて気分が良いというか……。茅さんの優しさが、気遣いが、流れ込んでくる。
俺は一人じゃない。こうして心配してくれる人も、協力してくれる人も、守ってくれる人もいる。
「うふふっ……、咲耶ちゃん……、お姉さんに惚れちゃった?ね?惚れちゃったでしょ?ね?ね?今日は帰りにうちに寄っていきましょう?それが駄目だというのならお姉さんが咲耶ちゃんのおうちに行くわ。ね?いいでしょ?ハァ、ハァ……」
「ちょっ!茅さん!」
怖い!いきなりおかしくなった!折角良い感じだったのに!とても感謝してたのに!何かいきなり全て台無しになった気分だよ!
「そんなことよりこれからどうすれば良いのか。早速作戦会議といきましょう」
「……食事は?」
「もちろん食事もしますよ!でもこうして皆で集まれる時にどうやって咲耶様をお守りし、お助けするか考えなくては!」
薊ちゃんの言葉に皆も頷いてくれる。やっぱり皆素敵なお友達だ……。実効性のある策は出てこなかったけど、それでも皆があーでもないこーでもないと必死に話し合ってくれていることがとてもうれしかった。
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放課後にサロンに着くとすぐに伊吹と槐がやってきた。
「咲耶、大丈夫なのか?誰かに何かされなかったか?何かあったらすぐ俺に言え!俺がそいつをぶっ飛ばしてやる!」
「お気遣いありがとうございます。ですが近衛様のお手を煩わせるほどのことでもありませんので……」
やめてくれ……。人が折角穏便に、何とかうまく片付けようと思っているのにお前が騒ぎを大きくしてどうする。
俺が騒ぎを大きくしたくないのは何もクラスの男子や萩原紫苑のためじゃない。俺が敵対者とかを徹底的に追及して退学まで追い込んだなんてことになったら、ゲーム『恋に咲く花』の咲耶お嬢様ルート一直線になりかねないからだ。それを外野に大騒ぎにされたらたまったもんじゃない。
「九条さん、本当に大丈夫?何かあれば僕にも言ってね。出来ることは協力するよ」
「ありがとうございます鷹司様」
槐にもそんなことを言われたけど……、まぁこの二人の力を借りることはないんじゃないかな。今の所それほど問題にもなっていないし、徐々に事実が広まっていけばそのうち噂も消え去る可能性は高い。下手に騒ぐ方が余計な対立に発展しかねない。
確かにまだ大々的な手段は打ってないけど、薊ちゃん達から壁新聞の内容について他のグループの子達にも話してもらっている。少なくともクラスメイト達は見ていたんだから、クラスでの写真の内容が間違いであることはすぐに証明される。それが広まれば他の話も徐々に消えていくだろう。
「さぁ、咲耶ちゃん、そんな所にいては穢れてしまいます。こちらでお姉さんとお話しましょう?」
「茅さん……」
まだ伊吹と槐と話していたのに茅さんに引っ張られていつもの席に連れていかれる。二人もそれ以上は追ってこないようだ。
それにしても伊吹と話してたら穢れるって……、茅さんの立場で言っちゃいけないことだと思うんだけどな……。この人も自由すぎる……。最初は近衛様!近衛様!って言ってたのに……。どこで人生を踏み外しちゃったんだろうね?
サロンでは伊吹達が否定してくれているお陰か五北会のメンバー達は俺に批判的じゃない。あの壁新聞の内容も信じていないのか、伊吹に言われているから黙っているだけか、特に何か言われるということはない。
ただだからって無条件に俺の味方をしてくれるわけでもないようだ。茅さんとか伊吹や槐や水木は俺を庇ってくれるけど、他は無関心とか中立で見守るだけって所かな。
まぁ……、前までのように敵視されないだけまだマシになったと言うべきか。そんなサロンでの時間も過ぎて習い事に寄ってから家に帰ったのだった。
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家に帰るとすぐに両親に呼ばれてその前に座る。一体何事なんだろう。
「咲耶、お前は賢い子だ。だから全て包み隠さず話す。実はな……、犯人がわかった」
「えっ!?」
父の言葉に驚く。もうわかった?一体どう言う事だ?
