第130話~シルフィと散策~
家に帰って夕食を取り、ゆっくりイチャイチャと過ごした翌日。
目を覚ますと、すぐ隣でシルフィが俺の顔をじっと見ていた。口元には微笑みが浮かべて、とても優しい目で。幸せそうな顔というのはこういうのを指して言うんだろう。
「おはよう、シルフィ」
「おはよう、コースケ。コースケの寝顔は可愛いな。いくらでも見ていられるよ」
「お恥ずかしい限りです。でも、シルフィが隣りにいるから気を抜いていられるんだと思うよ」
寝顔ばかりはどうしようもないからね。でも、流石に油断ならない状況では間抜けな寝顔を晒すことはないだろう。シルフィに『可愛い』と言われるような寝顔を晒すことができるのは、それこそシルフィが隣にいるからだと思う。
「さぁ、起きようか。今日は共同倉庫に納品をしてしまおう。そうしたら後は自由時間だ」
「昼か夕方にグランデが来るから、昼食と夕食は里で食わないとだな」
「そうだな……ふむ。共同倉庫に納品を終えたら、村の回りの森でも散歩しようか」
「そうだな、たまには森林浴も悪くない」
つってもこの辺りの森は割と危険だからなー。オオカミとトカゲを足して二で割ったようなリザーフとか普通にいるし。あいつ怖いんだよ。装備はしっかり整えていこう。
二人揃って裏庭で水浴びをして昨夜の残滓を洗い流し、朝食にする。別に急ぐこともないので二人並んでキッチンに立ってお料理タイムだ。
「簡単にクラフトでも作れるけど?」
「たまには普通に作るのも悪くないぞ」
「それもそうか。時間もたっぷりあるしな」
今日のメニューは薄焼きパンと肉と野菜の花蜜炒め、それにインベントリから出した牛乳だ。この牛乳の出どころは勿論普通の牛さんである。決して牛系獣人の御婦人のものではないので勘違いをしてはいけない。
「んー、この甘辛い感じがパンに合うなぁ」
「この味付けはスパイスがキモなんだ。コースケの能力は便利だが、たまにはこういうのもいいだろう?」
「そうだな。クラフトで作る料理は便利だし早いし美味いけど、シルフィの手料理はあったかい感じがするなぁ……好きだ」
「そうか」
シルフィがニマニマと笑みを浮かべながら俺の食べる様子を見つめている。そんなに見られるとちょっと食べづらいけど、シルフィが喜ぶなら良いか。
☆★☆
「やぁ、ちょっと久しぶりだね」
朝食を終えて身支度を整え、共同倉庫に向かうと倉庫番のエルフが俺達に声をかけてきた。前にも倉庫番をしてたエルフだな。たまたま同じなのか、それとも倉庫番を生業にしているのか……後者かもしれないな。
「ああ、久々だ。長老衆から話が来ているかも知れないが、今回は私達個人の納品ではなく、解放軍からエルフの里への謝礼の品ということになる」
「わかったよ、しっかりと記録しておく。では、こちらへお願いするよ」
倉庫番エルフの指し示した大きめの台にまずは宝石の原石が入った袋をどんどん置いていく。精霊石の原材料となる宝石の原石はエルフにとっては戦略物資に等しい存在だ。
宝石を加工して作られた精霊石は精霊魔法を使う際に出力を向上させるアンプのような機能を果たし、精霊石の力を暴走させて放つ崩壊事象は地形を塗り替えるほどの破壊力を発揮する。当然精霊石を使い捨てることにはなるが、数で補ってしまえば少数で大軍を撃破することすら可能であるらしい。
「これはこれは……全部宝石の原石かい? 向こう数百年は精霊石の心配はいらなくなりそうだね」
「集計は大変だろうが、任せる。まだ他にもあるんだ」
「まだあるのかい? アレッター、すまないが手を貸してくれ!」
「はーい。あ、久しぶりだね」
いつぞやの服を選んでくれた女性のエルフも共同倉庫の奥から姿を現した。そして納品台の上から宝石の入った袋を共同倉庫の奥に運び込んでゆく。
「他には何を納品するんだい?」
「金属類や鉱石だな。コースケ」
「ああ」
精錬済みの鉄や鋼、銅や銀、それに魔鉄や魔鋼、ミスリルのインゴットを台の上に載せていく。
「これはたまげたなぁ……これならミルズさんのところは暫く採掘に出なくて良さそうだね」
「未精錬の鉱石もあるんだが」
「いや、品質も良いし精錬済みの金属のほうが有り難いかな? 置くスペースも困るしね」
シルフィに視線を向けると頷いたので、未精錬の金属鉱石はインベントリに入れたままにしておく。後でシルフィの家の裏庭ででも精錬しておこうかね。材料と燃料をセットしてクラフト予約を入れたら放置しとくだけで良いから楽ちんだよな。
「とりあえずはこんなところだ。後々はオミット大荒野の砦を通じて交易も再開されると思う」
「本当かい? それは嬉しいなぁ。里では手に入りにくい品がまた扱えるようになるのは助かるよ」
「要望されている品をまとめておいてくれればこちらとしても助かるな」
「わかった、まとめて書き出しておくよ」
倉庫番のエルフが笑顔で頷く。これで解放軍としての仕事はほぼ終わりだな。後は村でのんびりしながら解放軍として支援できそうなことがないか視察するって感じだ。エルフの里は元々この里の中だけで自給自足できているし、防衛などの戦力面でも不足していないはずだからあまり解放軍が役に立てるようなことはなさそうだけど。
