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65.八神輝の力を

「八神輝の力を若い貴族たちに見せろと申すか」


 謁見の間ではなく私室で話を聞かされた皇帝は目をみはったが、提案者がクロードということで事態の重さを推察する。


「御意。彼らは情報でしか、我々のことを知りません。だからこそ起こる不幸もあるのではないかと存じます」


「しかし、クロード殿。八神輝が一度に力を解放できる場所など、どこにある?」


 と言ったのは宰相だ。

 皇帝と同じ年の人間族で、茶色の髪とあごひげ、黄色の瞳が印象的な男性である。

 彼も八神輝の力を知らない者が多いという問題を理解していたが、クロードの提案を叶えるのが難しい理由も知っていた。


「それは……」


 クロードは言葉に詰まってしまう。

 八神輝が全力を出して戦えば、帝都が跡形も残らないのは確実だからだ。

 全員でなくともバルやミーナだけで危険極まりない。

 

「全力を出さず、それでいて強さが伝わるような手段を考える必要があるか」


 皇帝が虚空を見ながらつぶやく。

 近くで聞いていた皇太子がおそるおそる口を開いた。


「エリート層に絞るのなら、まだやりようがあるのではありませんか? たとえば普通は壊せない物を壊して見せるとか、できないはずのことをやって見せるとか。八神輝ならば可能でしょう」


「普通では壊せないものを壊すのはまずいな。予算の兼ね合いで」


 皇帝は言ったが、決して否定的な口調ではない。

 宰相が感心したような表情で言う。


「普通ではできないことをやってもらうというのはよい案ではないでしょうか。見せる相手をエリートに絞るのであれば、ある意味難易度は下がりますから」


 エリート層であればどういう行為が非常識だったり規格外だったりするのか、その知識ゆえに理解するのは早いという判断だ。


「ふむ。それならば出費は抑えられるか」


 皇帝は前向きに検討し始める。


「いっそ本人たちに要望を出させてみてはいかがでしょう?」


 と言いだしたのはクロードだった。


「彼らができるはずがないと思うことを、我々が実現させるのです。そうすれば我々の力の片りんを理解できるのではないでしょうか」


「それでいこう。他の八神輝にもさっそく伝えよう」


 皇帝の決断は早い。

 宰相が次の問題を口にする。


「問題は誰をいつ集めるかですな。目的からすると若手貴族が中心になりますが、平民にも優秀な層はいますし、取り立てる予定だったはずですが」


「平民出身は奴らほど愚かではないが、八神輝の力を教えておくのは悪くないのでは?」


 皇太子アドリアンが自分の考えを述べた。


「悪くはないですがどのように事を運ぶかですな。やはり教育機関を創設した際にやるのが無難ではないかと思いますが」


 クロードは慎重な態度をとる。

 いきなり貴族たちを集めてというの容易ではない。

 急にそのようなことをやっては、自分たちに恥をかかせるためだと貴族たちが奇妙な誤解をしかねないからだ。

 貴族という生き物は基本的に扱いづらいのである。


「選ばれた者たちにのみ、八神輝を知る特権を与えるという展開にすべきだというのだな」


 皇帝はそのことをよく知っており、クロードの考えに理解を示した。

 特権意識をくすぐってやれば貴族たちは扱いやすくなる。

 プライドを肥大化させすぎないように注意を払わなければならないのだが。


「バルトロメウスに暴れてもらえば、奴らのちっぽけなプライドなど消し飛ぶと思いますが」


 アドリアンは意外と過激な提案をする。

 宰相とクロードは理由を推測して苦笑したが、皇帝はため息をついて首を横にふった。


「難しいだろう。バルトロメウスには緊急時以外の仕事を拒否する権利を与えてある」


 皇太子はもちろん知っていたし、だからこそ疑問を抱く。


「その割には仕事をしっかりやっている印象なのですが。夜に見回りをやって魔界の元帥を撃破したり、シドーニエへのメッセンジャーもこなしたりしていますよね」


 夜の見回りや同じ八神輝への伝者など、別にバルでなければならないということはない。

 拒否権を行使してもよいはずである。

 これらを考慮した結果、アドリアンはバルならば引き受けてくれると考えたのだ。


「バルトロメウスは己の力を誇示するようなことを嫌う。それに今回の件は八神輝の力の一端を教えれば済むのだ。何もバルトロメウスを出す必要性がない」


 皇帝はどうしてもバルに頼みたくはないらしい。

 実の親子と言えど、今は臣下である皇太子は引き下がるしかなかった。


「分かりました。では他の者に依頼するといたしましょう。マヌエルやヴィルヘミーナに頼みたいところだが、彼らは引き受けてくれるだろうか、クロード?」


 アドリアンの問いかけにクロードは渋面を作る。


「マヌエルは基本的に貴族に好意を持っておりません。彼らの鼻を明かしたいという理由で引き受けてくれそうですが、ヴィルヘミーナに関しては何とも言えません」


 バルから頼んでもらえれば確実だろうが、そもそもバルに頼みにくいという話だった。


「イングウェイのほうがよいかと存じますが」


 クロードが出した代案を皇太子は受け取る。


「そうだな。イングウェイにするか」


 あいつなら扱いやすいと彼の顔に書いてあった。

 クロードと宰相は気づかないフリをしたが、皇帝はそうもいかず咳ばらいをして注意をうながす。


「失礼しました」


 すぐに気づいたアドリアンは皇帝にわびた。


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『神速詠唱の最強賢者《マジックマスター》』

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