表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/1418

第五十九話「hshs」


 最近咲耶お姉様と西園寺皐月の仲が怪しい。薊はそう思っていた。


 少し前までは西園寺皐月はチラチラと探るように咲耶お姉様を見ていた。それなのに最近は……、妙に熱の篭った視線を送っている。それは薊の気のせいではない。薊にはわかる。何故ならばそれは薊も、椿も、茜も、皆そうだからだ。自分がそうだからこそ他の人がそういう目をしていたらすぐにわかる。


 何故急に……?一体いつから……?


 その疑問はすでに解けている。思い返してみれば西園寺皐月の態度が急に変化したのは、咲耶お姉様と遊びに行くという約束の日が過ぎた後からだ。その後から西園寺皐月は熱い眼差しで咲耶お姉様を見るようになった。


 一体何があったのか……。二人で遊ぶといいながら何をしたのか……。


 他の予定なんて全てキャンセルしてでも自分も行けばよかった。今更後悔しても遅いが皐月と遊ぶことに少々抵抗があったために意地を張った自分が恨めしい。まさかたった一回遊んだだけでそんなことになるなど思ってもいなかったのだ。


 西園寺皐月は薊の天敵のような者だった。藤花学園に入学する前からパーティーで顔を合わせる度に険悪なムードになっていた。


 向こうは澄ました態度なのではっきりと文句を言ってきたりはしない。しかし明らかに薊やその取り巻きグループに対して敵意を向けてきていた。明らかに敵だったのだ。


 それは藤花学園に入学してからも変わらない。薊グループと皐月グループは表立って喧嘩することはなくとも、お互いがお互いを敵として認識し合っていた。何かあればいつ全面戦争が勃発してもおかしくないような相手だったはずだ……。


 それなのにいつの間にか一緒にお昼ご飯を食べたり、休み時間に話したり、サロンに一緒に向かったり……。一体いつの間にこんなに普通のクラスメイトのようになったというのか。


 そして……、咲耶お姉様に対しても、表面的には普通に接しておきながら裏では敵対的に接していたにも関わらず……、今はまるで咲耶お姉様の追っかけのような態度に急変・激変している。


 何故咲耶お姉様はあんな裏で何か画策している西園寺皐月を傍に置いているのかと思っていた。ただ今になって考えれば全て繋がっていたのだとわかる。咲耶お姉様は最初から西園寺皐月とそのグループを取り込み傘下に収めるつもりだったのだ。


 普通に考えたらそんなことが出来るとは思えない。それも先に徳大寺派閥を取り込んでいるのだ。その徳大寺派閥と敵対関係にある西園寺家とその周りを取り込むなど不可能に思える。しかし咲耶お姉様はそれをいともあっさりと成した。


 実際に西園寺皐月は咲耶お姉様に心酔し、徳大寺派閥と西園寺派閥は特に衝突することもなく、九条咲耶の名の下に統合されつつある。そんなことが出来るなんて信じられないが実際にそうなっているのだ。信じる信じないではなく、実際に目の前でそれが起こっている。


(さすがは咲耶お姉様です!)


 薊は咲耶のその手腕とカリスマ性にますます心酔していく。元々敵対派閥だった両派を同時に取り込むなど普通の者に出来るはずがない。それが出来るからこそ咲耶は凄まじいのだ。やはり自分は間違っていなかった。自分が上に立つべき存在ではないのだ。自分は咲耶に仕え、咲耶に尽くし、咲耶のためだけに存在する。それの何と幸せなことか。


 それは良い。それは咲耶お姉様の素晴らしさの一端を表す出来事の一つに過ぎない。問題なのは……。


「ちょっと……、貴女……、咲耶様と何があったのよ?」


「はぁ……」


 薊が皐月に話しかけると皐月は露骨に視線を逸らしつつそんな溜息を吐いた。イラッとする。


「ちょっと!何よその溜息は!」


「そのままですが?」


 やっぱりこの女は嫌いだ!


 薊はそう思ったが言葉には出さない。そんな露骨な言葉を簡単に吐き出すのは負けに等しい。あくまで優雅に、ご令嬢らしく、汚い言葉のやり取りや露骨な嫌味は言わずに何とかするのだ。


「す~……、はぁ……。御機嫌よう、西園寺皐月さん。貴女は九条咲耶様と遊ばれてから随分咲耶様に懐かれたようですが、一体どのようなことをして遊ばれたのでしょうか?」


 一度落ち着いてから言い直す。お上品ぶっている皐月相手ならこういう方がいいのだろう。


「はぁ……。まぁいいでしょう……。徳大寺薊さん、貴女はいくつか勘違いをしていますね。私と咲耶ちゃんの間には何もありませんし何も変わってなどおりません。あくまでただのクラスメイトの一人です。何をして遊んだと言われてもただ町に出てショッピングをしてきただけですよ」


 しれっと、ただショッピングに行っただけだという。そんなわけない。そんなことでこれほど二人の距離が縮まるとは思えない。それもこの腹黒で裏で何かと画策している西園寺皐月がだ。


 表向き適当に友達のような顔をしていても、本心では相手を貶めるようなことばかり画策している西園寺皐月が、ただ一緒にショッピングに行ったくらいでこれほど態度を変えるはずがない。


「貴女ね……!ぁ……?」


 皐月に食って掛かろうとして……、薊は『待てよ?』と思って止まった。もしかして……、皐月の方には自覚はないのではないか?薊もそうだった。最初は咲耶お姉様にそう簡単に靡いているなどと、自分で自分の気持ちを認めることが出来なかった。


 だったら西園寺皐月も同じように自分の気持ちに気付いていない。もしくは認められていないという可能性は高いのではないか?そう思った。


 ならば話は簡単だ。これ以上薊から皐月に余計なことを言う必要はない。周りから言われたら余計に意識して自分の気持ちを自覚してしまう可能性が高い。だから放っておく。椿や茜ならばまだどうとでもなるが皐月が咲耶お姉様争奪戦に参加してきたら面倒臭い。ならば皐月が出遅れている間に決定的なリードを広げておく。


 そのためにはいつまでも皐月に自分の気持ちと向き合ってもらわない方が良い。敵に塩を送る必要はないだろう。今のうちに咲耶お姉様を薊にメロメロにしてしまうのだ。皐月が自分の気持ちに気付いて二人の間に入ろうとしてきても手遅れなように……。今のうちに完全に咲耶お姉様をモノにしてしまえばいい。


「ごめんなさい。やっぱりいいわ。それでは御機嫌よう」


「御機嫌よう……」


 急に機嫌が良くなって去っていく薊を、皐月はポカンと見送ったのだった。




  ~~~~~~~




 皐月と咲耶お姉様の間に何があったのかは気になる。しかし皐月のあの態度からしてまだ決定的なことがあったわけではないだろう。ならばどうということはない。今度は自分のターンだ。


「ふふっ……。うふふっ!」


 薊はスキップしながら廊下を進む。今日は九条家にお邪魔する日だ。今回も遊べる日が平日だというのは残念ではあるが、今回は前回とは違う。今回は咲耶お姉様と二人っきり。しかも家に上げてもらえる。咲耶お姉様の部屋に入れるのだ。


 部屋で二人っきり。咲耶お姉様と二人っきり。


「うふふっ……、あはははっ!」


 急いで帰って準備をしなければ……。皐月と咲耶お姉様の間にあったことなんて些細なことだろう。自分と咲耶お姉様はこれから部屋で二人っきりだ。周りからギョッとした顔で見られても気にもせずに薊は笑いながらスキップしてロータリーへと急いだのだった。




  ~~~~~~~




 九条家に着いた薊は九条家のメイドに案内されて家へと通される。門から玄関に着く頃には玄関で咲耶お姉様が待っていた。今日は私服の洋服だ。前回の着物姿もよかったが洋服姿も可愛い。今すぐ抱きつきたい衝動を抑える。


 もし誰もいなければ抱きついたかもしれないが九条家の奥様もいるのだ。そんな振る舞いを見せるわけにはいかない。


 何よりこれから部屋で二人っきりになるのだから焦る必要はない。もう少し……、部屋まで辛抱すれば咲耶お姉様と二人っきりだ。


 九条家の奥様に挨拶をして、咲耶お姉様と二人で咲耶お姉様の部屋に向かう……、はずだった。それなのに何故か後ろから若いメイドが付いて来る。何故このメイドは付いてくるというのか。家の中なのだから気を利かせてどこかへ行けと思うのだが、さすがに露骨に言葉でそう言うわけにはいかない。


 それにこのメイドはいつも見るメイドだ。学園の行き帰りなどでもいつも咲耶お嬢様にぴったりくっついている。少し前までの西園寺皐月などとは比べ物にならない要注意人物だと薊のセンサーが告げていた。このメイドは油断ならない。気をつける必要がある。


「どうぞ。ここが私の部屋です」


「うわぁ!ここが咲耶様のお部屋です……か……?」


 案内された部屋は……、薊の想像とはまったく違っていた。別に何かおかしいということはない。ただ途轍もない違和感だけがある。そしてその理由を薊はすぐに察した。


 この部屋は非常にまとまっている。洋風の部屋にカーペット、天蓋付きのベッド、アンティーク調のテーブルや椅子、勉強机、タンス、何もおかしくはない。そう、何故ならば全てがおかしいから……。だから違和感はあるのに何がおかしいということはないのだ。


 薊の部屋は可愛い小物やぬいぐるみ、塾のテキストや勉強道具、様々なものが置かれている。お気に入りの小物やぬいぐるみはベッドの上にまで置いているし、服もあちこちにかけていたりする。


 何も汚いとか片付けが出来ていないということではない。それはそれできちんと整理されて綺麗に置かれている。だからそれを見て汚いとか整理出来ていないと言う者はいないだろう。しかしこの部屋は違う。


 確かに絵画が飾られている。花瓶に花が生けてある。全てが纏まっている。纏まりすぎている。


 これはまるで見本の部屋のような、モデルハウスの部屋の一例のような、まるで生活感がないのだ。実際に咲耶はこの部屋で寝起きしている。勉強もしている。生活に利用している部屋だ。見せるためだけのフェイクの部屋ではない。しかし圧倒的に生活感がない。


 余計な小物もなく、散らかってもいないし、何かを使っている形跡もない。とてつもなく歪な空間。普通の年頃の女の子の部屋とは思えない。まるで大人が客人を迎えるための部屋のような纏まり具合だ。


「咲耶様……、これは……、部屋はいつもこのような部屋なのですか?私が来るから片付けられたのですか?」


 もしかしたら……、薊が訪ねてくるからと片付けたのかもしれない。それならいい。しかし……。


「……え?汚かったですか?ごめんなさい。いつものままでした……。少し片付けますね。薊ちゃんは少し待っていてください」


 そう言って咲耶は片付けようとし始めた。しかしこの状況で何をどう片付けようというのか。このまるで生活感もなく纏まりすぎているこの部屋の何を、どう片付けるのか。


「咲耶お姉様!」


「はいっ!」


 急に大きな声を出した薊に咲耶はビクリと飛び跳ねて止まる。振り返ってみれば薊が妙な顔をしているのに気付いて駆け寄ってきた。


「薊ちゃん?どうしたのですか?どこか具合が悪いのですか?」


 そう言って心配される。しかしそうではない。この泣きそうな気持ちは……、『咲耶お姉様は一体どれほど自分を殺して生きておられるのですか?』……、ついそう言いそうになってしまう。


 それを言ってはいけない。年頃の女の子が、それらしく、年齢相応に振る舞うことも許されず、余計な小物もぬいぐるみも何一つ置かない部屋で過ごさなければならない。


 薊もそれなりに厳しく育てられたと思う。自分ではそう思っていた。しかしそれでもおもちゃが欲しいと言えば買い与えられた。遊びたいと言えば遊べた。しかし咲耶はどうだ?この一切無駄のない、何もないこの部屋の様子は……。


 確かに綺麗に整えられている。しかしこんなものは小学校一年生の部屋ではない。薊が今まで訪ねて行った同世代の女の子の部屋でこのような部屋など一つもなかった。


 皆それぞれ自分の好きな小物を置き、ぬいぐるみを置き、キャラクターグッズを置き、生活感に溢れた部屋で暮らしていた。咲耶はそんなことも許されないのだ。


 咲耶の所作の美しさ。普段の振る舞いの大らかさ。余裕。体育の授業でも勉強でも飛び抜けた成績であることは薊にもわかる。それは何故なのか。それは生活の全てを犠牲にしてお嬢様として振舞っているからだ。いついかなる時も、自宅の部屋ですらお嬢様とは斯くあるべしを体現している。そこには一切の甘えは許されない。


 そこまでしているからこそ咲耶お姉様は咲耶お姉様足り得るのだ。ようやくそのことに思い至った。自分の努力など咲耶お姉様の努力に比べたら何でもないものだった。これでよく一時とはいえ咲耶お姉様を妬んだものだ。自分の努力が足りなかったにすぎない。


「大丈夫ですか?薊ちゃん?休みますか?こちらへ……。さぁ、私のベッドで申し訳ないですけど横になって……」


 物思いに耽っている間に、咲耶は一人で慌てて薊に手を貸すと自分のベッドに寝かせた。その瞬間薊は今まで考えていたことが吹っ飛んでいた。


「ふわぁ!咲耶お姉様のベッド!咲耶お姉様のかをり!すー!はー!すー!はー!う~んっ!」


 ベッドに寝かされた瞬間薊はベッドや枕に顔を押し付けその香りを胸一杯に吸い込み、掛け布団を思いっきり抱き締め、体をゴロゴロさせてベッドの上を転がり回ったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
気がついたらそこは花畑だった。もう最終話まで逃れることは叶わない
[一言] なるほど、最後はお宝を目にして理性が飛んだのですね。
[良い点] 最後の数行で全てを手放すあなたに安心します。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