「これを見てみれば一目瞭然だ」
「これ……は……」
父の合図で再生された映像……。藤花学園の玄関ロビーの映像だ。どうやら監視カメラの映像らしい。それを見ていると次々に生徒達が通り過ぎて行く。荷物を持って外から入ってくるということは朝の登校時間だろう。そして……。
「――ッ!?」
一人の男子生徒がメイドのような人を連れて玄関ロビーに入ってくると壁に何やら大きな物を貼り出した。どう考えても件の壁新聞だろう。
「この生徒は……?」
画像が悪いこともあるけど何より俺はその男子生徒と面識がない。高学年の男子と接点なんてあるはずがない。俺が接点のある高学年といえばサロンのメンバーくらいだ。
「桑原桂。五年生の生徒だね」
兄はそいつを観ただけでわかったらしい。そして父も頷く。
「裏付けは取れている。桑原桂で間違いない」
「うそ……」
ちょっと待て……。本当に?こんな簡単に……、こんな単純な方法でわかるほど……、相手は馬鹿なのか?監視カメラの対策も何も考えていなかったのか?あれほど凝った壁新聞を作っておきながら?
「このことは藤花学園にも連絡して桑原家には何らかの処分を下してもらうことになっている」
「ちょっ!まっ、待ってください!」
これはおかしい。明らかにおかしいぞ!あまりに簡単で単純すぎる。
「咲耶……、これは咲耶だけの問題ではないんだよ。藤花学園としてもことがはっきりした以上は黙っているわけにはいかないんだ。こういう生徒を野放しにしているとあっては藤花学園の評判にも関わる。だからうちがあの壁新聞のことについて相談して、一緒にこのカメラの内容を確認した時点で処分は免れないんだよ」
「そっ、それは……」
それはわかってる。別に俺はこの桑原桂という男子生徒を庇いたいとかいうわけじゃない。あんなことをされて俺も腹を立てている。多少は思い知らせてやりたい気持ちもある。でもそうじゃなくて……。
「こんな簡単に……、単純に……、捕まるような単純な事件ですか?あれほど手の込んだことをしていたのに?これは……、この件はこんな単純な話ではないと思います!」
確かに実行犯はこの桑原桂だ。それは言い逃れしようがない。これだけはっきり監視カメラに映っていたら確定だ。でも……、本当にこの桑原桂が犯人か?
例えば……、誰かが裏で何かを操っていたら?実行犯は桑原桂でも、裏で糸を引いている者がいるとすれば……、ここで安易に桑原桂だけ処分して終わらせるわけには……。
「咲耶……、これでこの件はおしまいだ。いいね?壁新聞を貼り出した犯人である桑原桂は処分される。この壁新聞の内容も訂正されて公表される。それで咲耶の名誉は戻る。良いね?」
「だっ……、駄目です!お父様!」
「もうこれは決まったことだ」
「――ッ!?」
父の表情は……、これは何も納得などしていない顔だ。でもここで幕を引けと言っている……。そういうことだろう?
生贄として実行犯が処分され、これに絡んだ者達も真実が明らかにされて……、学園から何らかの処分が下されることはないとしても、果たしてそんないじめをしていたという話が広まって、男子達や萩原紫苑はこれからも学園に通えるだろうか?
父は何を知ったんだ?この件にはもっと裏がある。それは誰の目にも明らかなわけで……。それでもこれ以上深追いするなと父が止める。
確かに実行犯は桑原桂だ。写真に載せられた者達のやったことが明るみになっても自業自得だ。
でも……、これで終わり?
一部の者だけがトカゲの尻尾切りのように切り捨てられて……。恐らく……、真の黒幕はこうなるようにあえてはっきり証拠映像が残るように桑原桂にこれをさせたんだろう。一人全ての罪を背負うように……。
許せない……。沸々と怒りが湧いてくる。別に俺は桑原桂なんて生徒は知らない。クラスの男子達や萩原紫苑が肩身の狭い思いをしても自業自得だ。でも……、それでも……、この黒幕のやり口は絶対に許せない。
俺を貶め、他人を利用し、罪を背負わせて切り捨てる。非道な……、真の黒幕が許せない。
父はこれ以上この件で深追いするなと言っている。それに子供である俺一人がどうにかしようと思っても出来ることには限りがある。父のように力を使って今回のように解決するなんてことは出来ない。
それでも……、この黒幕だけは……。