俺達は倉庫番の男性エルフに別れを告げて里の出入り口へと足を向ける。
「さて、ただ散歩をするのも芸がないな。何か探すか?」
「そうだなぁ。適当に間伐しながら森の恵みでも探して、獲物がいたら獲るくらいの心構えで良いんじゃないか? のんびり歩くのも悪くないと思うぞ」
「そうか? そうだな、そうするか」
「そうしよう」
シルフィはともかく、俺はそんなにガッチリとした探索装備というわけではない。エルフ風の民族衣装を着ているだけで、革鎧も装備していないし兜だって被ってないからな。ショートカットには各種武器や採集道具を登録してあるけどね。
シルフィはというと、彼女はいつもどおりの格好である。黒革のライダースーツのような全身を覆うレザースーツに、左腰にはペイルムーン。腰の後ろにはククリナイフを二本交差させて装備しているし、右腰にはリボルバーまで下げている。腰回りの物々しさが凄いぜ。
「なんだ、人の腰をジロジロと見て」
「いや、俺の作ったものを肌身離さず持ってくれているのは嬉しいなと」
「ふふん、当たり前だろう? コースケが私のために作ってくれたもので、私の命を預けるに足るものなんだからな。家の外に出る時は必ず身につけるようにしているよ」
「そう言われると作った俺も嬉しいね。ククリもミスリルで作り直そうか?」
「いいや、それはいい。ミスリルの武器は素晴らしいものだが、鋼の武器には鋼の武器の良さというものがあるからな」
「そういうものか」
「そういうものだ。場合によっては投擲することもある武器だぞ? ミスリルなんかで作られてしまったら気軽に投擲できないだろう?」
「その時はまた作ってやるけど、そう言われるとそうだな」
ミスリル製の武器というのは大変高価なものだ。俺はいくらでも作れるから別にシルフィが投げて失くしちゃったとしても気にしないが、投げる方にしてみればそうもいかないか。どこかに飛んでいったミスリルのククリナイフを偶然拾った人もびっくりするだろうしな。
そういうわけで二人でのんびりと森の中を散策しながら間伐をしたり、木の実や野いちごなんかを採ったりしてゆっくりと過ごした。
なお、特に大型の動物や魔物などに出会うことはなかった。やはりエルフの里の近くにそういったものが寄り付くことはあまりないようだ。鳥とかリスっぽい小動物は見かけたけどね。
☆★☆
家に戻って昼食を取ったらイチャイチャタイムに移行した。
いや、別にイチャイチャって言っても健全な内容ですよ? 籐製の長椅子に並んで座っておしゃべりしたり、俺がシルフィに膝枕をしてもらったり、逆に俺がシルフィの長い髪の毛を櫛で梳いたりとかね。最近はこうやって穏やかに情愛を育むような時間も取れなかったからね。いくら俺とシルフィが愛し合う仲とはいっても毎度毎度ペロペロチュッチュとするばかりでは芸がないというものだ。
それに、昼にグランデが来なかったということは夕方に来る可能性が高いというわけだからな。グランデと会うというのに直前までそういうことをしているというのはなんとなく気まずいだろう。
「こうしてゆっくりと過ごすのも良いものだな……こんなに穏やかな気持ちはいつぶりだろう」
「シルフィは普段から気を張りすぎなんだよ。年齢を考えればもっと周りに甘えても良いんじゃないか?」
「私より年下のコースケにそう言われるのはなんだか複雑だな」
「たしかに俺のほうが年齢的には年下だけど、エルフの寿命から考えるとシルフィはまだまだ子供じゃないか。俺は人間としては十分に成人した大人だからな」
「ふふ、そうだな。じゃあコースケと二人きりの時にはたくさん甘えるとしよう。さしあたっては膝枕でもしてもらおうかな?」
「勿論ですとも」
俺が長椅子の端に寄って膝を叩くと、シルフィが嬉しそうな顔をしてこてんと俺の膝に頭を載せてくる。その頭を撫ででやると、シルフィは猫のように目を細めて気持ちよさそうな顔をした。ふふふ、愛いやつめ。でも、シルフィはどちらかというと猫というよりはキリッとした大型犬みたいなイメージだよな。気を抜くとちょっとおっちょこちょいなところとかハスキーっぽい。
「シルフィの髪の毛は綺麗だなー。キラキラだしサラサラで触ってるだけで気持ち良い」
「そうか? そう言ってくれると嬉し――」
『GYAOOOOOOOOOO!!(うちの娘を誑かした野郎はどこだオラァーーーー!!)』
なんか物凄い咆哮と副音声が聞こえてきた。
『GYAAAAAA!?(父上やめるのじゃーーーー!?)』
続いて聞き慣れた鳴き声と副音声も聞こえてきた。
『GURRRRRRRRRRRRR!(お母さんもその人のことは是非見定めたいわー)』
『GYAAAAA!(美味しいものがあると聞いて)』
『GRRAAAAAAAAAAA!!!(酒! 酒が飲みたい!)』
続いて更に沢山の咆哮と副音声が響いてくる。
「コースケ?」
「お客さんみたいだ」
俺は天井を仰いで大きく溜息を吐いた。何匹来てるんだよ、一体。




