第102話~聖女を唆す~
今年もよろしくおねがいします!_(:3」∠)_(今日はギリギリセーフ
「神の意図について考えてみたんだ。俺なりに」
「貴方なりにですか」
「俺なりにだ。聖職者からすれば只人が神の意図を推し量るなど笑止千万、身の程を知れって感じだろうが、まぁ聞いてくれ」
「聞きましょう」
ミルクの入ったコップを持ったまま、エレンが紅玉の瞳をジッと俺に向けてくる。
「まず俺がこの世界に降り立った……というか、放り出されたのは黒き森とオミット大荒野の境だった」
「随分な僻地ですね。というか、よく生きていましたね」
「何かの気まぐれで森じゃなく荒野の方に行ってたら死んでただろうな。で、俺は水や食料を求めて森に入り、色々あってとあるエルフの保護下に入った」
「保護下?」
「率直に言うと彼女の奴隷になったってことさ。少なくとも、立場上は」
最初はお互いに色々と打算があって始まった関係だったな。今思うと懐かしいな。
「それはご愁傷様です」
「それほど悪くはなかったさ。当時、森のエルフやメリナード王国からの避難民は人間に対してとても……敵対的でな。彼女の保護下に入っていなければ、俺は早晩彼らに殺されていただろうから」
「……そうですか」
何か思うところがあるのか、エレンは目を伏せて俯いた。人間対亜人という種族間対立を煽っているのは明らかにアドル教だからな。聖女としては思うところもあるんだろう。
「当時はまだ自分の能力を全く把握していなくてね。ご主人様と協力して俺の能力を色々と確かめたもんだ……話を戻そう。森で過ごすうちに色々あってエルフの古老から話を聞く機会があった」
「話ですか」
「ああ。エルフに危機が迫ると、精霊界から稀人が現れて森のエルフを救うっていう言い伝えがあるんだとさ。稀人は森の境に現れるんだと、そう言っていたよ」
「森の境……貴方の状況と符合していますね」
俺はエレンの言葉に頷き、話を続ける。
「ああ。その話を聞いた俺もそう思った。でもまぁ、俺はその神とやらに直接何をしろと言われたわけではなかったからな。元の世界じゃ神なんて存在は信じてなかったし」
「不信心なのはいけませんよ。神はいつでも私達を見守っています」
むむっ、と眉根を寄せてエレンが軽く睨んでくる。うん、叱ってるんだろうけどどうにも可愛らしくて叱られている気がしない。
「この世界じゃ本当にそうなのかもな。だから、俺がこの世界に送り込まれてきたのかもしれない」
「……それはどういうことですか?」
「俺はエレンに出会って、エレンの話を聞いて考えたんだよ。俺とエレンが出会うのが運命、つまり神の意図なのだとしたら、その目的は何なんだろうってな。俺は解放軍の人間だ。今更聖王国に寝返ることなんてできない」
「そう、ですか」
「ああ、絶対にだ」
俺の宣言にエレンは表情を暗くして俯いてしまった。事実上の敵対宣言だものな。
「だが、神はそんな俺に寄り添って生きろとエレンに言ったわけだ。それはつまり、エレンに今の聖王国を、今のアドル教を裏切れと、そう言っている。そういうことなんだろう」
「そんな、こと……神がそんなことを私に命じるはずは」
エレンの元から白い肌から血の気が引く。敬虔な神の信徒からすれば、俺の発言は到底容認できない内容であることだろう。
「うん、俺もそう思う」
あっさりとエレンの発言を認めた俺にエレンは目をパチクリとさせて呆けたような表情を見せた。無表情の仮面もポロリと剥がれ落ちてしまったようだ。
「だから、発想を逆転させてみた。神を裏切っているのは今の聖王国とアドル教なんじゃないかってな。なぁ、エレン。エレンの目から見て、今の聖王国上層部やアドル教の上層部っていうのは神の意に即した連中に見えるか?」
「それは……」
「金や権威に溺れて、神意を自分勝手に解釈し、都合の良いように使ってはいないか? より直接的に言うなら、腐敗しているんじゃないのか? このメリネスブルグを支配していた司教のように」
「……」
エレンは再び俯き、沈黙した。彼女自身も聖王や枢機卿を口汚く罵っていたのだから、きっと俺の言っていることはあながち間違いでもないのだろう。
