第五十七話「連れ去られる」
いよいよ夏休みも近づいてきた今日この頃。外はうだるような暑さになりつつある。そして今日は物凄いイベントが待ち受けている。
今日は土曜日。即ち今日も明日も学園は休みだ。それこそ今日は一晩中遊んでいても大丈夫なだけの時間がある。もちろん俺にそんなつもりはないけど絶対にそれが起こらないとは言い切れない。
何故ならば……、今日は茅さんと遊ぶ日だからだ…………。
一週間くらい前から茅さんはサロンで会うたびに『一週間後ね』『六日後ね』『五日後ね』『明後日ね』『明日ね』と、毎日毎日ずーっと今日のことを確認していた。その尋常じゃない態度を見たら今日俺は果たして無事に帰れるのかと心配になるのも頷けるはずだ。
今日は皐月ちゃんの時とは逆で俺が呼び出された場所へ向かうだけで、何をするのかはまったく教えられていない。当日のお楽しみだと言われて教えてくれなかった。当然ながら集合場所は教えてくれたけど、その辺りには劇場も映画館もコンサートホールもない。茅さんの言っていた遊びをするような所は何もない場所だ。
一体今日はどこへ行って何をするのか……。説明されないのがこんなに不安だとは知らなかった。皐月ちゃんも俺と遊んだ時こんな気持ちだったんだろうか。俺は今不安で仕方がない。一体茅さんは俺をどこへ連れて行くつもりなんだろう……。
まぁ俺が一人で考えていてもわかるはずもない。それに今から行くしかないんだ。覚悟を決めて着替えると家を出た。結構早めに出て三十分くらい前に到着してしまったのにもう茅さんがそこに居た。
「すみません茅さん。お待たせしてしまいました」
「御機嫌よう咲耶ちゃん。気にしないで。まだ三十分前だもの。それより三十分も前に来てくれるなんて……。そんなにお姉さんに会いたかったのね?感激だわ」
「えっ……、あ~……、茅さんは一体いつから?」
変なスイッチが入ったのか一人でトリップしかけている茅さんが怖いから適当に言葉を濁しつつ質問する。俺は前世からの癖で待ち合わせとかはとても早く来てしまう。学校の登校時間、会社の出社時間、待ち合わせ、ありとあらゆることにかなり時間の余裕を持って行動するのが俺の癖だ。
流石に訪問の時は約束の時間より何十分も早く行ったりはしない。待ち合わせだっていつもこちらが相当早くに待っていたら相手が気にする可能性もある。だからすぐ目に付く場所におらず、待ち合わせ場所が見える店などに入って時間を潰したりしていた。
その俺より先に来ているということは茅さんは相当前から来てたんじゃないだろうか。少なくとも今車から降りた所とか、到着したばかりという雰囲気ではない。
「お姉さんは二時間前から待ってたの」
「ぇ……」
二時間前?…………二時間前?
いや……、いやいやいや……。おかしいでしょ?何で二時間も前に来てるんだよ……。普通に怖いよ。これはあれなのかな?普段の早めに来てる俺も皆からそう思われてるのかな?俺は道路事情とか電車やバスの乗り継ぎ失敗や遅れがあるかもと思って三十分くらい前には来るんだけど……。もしかして皆から見たら俺も今の茅さんのように感じるんだろうか。
でも流石に二時間前は異常だよね?渋滞情報でも出てたというのなら早めに出るのはわかるけど、今日は別に事故が起こって渋滞してるとか聞いていない。というより俺がここに来るまで別に何もなかった。だからこそ俺は予定通りに三十分前に着いてしまったわけだからな。
「それで……、あの……、茅さん……、その格好は……?」
「どう?似合うかしら?」
「えっ……、ええ……、まぁ……、とてもセクシーですね?」
「そう?うふふっ。ありがとう」
早めに来たのは良いとしよう。二時間も前から待ってるとかかなり怖いけどそれはまぁいい。いいとしてだ。それより今日の茅さんの格好だ。胸元が大胆に開いた真っ赤なドレスを着ている。髪もアップにしていて学園で見る姿とはまったく違う。とてもセクシーな姿だ。
いや……、茅さん……、小学校六年生だよね?何かそれじゃまるで映画祭とかで、ハリウッドスターがレッドカーペットの上を歩いてるみたいな感じなんですけど?
