77.ユルゲンとヴィルへミーナ
「儂の異能について知っているか?」
「ええ。あなたの力は破壊。文字通り何でも破壊する。城も要塞も町も魔術も」
ユルゲンの問いにミーナはゆっくりと答えた。
おだやかな会話にしか聞こえないが、彼らの周囲の温度は急速に冷え込み緊迫した空気に変わっている。
「積年の敵国だったゲスターンの城塞都市を十、砦を八、城を五、ひとりで破壊し攻め落としたことで『破壊神』と呼ばれるようになったそうですね」
ゲスターン王国は滅亡し、その土地はすでに帝国領となって久しい。
事実上ひとりで一国の歴史を終わらせた男、それが破壊神ユルゲンだ。
「よく知っているが、バルトロメウスの奴がペラペラしゃべったとは思えん。自分で調べたのか?」
「ええ。バル様は師匠の名前と自分と同じ異能使いであるとしか教えてくださいませんでした」
ユルゲンの疑問にミーナは答える。
「なるほど。お前に対する認識は若干改めておいたほうがよさそうだ」
「それはどうも」
ユルゲンの言葉には称賛が混ざっていたが、応じるミーナは少しもうれしそうではない。
「真剣勝負じゃないんだから、そろそろ始めてくださいよ」
息苦しいほどの緊迫感を作っているふたりに向かい、バルが緊張感のかけらもない言葉を投げ込む。
「ふっ、その通りだ」
ユルゲンが小さく笑うと、ふたりは同時に地を蹴った。
空中でぶつかり合い、数メートルほど離れ、両者ともに空中で制止する。
「師匠が破壊の異能をまとった拳を七発撃ち、ミーナはそれを左手だけ防ぎながら師匠の脇腹を狙って蹴りを三発入れたけど、師匠も防いだわけだ」
バルはおそらくもうついていけていないだろう見物人たちに、今の攻防を解説してやった。
「い、今の一瞬で……」
オットーはそう言うのがやっとだったし、他の者はポカンとして見守っている。
「エルフが接近戦もできるとは意外だったな」
ユルゲンの表情は驚きを隠しきれていない。
エルフとは一般的に弓や魔術を得意とする種族として知られている。
「たしなみ程度ですよ。それにただ距離を置いて魔術を撃っても、きっとあなたには一撃も届かないでしょう」
ミーナは彼対策のひとつだと話す。
「ふん、それも知っているか」
ユルゲンは獰猛な笑みを作る。
彼の異能は自分の身を守るのにも有効で、普通に攻撃したところでそれが「破壊」されてしまう。
「今回は儂の錆落としだからな。儂の遠距離戦も見てもらおうか」
ユルゲンの言う遠距離攻撃とは、バルが光弾を撃ち出すように破壊の力がこもった黒い球状の弾を放つことだ。
普通に防いだだけではその部分を「破壊」して敵を襲う、恐ろしい攻撃である。
「見事防いで見せろ。バルが忙しくならないようにな」
ミーナが防げなければ地上でふたりを見守るバルが何とかするしかない。
ユルゲンが両手から放つ黒い光は軽く百を超える。
ミーナはそれを己の赤い魔力弾で相殺した。
「ほう。ただの魔力弾で相殺するとは……見事なものだな」
ユルゲンは驚嘆する。
ただの魔力弾で彼の破壊を防ごうと思えば、相当な魔力を圧縮して強度を高めなければならない。
それをただのひと呼吸で、しかも百を超える数を作り出したミーナの技量は驚異的である。
「それでこそ八神輝だ。では少し真面目にやるぞ」
ユルゲンが撃ち出す黒弾は五百を超え、スピードも鳥よりも速くなった。
ミーナはそれをこともなげに全て相殺する。
「ほう? ではもう少し難易度を上げようか」
楽しそうにユルゲンは千を超す数を作り出し、先ほどの二倍の速度で打ち出す。
ミーナはまたしてもきれいに相殺する。
本人たちには単純極まりもない作業のくり返しだが、オットーたちは真っ青になり声も出せないほど苛烈で緊迫した攻防に見えていた。
「あれってどれくらいすごいのでしょう?」
オットーがやがておそるおそるバルにたずねる。
「うん? 数千の軍くらいなら一蹴できそうな攻撃かな。……だんだんとエスカレートしてきて、帝都が消し飛びかねない攻防になり始めたな。そろそろ止めるか」
彼は何でもないような言い方をしてオットーを慄然とさせた。
そのことに気づきもせず、彼は地を蹴ってミーナとユルゲンの間に割って入る。
完全に不意をついたのか、左右から彼らの攻撃が飛んできたが、バルはごく普通に全てを無効化した。
「このあたりで止めておくのが適当でしょう。そろそろ城一つが壊れそうな程度を超え始めていました」
「うむ、そうだな」
ユルゲンは我に返ったような表情で応じる。
どうやらいつの間にか熱中していたらしい。
「で? どうかな? 儂の腕のほうは?」
「今くらいでしたら八神輝全員ができそうなレベルですね」
ミーナは遠慮なく評価する。
「ただ、教官役としては及第の水準に達しているのではないでしょうか? バル様はいかが思われましたか?」
「教官役で大切なのは実力より、指導能力だと思うんだよな」
彼女の問いかけにバルは本音を言い、彼女とユルゲンの目を丸くさせた。
「正論だが今になって言うことではないな」
相変わらずだとユルゲンは弟子を笑う。