「俺は解放軍と一緒にメリナード王国を取り戻し、聖王国を打倒する。沢山の人を、聖王国の民を殺すことになる。その覚悟はしたつもりだし、この手は既にその血に塗れている」
エレンに手のひらを見せるように手を差し出し、じっと目を凝らす。大量の爆発ブロックを使って数千人の聖王国兵を殺害した手だ。実感なんてありはしないが、それは紛れもない事実だ。
「でも、エレンが協力してくれるなら流れる血の量は減らせるかも知れない」
「……どういうことですか?」
「エレン……いや聖女エレオノーラ。神の使徒である俺と共に解放軍に来てくれ。そして君が新たな宗教を、教派を作るんだ」
「な……」
俺の言葉にエレンは目を大きく見開いて絶句した。手にしていたミルク入りの木製コップがエレンの手からこぼれ落ち、床に跳ねて湿った音が聞こえてくる。
「教義の内容は、そうだな……皆で助け合って、仲良くしましょうとかで良いんじゃないかな。差別はなし、聖職者は真摯に祈り、皆の相談を受けるけど政治には関わらない、とかね。まぁ、その辺りは皆で話し合っても良いだろう」
「ちょっと待ってください。そんな事ができるとでも」
「できるできないじゃなくて、やるんだ。俺と、エレンと、みんなで。このまま行けば解放軍と聖王国の全面対決は避けられない。でも、俺とエレンが協力してアドル教を切り崩すことができれば、流れる血の量は多少なりとも減らせるはずだ」
狼狽えるエレンの目をじっと見つめる。俺に見つめられて動揺したのか、エレンの紅玉の瞳が揺れた。
「なに、神の使徒らしいことはそれなりにできるんだ。これでもな。そこは信頼してもらっても良いよ。だから、やろう。俺と一緒に」
何もないところから食い物や薬を取り出したりとか、何の変哲もない包帯と添え木で酷い骨折や捻挫、曲がって癒合した骨とかを治したりとかな。一夜で強固な防壁を作ったり、たった三日で作物を実らせることだってできる。神の使徒や救世主として祭り上げられるに足るだけの能力はあるはずだ。
「……どうしても、ですか」
「どうしてもだ」
「私が必要ですか?」
「エレンが必要だ。エレンと一緒じゃないと、きっと行き詰まってしまう」
「私が一緒に行かないと言ったら、どうしますか」
「困る」
「困りますか」
「ああ、とても困る」
「私を殺すことになるからですか」
エレンが真っ直ぐに俺を見つめてくる。俺も真っ直ぐに見つめ返し、頷いた。
「ああ。そうなるかもしれないから、とても困る。俺はエレンに死んでほしくない」
「自分が傷つきたくないからではないですか」
「ああ、俺は自分勝手な人間なんだ」
「新しい教派を作るというのも、結局は自分が傷つきたくないからなんですね」
「ああ、人死にも減らせるかも知れない上に自分の心も守られる。良い考えだろ?」
「開き直りすぎでは?」
「エレン相手に嘘を言っても仕方ないだろう。それに、俺はこの世界に来てからというもの自分の欲望に素直にっていうのがモットーなんだ」
「とんでもない神の使徒もいたものですね」
「ああ、そうだな。まったくその通りだ」
再びの沈黙。お互いの呼吸音が妙に大きく聞こえる。
「少し、考えさせてください」
「……ああ、そうしてくれ。だが、長くは待てないぞ」
「わかっています。明日、結論を出します」
「わかった」
俺が頷くと、エレンは席を立って部屋を出ていった。
もう少し上手く話せないものかと自分で自分を罵りたくなる。精一杯やったつもりだが、こういう話し合いというか、説得は苦手だな。いざとなればエレンを攫って逃げる……のは下策か。
あー、女を口説くのが上手いイケメンならもう少し上手くやるんだろうなぁ。無様だ。
ベッドの上でゴロゴロとのたうち回っていると、アマーリエさんが入室してきた。
「……もしかして振られたんですか?」
「ちがいます」
「そうですか……大丈夫ですよ、エレオノーラ様は貴方のことがお気に入りですから」
「だからちがいます」
「はいはい」
アマーリエさんはクスクスと笑いながらエレンが落としていったコップを片付け始めた。あ、やべ、ミルクの存在がバレる。
「あら?」
アマーリエさんが不思議そうな顔をしていたが、俺は狸寝入りを決め込むことにした。話の下手さといい、詰めの甘さといい、反省しきりな一夜であった。