こう……、ちょっと緩い胸元がチラチラ見えて、若い膨らみかけの胸が気になったり……。あるいは上まで切れ込んでるスリットから生足が見えたり……。君、本当に小学校六年生?
ついそちらにチラチラと視線がいってしまう。そしてゴクリと生唾を飲み込んでしまう。小学生相手にそんな風に思うなんて……。違う!俺はロリコンじゃない!ペドでもない!ただちょっとこう……、茅さんが色っぽいだけだ。
「あの……、今日の予定はどうするのでしょうか?」
これからパーティーだとか言われたら困る。俺は普通の格好だ。到底パーティーに出るような格好じゃない。茅さんの格好はどう見てもパーティー用の衣装だろう。もしこれからパーティーに行こうとか言われたら俺はこんな格好で良い恥さらしになってしまう。
「そうね……。まだ早いけど良いわ。早速始めましょう」
「始める?」
何を始めるのか……。行きましょうと言われたらわかるけど始めましょうと言われたら意味がわからない。
「ええ、私と咲耶ちゃんの初めてのデートよ」
「デート……」
デートならそりゃ始めるとも言えるかもしれないな。適切かどうかはともかく言いたいことはわからなくはない。っていうかこれってデートなんだ……。じゃあ皐月ちゃんと行ったのもデートだったのかな?
俺がそんなことを考えているとこちらを遠巻きに見ていた人ごみがサーッと割れていった。シュルルルとレッドカーペットが転がされ敷かれる。その先にはリムジンが停まっていた。
「さぁ……」
「……はい」
茅さんが手を差し出してくる。その手を受けて二人で腕を組むと今敷かれたばかりのレッドカーペットの上を歩く。
「ねぇ、これって何かの撮影?」
「さぁ?」
「あの娘達可愛い……」
「有名人?子役?」
うわぁ……。パシャパシャと野次馬達に撮影されている。そりゃおかしいよな。俺だって変だと思うよ。街中にいきなりレッドカーペットを敷いて、長いリムジンが待つ所へ二人で腕を組んで歩いてるんだ。どう考えても普通じゃない。何かの撮影かと思うのも無理からぬことだ。常識人である俺ならそれくらいはわかる。
「さぁ咲耶ちゃん、行きましょう」
「はい……」
観衆の中をレッドカーペット上を歩いて、促されてリムジンに乗り込む。これって明らかに俺は浮いてるぞ。俺だって仕立ては良い服だけど明らかにこういう場には向いていない普通の服だ。有名ブランドのオーダーメイドだけど茅さんのドレスや、今の演出に合うような格好じゃない。
「それで……、どちらへ向かうのでしょうか?」
「それは私に任せて」
いや、任せられません……。というかもしずっとこんな調子で遊ぶんだったらせめて俺も着替えさせてください。茅さんの格好も、周りの演出も全てこんな状況が続くのに俺だけこんな普通の格好じゃ、むしろ恥をかかされているんじゃないかとすら思える。
でもそんなことを言えるはずもなく茅さんのリードのままに連れ回されることになったのだった。
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茅さんに任せたのは良いけど……、車はいきなり高速道路に乗ってそのまま都心から離れていく。向かっている方面は都心からほど近い別荘地帯方面だ。俺は一体どこへ連れて行かれるのか……。
「あの……、茅さん?」
「何かしら?」
広いリムジンなのに何故か横にぴったりくっついて俺と腕を絡めている茅さんに声をかける。この広い座席でこの距離感はおかしいだろう。
「近すぎませんか?」
「もう!そんなことを言う子はおしおきです!折角のデートなのに!」
「ぅっ!」
そう言って俺は茅さんに抱き寄せられてしまった。まるで俺が茅さんに頭を預けているような格好だ。そのまま頭を撫でられる。
「意地悪を言う子はもう着くまでこのままです」
「いや、あの……」
「いいですね?」
「…………はい」
逆らえない。しかも頭を撫でられてちょっと気持ち良いとか思ってしまっている。小学校六年生に抱き寄せられてその腕に頭を預けているというのに……、何だろうこれは……。
そのまま頭を撫でられたまま暫く走っていると高速を降りたようだ。暫く走ると辺りは別荘が並ぶ閑静な場所だった。
「さぁ咲耶ちゃん、着きましたよ」
「はい……」
茅さんに促されるままにリムジンから降りる。大きな別荘の前だ。もしかして俺はこれから茅さんに別荘に連れ込まれてしまうのだろうか……。こんなところに来て一体何をするつもりなんだ?もしかして俺はもう大人の階段を上っちゃうのか?
