第121話~+9~
「これっ、これっ! あのドラゴンの生き血ですか!? 生き血ですよね!?」
「これっ、これはアレだよな!? あのドラゴンの鱗の破片だよな!?」
グランデから分けてもらった血と鱗の欠片を研究開発部に持って帰ったら薬師さんと鍛冶師さんのテンションがヤバかった。昨日のミスリル&魔煌石ショックは薬師と鍛冶師には関係なかったからね……いや、ミスリルは鍛冶師さんにも響いてたけど。
「コースケが帰ってきてから研究開発部は大忙し」
「やることがあるのは良いことじゃないか……生き血一本は薬師で研究用に使ってくれ。破片も好きにしてくれていいぞ」
「「「イィィヤッホォーウ!」」」
薬師二名と鍛冶師三名が小躍りしながらテーブルの上の素材を掻っ攫っていく。薬師さん大丈夫? ほうとうイエーみたいな感じで転けて生き血零したりしない? 補填はしないよ?
「もう一本は錬金術師と魔道士で使ってくれ。というか、この生き血でメルティの角を治す薬を作って欲しいんだよね」
「うん、そうだと思っていた」
俺の言葉にアイラはわかっていたとでも言うように即座に頷いた。
「最初からこれを狙っていた? コースケ、竜の血が再生薬の材料になることをどうして知っていたの?」
「いや、仲良くなったのは自然の流れ。ドラゴンの血が強力な回復効果を持つ薬になるんじゃないかと思ったのは……まぁ、俺の元いた世界の架空のお話ではそういう強い薬の材料になるって描写が多かったからだな」
「不思議。コースケの世界にはドラゴンはいないはず」
アイラには寝物語として元の世界の話を結構聞かせている。向こうの科学技術で作られた色々な道具の話や、向こうの世界の神話、昔話、この世界の動植物や生き物との類似点、空想や幻想にしか存在しない生き物達の話。
ドラゴンの話はアイラと俺が関係を持って割とすぐの頃に話した覚えがある。
「不思議だよな。意外と俺の世界とこの世界は薄皮一枚を隔てた向こう側なのかもしれない」
たまに俺のように何かの拍子にあちらからこちらへ、こちらからあちらへ紛れ込んでしまう生き物がいるのかもしれないな。それが元になって世界各地の不思議な伝承や神話が作られたのかも。
「とにかく、再生薬の件は任せて。ドラゴンの新鮮な生き血があるなら作ることは不可能じゃない。幸い、必要な素材はすべて揃っている」
実にご都合主義な展開だが、よくよく聞いてみれば自然な理由だった。元々交通の要衝であるアーリヒブルグは即ち南部における交易の一大拠点でもあるのだ。当然、南部の各地から色々なものがこのアーリヒブルグに集中する。つまり、資金さえあれば割と何でも揃う環境なのだ。
そして、解放軍は新技術の研究開発にかなり力を入れている。そこには俺という存在の影響が大きいんだろうな。俺が持ち込んだクロスボウや爆弾、ボルトアクションライフル、それに俺とこの世界の技術者が協力して作り上げたゴーレム通信機に、ゴーレム式のバリスタ。数の少ない解放軍の武力を支えているのはそういった新技術だ。
それがわかっているだけに、シルフィもメルティも研究開発事業に潤沢な資金を回しているのだろう。幸い、資金に関しては俺が採掘したミスリルや宝石類に加え、異常な速度で収穫することができる畑から生産され続ける作物がある。俺が普通の地面を単に耕しただけの畑でも二週間で作物が収穫できるのだ。一ヶ月に二回である。そりゃ資金も潤沢だろう。
「もう一本はどうするの?」
「俺の研究用。俺も何か作れるかもしれないし」
そう言って俺は調合台を取り出し、レシピを確認する。
・蒸留水ー――素材:飲料水×2
・スモールライフポーション――素材:薬草類×1 飲料水×1
・ライフポーション――素材:薬草類×3 蒸留水×1
・ハイライフポーション――素材:薬草類×5 蒸留水×1 アルコール×1
・マジックポーション――素材:薬草類×3 蒸留水×1 アルコール×1 魔力結晶類×1
・ポイズンポーション――素材:毒草類×1 蒸留水×1
・ハイポイズンポーション――素材:毒草類×3 蒸留水×1 アルコール×1
・キュアポイズンポーション――素材:薬草類×1 毒草類×1 アルコール×1
・キュアディジーズポーション――素材:薬草類×5 毒草類×2 蒸留水×1 アルコール×2
・リジェネレートポーション――素材:ハイライフポーション×3 キュアディジーズポーション×1 竜の血×1
・アルコール――素材:酒×1
・硝石――素材:厩肥類×1 灰×1
・火薬――素材:硝石×1 硫黄×1 木炭×1
・火薬――素材:硝石×1 アルコール×1 繊維×1
「あ、なんか俺も再生薬っぽいの作れそう」
「……うん」
アイラがわかってた、とでも言いたげな瞳を俺に向けてくる。そんな目で見られてもですね……?
