第019話~製鉄フィーバータイム~
「つかれたー」
「やれやれ、だらしのない……まぁ、今日はよく働いたな」
家に着くなり籐製の長椅子に座り込んだ俺をシルフィが嗜めながらも労ってくれる。うん、シルフィは頑張ったらちゃんと褒めてくれる良いご主人様だな。
「お腹も空いたよ」
「わかったわかった」
シルフィも俺と同じように長椅子に腰掛け、手に持っていた包みを俺に渡してくる。大きな葉っぱの包みだ。意外とずっしりしている包みを開いてみると、中に入っていたのは見慣れた薄焼きパンだった。まだほんのりと温かい。
「パンだな?」
「そのようだな。多分中になにか入っているんじゃないか? 少し重い」
「そう言われれば確かに」
シルフィが早速パンに齧りついたので、俺も同じく齧りついてみる。
「ん、甘酸っぱい?」
「そうだな。これは果物を蜜と一緒に煮詰めたものだな。この風味は森リンゴだろう」
「なるほど、リンゴジャムパンか」
晩飯としてジャムパンというチョイスはどうか? と思わなくもないが、パン自体はずっしりとしているし腹は膨らむ。腹持ちも良いだろう。個人的には肉を食いたいが、エルフの里でも肉は嗜好品の扱いだ。難民達にとってはなかなか手の出ない食材なんだろうな。
「さて、どこから話し合うべきかな」
ジャムパンっぽいものを食い終わり、シルフィの淹れてくれたお茶で一息ついてからそう切り出す。こうやって夕食後に話し合いをするのはこれから先も習慣になりそうだな。
「そうだな。どうだ、あの者達とは上手くやっていけそうか?」
「どうかね。メルティには俺の力の有用性を十分知らしめられただろうし、アイラは……まぁ俺の力への興味が薄れない限りは大丈夫じゃないか。キュービはよくわからんな。一見友好的に思えたが、腹の中で何を考えているのかまったくわからん。ダナンは難しいな。俺がシルフィに誠実な態度でいる限りは大丈夫そうに思える」
「うん、私の見立てと概ね同じのようだな。キュービに関してはあれで素だ。奴の出自は私も詳しくは把握していないが、本人曰くメリナード王国に居た頃は人間とよくつるんでいたらしい。恐らく難民の中でもトップクラスに人間に対する敵意を持っていないと思うぞ」
「ならいいけどな……あと気になったというか改めて考え直したのは、クロスボウを全員に渡して良いかどうかってとこだな。あれは強力な武器だ。俺やシルフィに害意を持った奴が突然トチ狂って撃ってきたりしたら大事だ。信頼できる連中にだけ使わせたほうが良いように思うね」
「それは確かにコースケの言う通りだが……やはり信じられないか?」
「そりゃ一回囲まれて嬲り殺しにされる寸前までいったんだぜ? 向けられる視線も今日は随分と大人しかったように思うが、最初のアレが連中の本音だろう? こればかりは一朝一夕でどうにかなるもんでもない。地道に接して俺という個人が彼らに受け容れられるよう接していくしかないだろうな」
「今日のように道化を演じてか?」
シルフィの言葉に肩を竦めてみせる。確かに、今日は意識的に哀れでコミカルな奴隷って立場を演じてはみたけどな。これもどこまで効果があるものやら。
「暫くは扱き使われて、真面目に働き、あるいは度肝を抜いて俺って存在を示し続けるしかないだろうな。クロスボウの増産を進めておくが、どれだけの数を供与するかはシルフィに一任するよ」
「責任重大だな」
珍しくシルフィが苦笑する。こればかりはなぁ。シルフィはメリナード王国の民を導く立場にあるわけだし、俺のご主人様でもある。押し付けるようで悪いが、それくらいの責任は持ってもらいたいね。
「俺に出来ることは頑張るさ。可能な限り難民達と接して、一人でも味方を作れるようにするよ」
「そうしてくれ。私もできるだけ取り計らう」
☆★☆
話を終えた後、俺は裏庭に出て簡易炉でレンガを焼成するための木炭を大量にクラフト予約した。
同時に、作業台で機械部品と鉄の鏃を大量にクラフト予約しておく。手持ちの鉄インゴットを結構消費することになるが、クロスボウとクロスボウボルトの中間素材は早めに大量生産しておいたほうが良い。クラフト予約しておけば寝ている間にガンガン作っておいてくれるしな。簡易炉を使う場合は火事にだけは気をつけないといけないけど。
