99.使節の話
「わざわざすまないな、バルトロメウスよ」
皇帝は開口一番バルに対して詫びた。
この場には他に宰相しかいないせいか、彼は臣下に対して軽く頭を下げる。
一国の君主がやってはいけないことだが、彼の人柄を知るバルは驚きもしなかった。
「ベアーテの奴が珍しく乗り気だからと先方に聞いてみたのだが、エルフは我々と感覚の差が大きい。ヴィルへミーナである程度慣れていたつもりだったが、甘かったな」
「寿命が違えば体感時間も違うということなのでしょう」
バルはそう言って主君の謝罪を受け入れる。
「使節はベアーテ殿下で決定したのですか?」
彼が聞いたのは他に手を挙げる者が本当にいなかったのか、確認するためだ。
「うむ。嘆かわしいことに希望者はアドリアンのみだった。外国との友好は皇族の大切な務めのひとつなのだが」
皇帝は「子育ては失敗したか」とぼやく。
「アドリアン殿下という手もありますね」
バルがそう言うと、皇帝は疑問を浮かべる。
「人間相手ならアドリアンを送ることで我が国の本気度を伝えられるが、エルフ相手に通用するのだろうか?」
「難しいですね。ミーナを使えば伝わると思いますが」
彼は慎重に言葉を選ぶ。
ミーナは族長と呼ばれたエルフにすら敬語を使っていなかった。
よほど特別な存在であることはほぼ間違いない。
彼の発言に対して、皇帝はうなずいたりはしなかった。
「そなたが言うことは分かる。しかし、ヴィルへミーナを使うことを向こうがどう思うかだ。帝国に使われていると感じれば、不快になる可能性があるやもしれぬ」
臆病者と言われる男らしい心配である。
「私が実際に行って見聞きしたかぎりですが、特に思うところはないようです。終始友好的な雰囲気でしたから」
バルは過去を振り返りながら証言した。
「それにもしもエルフたちが友好的でないのならば、ミーナは反対してくれると思います」
彼はそれだけの信頼を彼女に寄せている。
「うむ、そうだな……」
一方皇帝はそこまでは思えない。
彼女はあくまでもバルの意思を尊重することが最優先ではないのか、という疑問があるからだ。
彼自身は帝国もベアーテも悪いようにしないだろうと信じているため、間接的にミーナのことも信じているのだが。
「ひとまずミーナに使節の件を催促してもらいましょう」
「ああ。大使はベアーテにしよう。アドリアンはアカデミーの件が落ち着いてから考えよう」
皇帝の言葉はもっともだったため、バルは小さくうなずく。
彼の反応を見てから皇帝は続きを口にする。
「副使をヴィルへミーナに引き受けてもらえればありがたいのだが」
これにはバルはポカンとしそうになった。
「ミーナが副使ですか?」
まじまじと皇帝を見つめながら聞き返す。
「そしてシドーニエを護衛として配置すれば、八神輝がふたり送れる」
と皇帝は言い、バルはようやく彼の狙いを理解できた。
「シドーニエとミーナがいれば、間違いが起こりようがありませんね。それに本気度も伝わりやすい」
伝わらなかった場合はミーナに伝えてもらえばよい。
皇帝はうなずいてから言う。
「さらに世話役の侍女を六名ほど、護衛の女性騎士を二十名ほどつける予定だ」
全員が女性という華やかなメンバー構成になりそうであった。
「全員が女性となると不届きものが現れそうですが」
バルは笑いながら言うと、皇帝はしみじみと答える。
「そうだとすれば実に気の毒だ。シドーニエとヴィルへミーナを襲うとすればな」
賊のほうが同情されるという奇妙な展開になった。
体制と秩序の側に立つ者にとって、賊や犯罪者は決して許容できない。
それでもつい同情したくなる場合もあるのだった。