これは竜の血があるから登録されたのか、それとも竜の血から『そういうのが作れないかなー?』と考えた時にアイテムクリエイションされたのかわからんな。ともあれ作ってみるか。
「はい、クラフト開始ー。えーと、二十四分? 結構長いな」
「再生薬、作るのに徹夜で三日かかる」
「……」
「三日かかる」
「そんな顔で言われても!」
アイラがどろりと濁った瞳で俺を見上げてくる。クラフト時間についてはもう仕方ないじゃないか。俺が決めたことじゃないし!
「でもほら、出来上がってくるのが俺の望むものかどうかは……いや俺の望むものの可能性が高いけど。でもアイラ達の知っている再生薬とか別物かもしれないじゃないか」
もしこのリジェネレートポーションがアイテムクリエイションで出現したレシピだというのなら俺の願望を忠実に汲んでいる可能性が非常に高い。それは実際に及ぼす効果として、この世界で一般的に知られている再生薬とは別物である可能性がある。
「とにかく、一本だけでなく作れるだけ作って。実験しなきゃ怖くて使えない」
「はい」
大量生産者スキルの影響で十個作ると一個分コストが浮くから、一度クラフトをキャンセルして材料となるハイライフポーションの数を揃えてから再度クラフトを開始する。こうすることによって九個分のコストで十個のアイテムが作れるわけだ。クラフト時間も十倍だけど。
「これで四時間後に十個できるな」
「ん、実験動物を集めておく」
「実験動物……」
実験、実験か……再生薬の実験ってことは、実験動物の四肢とかを切り落として再生するんだよな……いや、動物実験は重要だよな。うん。でもできればその場には居合わせたくないな!
爆発物や銃、クロスボウでいいだけ聖王国軍をぶっ殺しておいて今更なんだと思わないでもないが、できれば見たくはない。それが人情というものではなかろうか。
「いきなり人に飲ませる訳にはいかない」
「うん、わかってる。絶対に必要なことだよな」
アイラが頷く。そうだよな。この辺りのことについてはまだ黒き森にいた頃にアイラに耳にタコができるほどよく言われたことだ。俺だってもちろん覚えている。
「ドラゴンの血はこれで良いとして……次は魔煌石だな」
昨日のうちに大量生産……とまでは言わないが、ある程度量産しておいた魔煌石をインベントリから取り出してテーブルの上に並べる。その数、二十三個。これを全部使って破壊兵器を作ったら聖王国を滅ぼせるんじゃないだろうか? いや、そんなことはしないしさせないけれども。
切り札として開発を進めるか……? いや、ダメだな。俺の能力は破壊する方向でなく、創造する方向にウェイトを置いて使っていくべきだ。破壊と殺戮の果てにハッピーエンドが訪れる展開なんてあまり想像できない。
強い力だからこそ、発展と繁栄に使うべきだな。
「コースケは何をするの?」
「魔煌石を付与作業台で使ってみようかと」
「……何に?」
「さしあたってミスリルのツルハシかな?」
俺が使うもので使用頻度の高いものといえばツルハシ、シャベル、伐採斧、クワである。武器はそれに比べると使用頻度は相当落ちる。ぶっちゃけ、俺が自身で戦うことなんてそうそうない。この前のメルティとの旅では戦ったけども。
「なんでツルハシ……?」
「いやぁ、戦闘力の低い俺が魔法の武器を持っても仕方ないだろ?」
「コースケ、ワイバーンをばったばったと何匹も討伐する人を戦闘力が低いと言うのは無理がある」