「それにしても、つくづく便利な能力だな。事前に命令を出しておけば勝手に働いてくれるなんて」
「たしかになぁ。まぁ、便利なのは大歓迎だけど……あ」
ふと簡易炉に視線を向けて思い出した。
・簡易炉アップグレード――:動物の皮革×5 レンガ×50 砥石×3 機械部品×10
「そうだ、簡易炉のアップグレードができそうなんだった。シルフィ、ちょっと資材を使うがアップグレードを試していいか?」
「あっぷぐれーどとは何だ?」
「んー、より上位の施設に更新するってことだな。多分だが、一つの一つのアイテムを作るのに必要な作業時間が短くなったり、一度に大量に作れるようになったり、今まで作れなかったものが作れるようになったりすると思う」
「ほう、やってみろ」
「おう」
大量に入れていた燃料のクラフト予約を一旦キャンセルし、レンガブロックをいくつかインベントリ内で解体してレンガを確保する。機械部品は作業台で今まさに作っているところだし、砥石はインベントリ内にある。すぐにでもアップグレードが可能だ。
「よし、やるぞ」
資材を揃えてアップグレードを実行すると、簡易炉がまばゆい光を放った。
「うおっ!? 眩しっ!?」
「なんだ!?」
光が収まると、粗末な簡易炉はなかなか立派な鍛冶施設にアップグレードされていた。金属を精錬する炉は二回りは大きくなり、それとは別に金属を熱して加工するための炉が用意されている。金床も一回り大きくなっており、その他にも板金を加工するための頑丈そうな台や足踏み式グラインダーまで併設されていた。
「随分と立派になったな」
「俺も驚きだ。どんな機能を持ってるんだろう」
調べてみると、簡易炉で作れるものは当然ながら全て作れるようだ。鋼鉄の板バネも作れるようになっていた。クラフト時間が長いけど。他にも大型の刃物や鎧なども作れるようになっているようである。
「ほう、大型の刃物や鎧というのは?」
「簡易炉だと小型の刃物や斧、ナイフくらいまでしか作れなかったが、様々な刀剣類や槍、革製、金属製の鎧兜なんかも作れるようだな。いくつか作ってみるか?」
「いや、鉄は貴重だ。作るなら使うかどうかわからないものではなく、ちゃんと使うものにしたほうが良い。ダナンは柄の長い斧を得意武器としていたんだが、作れるか?」
「戦闘用の斧か」
表示されている武器の一覧にそれっぽいものは……ハルバードくらいか。バトルアックスなんてのもあるけど、ちょっとイメージと違うな。あの巨体に合うのはバルディッシュみたいなやつだと思う。
バルディッシュというのは斬撃に特化しながら、突くことも可能な大型の斧だ。三日月斧とか半月斧なんて言ったほうがわかりやすいだろうか? 一説には威力が高すぎて人体を両断するとか。
と、そんなことを考えていたら製造可能一覧にバルディッシュが追加された。
「えっ」
「どうした?」
「いや、一覧にない武器のことを考えていたら製造可能な武器一覧に表示された」
「……自分で作れるものを増やしたというわけか?」
「そう、みたいだね?」
「そんなことまでできるのか……」
「できてしまうようだ。不思議だね」
この能力の意味のわからなさは今更でもある。もしかしてまた何かアチーブメントを獲得して機能が追加されたんだろうか? 後で調べてみよう。
とにかく、折角追加されたのでバルディッシュをクラフトしてみる。
他にはなにか新機能は……修復? 鍛冶施設のメニューに修復という項目がある。なんだろうと思って選択してみると、修復可能な装備一覧が表示された。
・【錆びた剣】→【鉄の剣】
・【錆びた槍】→【鉄の槍】
・【錆びた短剣】→【鉄の短剣】
・【錆びた手斧】→【鉄の手斧】
・【錆びた盾】→【鉄の盾】
・【錆びた鎧】→【鉄の鎧】
・【錆びた足甲】→【鉄の足甲】
・【錆びた篭手】→【鉄の篭手】
・【呪われた錆びた剣】→【呪われた鉄の剣】※呪われます!
・【呪われた錆びた槍】→【呪われた鉄の槍】※呪われます!
・【呪われた錆びた兜】→【呪われた鉄の兜】※呪われます!
・【呪われた錆びた鎧】→【呪われた鉄の鎧】※呪われます!
朽ちて錆びた武器をまともに使える状態にできるのかぁ、へー、すごいなぁ!