「ようこそ咲耶ちゃん、正親町三条家の別荘へ」
やっぱりここは正親町三条家の別荘なのか……。こんな所に連れ込まれてしまったら逃げることも出来ない。しかも明日は学園も休みだ。正親町三条家が正式にうちに連絡すれば今日一晩預かるなんてことも通る可能性は高い。
「ずっと車で体が固まってしまったわね。テニスでもしましょうか?」
「え……?あの……、私はテニスウェアを持ってきておりませんので……。このような格好ではスカートが……」
茅さんは自分の家の別荘だから着替えでも道具でもあるのかもしれない。でも俺は普通にお出かけするだけだと思っていたから何も持ってきていない。普通のスカートでテニスなんてしようものならパンチラしてしまう。
「それがいいんじゃないの。そのために誘ってるんだから」
「え?」
「ぁ……。ゴホンッ!それじゃ少し家の中で休みましょうか?」
茅さんは今何て言った?俺の聞き間違いか?まぁいい。こんな格好でテニスをするくらいなら家で休む方が良いだろう。茅さんに誘われるままに別荘の中へと入る。
「落ち着いた雰囲気の別荘ですね」
「ありがとう。はい。そこにかけていて。私は着替えてくるわね」
「はい」
茅さんに言われるがままに席に着く。もう着替えてくるなら何故あんな動き難そうな格好をしてきたんだろうか……。茅さんの考えていることがわからない。
俺が座って待っているとメイドさんが飲み物を出してくれた。そういえば椛はどうしたんだろう。たぶん俺が乗ってきた車もリムジンの後を追ってついて来てたと思うけど……。前回は邪魔だからと撒いた椛が今回は近くに居て欲しい最後の頼みの綱になっている。
でも椛はここにはいない。正親町三条家の使用人達はいるけどうちの者は一人もいない状況だ。これは完全にアウェーと言わざるを得ない。使用人やメイド達が俺に何かするとは思っていない。だけど逆に何もしてくれないと思う。そう……、俺が茅さんに襲われても……、助けに入ってはくれないだろう。
いや……、そんなことはないと思うよ?メイドさん達が助けてくれないということじゃなくて、茅さんが俺を襲うなんてことはない……、はずだ。
襲うと言っても色々な意味がある。暴力を揮ったり殺したりするつもりのことも襲うという。性的暴行を加えるつもりのことも襲うという。暴行というほどじゃなくて、恋人同士がじゃれ合う時も襲うともいう。
茅さんのはあれだ……。何ていうか……。女性同士でそういうことを致そうとするような、そういう襲われる感じがする。
いやいや……、まさかな……。正親町三条家のお嬢さんだ。そっちの趣味があるなんてことはないだろう。ただちょっとさっきまでは過剰なスキンシップだっただけだ。ただのお友達の女の子同士でも抱き合ったり、頭を撫でたりくらいするだろう?
それも俺と茅さんなら一年生と六年生だ。それくらい年齢差があれば上が下を可愛がるなんてよくあることじゃないか。歳の離れた妹とかを可愛がるようなもんだろう。
「お待たせ咲耶ちゃん」
「いえ……、って、何ですかその格好は!?」
ようやく戻ってきた茅さんの格好を見て驚く。一体どういうつもりなんだ?
「どう?中々様になってるでしょ?まだ早いけどお昼の準備を始めましょう。今日はお庭でバーベキューよ。こう見えても私はそういうの得意なんだから」
そう言って茅さんは力瘤を作るようなポーズをとった。さっきまでは妖艶なドレスだったと思った茅さんは、今度はジーパンにシャツ姿の、いかにも農作業というか、庭弄りというか、アウトドア系の格好をして戻ってきたのだった。