「いや、強いのは俺じゃなくて武器だし」
あんなもんアサルトライフルを構えて撃てるなら誰だって撃退できるさ。でもまぁ、ある程度冷静さを保ってコマンドアクションによるミスのない完璧な攻撃モーションを行えるのは強いと言えば強いのかもしれないな。
「とはいえだな? 俺が先陣をきって戦いの場に出ることなんてまずないだろう? そんな俺が高度な付与をされた強力な魔法の武器なんて持っていても仕方がないじゃないか。それなら日常的に使う採取道具に有用な付与をした方が百倍マシだろう」
どうせそんな武器を作ってもインベントリの肥やしになるのが関の山だ。作るにしても、完全に趣味的な品になるだろう。まぁ、採取作業だって安全というわけではない。使い勝手の良い武器に付与をしておくのは無駄ではないと思う。
あ、でも銃に弾数無限のエンチャントがつかないかは実験してみたいな。アサルトライフルとかライトマシンガンあたりに弾数無限がついたら最強……いや、銃身が加熱してすぐにダメになるか。でもやってみる価値はあるよな。付与される効果が弾数無限でなくとも例えば自動修復とか耐久強化とかでも有用なわけだし。
「うん……でも、ツルハシに魔煌石……」
アイラは俺の言葉に理屈では納得したようだが感情的には納得出来ないらしい。それはなんとなくわからないでもないが、スルーしてくれ。
「というわけで、さぁやってみよう」
付与作業台のエンチャント欄にミスリル製のツルハシと魔煌石をセットし、エンチャントを開始する。作業時間は変わらず三分。これはスキルに影響されず一定なのだろうか?
そんなことを感じながらまんじりと待つこと三分。アイラも横で俺の動静を見守る中、ミスリルのツルハシのエンチャントが完了した。
「できたぞ」
付与作業台から付与の完了したミスリルのツルハシを取り出す。
「なんだか凄い魔力が……」
「ええと、なになに?」
・ミスリルのツルハシ+9(自動修復、効率強化Ⅲ、幸運Ⅲ)
「どうなったの?」
「+9だってさ。自動修復、効率強化Ⅲ、それに幸運Ⅲってなってるな」
エンチャントされる効果というものはランダムなのだが、ある程度素材となるアイテムの用途に即したものが付くということは実験の結果わかっている。例えば、剣だと斬撃強化がつく可能性が高く、次に刺突強化が付く可能性が高い。稀に打撃強化が付くことがある。それに対して槍は刺突強化が付くことが多く、次に打撃強化。斬撃強化が付くことはあまりないといった具合だ。
ただ、今回実験に使った槍に関しては一般的な短槍ばかりだったので、数を揃えて組織的に運用する長槍の場合は刺突よりも打撃強化が優先して付く可能性も高い。ザミル女史の流星みたいな斬撃も重視している槍だったら斬撃強化が付きそうな気がするし、斬ることよりも打撃力を重視した造りの剣なら打撃強化が付きやすくなるかもしれない。
この辺りはもっと色々やってみないとわからんね。
「幸運はどういう効果?」
「わからん。採掘量が上がるか、レアな素材の採掘率が高くなるかのどっちかじゃないかね」
自動修復と効率強化ってのはなんとなくわかるけどな。幸運はマジでわからんね。
「シャベルと斧もやってみるか」
「ん、思う通りにやってみるといい」
アイラの許可ももらったので、早速俺の手持ちの採集道具を付与作業台に突っ込んでエンチャント予約を入れていく。さぁ、どうなるかね?
残念ながらツルハシに範囲強化はつかなかった_(:3」∠)_