「凄いなじゃないよ! 呪われますってなんだよ!?」
「ど、どうした突然」
突然叫んだ俺にびっくりしたのか、シルフィが及び腰になっている。正直すまなかった。
「いや、シルフィの戦利品倉庫にあった錆びた武器とか鎧があっただろう? どうやらこの鍛冶施設を使えばまともな状態に修復できるっぽいんだが……呪われた武器を修復したら呪わますって警告がな」
「ああ……まぁ触らぬ神になんとやらというし、やめておけ。碌なことにならんぞ」
「そうする。呪われてないのは修復してみるわ」
修復にかかるコストは燃料と少量の鉄であるようなので、バルディッシュに続いて修復の予約を入れておく。呪われたの? 触らないから。絶対に触らないからな。
「クロスボウを供与しないとなると、代わりの武器が要るよな。槍でも作るか?」
「その時はな。しかし、色々作るとなると鉄もまた採取に行かなければならないのではないか?」
「確かに」
つるはしも作ったし、昨日よりは採取も捗ると思うけどね。あの冷たい川にまた入るのかー、テンションが下がるな。でも動物の皮とかも使い切ったし、シルフィに狩ってもらいたかったりもするんだよな。
「実は動物の皮が底をついたんだよな」
「では、狩りもしなければならんな。皮はすぐにいるのか?」
「いや、急ぎはしないな」
すぐに使うものではないし。防具を作るなら要るけど。ああ、でも作業台のアップグレードには使うんだよなぁ。革紐が要るんだった。革紐、シルフィ持ってないかな?
「革紐ってあるか? あったら二本欲しいんだが」
「革紐ならあるぞ」
「それならくれると嬉しい。作業台のアップグレードに使うんだ」
「ふむ、良いだろう」
シルフィが家の中に戻っていくのを見送りながら再度鍛冶施設に木炭のクラフト予約を入れておく。よく見るとガラスも作れるようになっているな。ガラスか……化学系の処理をするならガラス容器は必須だよな。材料は砂か。川で採って砂鉄と分離した砂が使えるみたいだな。結構な量がある。ガラスも作っておくか。
「持ってきたぞ」
「ありがとう、助かるよ」
作業小屋に入って再度作業台のアップグレードを確認する。
・作業台アップグレード――:機械部品×10 鋼の板バネ×5 革紐×2
機械部品と革紐は問題ないな。鋼の板バネだけ作れば問題無さそうだ。確認して裏庭に戻り、鍛冶施設の進捗を確認しておく。お、バルディッシュができてる。今は錆びた武器の修復中みたいだな。鋼の板バネのクラフト予約も入れておこう。
「ダナンの武器ができたぞ」
「ほう、見せてくれ」
シルフィに言われるままに完成したバルディッシュをインベントリから取り出す。うおっ、結構ズシッとくるな。
「変わった形だが、切れ味は良さそうだな」
「バルディッシュっていう武器だ。刃の重さと鋭さで叩き切るような使い方をする。人体を真っ二つにしたとかいう話が残ってたが、実際はどうかしらん」
「この重さだ。刃も鋭そうだし、ダナンのような使い手が振るえば事実そうなるかもしれんな」
そう言いながらシルフィは少し広い場所でバルディッシュをブンブンと振り回している。なんか使いこなしてない? シルフィも使えるんじゃないかな、それ。
「私には少し重いな。短時間なら良いが、これを長時間振り回すのは私の体力では無理だ」
「なるほど。シルフィにはなんとなくシミターとかが似合いそうだな」
「ほう? どのような武器だ?」
「所謂曲刀とか湾刀とかって呼ばれる剣でな。こんな感じの反った刃を持ってるんだ。斬撃に向いている剣だな」
インベントリから出した木の棒で地面にシミターの絵を雑に描いてみる。うん、形は十分に伝わるな。
「ふーむ、優美な雰囲気の剣だが話を聞く限りギズマや鉄の鎧を身に纏った兵士には使いづらそうだな」
「あー、そうかもな。そういう手合いには切断力よりも貫通力とか打撃力を重視した武器のほうが良さそうだし。もしシミターでそういうのを倒すなら、関節や首元なんかの鎧の薄いところとか隙間を狙わないといけないな」
「ふむ。だが、折角コースケが選んでくれた武器だ。是非試してみたいからいつか作ってくれ」
「勿論だ」
こんな感じでこの日は鍛冶施設の製造状況を見ながら夜が更けるまでシルフィと刀剣談義をして過ごした。その結果わかったことは、シルフィの好みは長物よりもナイフやマシェット、長くてもショートソードくらいの短めの刀剣であるということだ。そのうちククリでも作ってやろう。絶対気に入るぞ。
くっ、仕事の打ち合わせが入ると執筆時間が……!_(:3」∠)_




