62.悲鳴
「ゲパルドゥ様が倒されてしまったって本当か?」
ある大陸にある組織では激しい動揺が広がっていた。
ゲパルドゥは彼らの組織の首領の支援者であり、魔界の上級幹部である。
高慢で地上界の生物を完全に見下す態度も納得するしかないような、絶対的強さを持っていたはずだ。
「何でえ、偉そうにしながら情けない奴」
と言ったのは数人しかいない。
他の者たちはその気になれば大陸の一つくらい征服できそうな強大なゲパルドゥが倒されたという現実を受け入れたくなかった。
その筆頭は首領のザールブリュッケンで、地下城最奥の部屋で頭を抱えている。
「魔界の元帥が敗れるなど、そんな馬鹿な……」
魔王を頂点とし、その次に四公爵、その次が八元帥というのが魔界のヒエラルキーだという。
つまりゲヴァルトゥは魔界から六番めから十三番めくらいの実力者だったのだ。
「首領。もしかしたら分体かもしれないぞ。魔界の幹部は力の一部を分体として体外に出し、操れるのだから。倒されたのは一割か二割程度の奴だったんじゃないか?」
側近のひとりの男が話しかける。
彼の意見だったらまだ現実的なものだった。
元帥と言えども力の一割程度しか発揮でないのであれば、十万くらいの兵で休むことなく波状攻撃を続け、疲労したところをえりすぐりの猛者に奇襲させれば、五回に一回くらいは勝てるかもしれない。
だが、首領はゆっくりと首を横に振った。
「違うのだ。ブッゲン、ゲパルドゥ様本体が倒されたのだ。確かめたのだから間違いない」
「いや、そんな……」
首領の言葉を側近たちを受け入れられない。
心が理解することを拒絶しようとしている。
「ふ、復活の儀式は? もしくは再召喚すればいいのでは? ほら、ゲヴァルドゥ様のことだから、そう思わせて実は全然力を使っていなかっただけかもしれないじゃない?」
妖艶な美女の側近がもう少し現実的なことを言う。
魔界の幹部となればただ倒されても復活できるし、そもそも再度召喚することも可能なのだ。
地上界を舐めきっていたゲヴァルドゥが実は本体を使っていなかった可能性は非常に高い。
彼女以外の側近も思ったのだが、首領は否定する。
「すでに試したが、儀式は失敗した。……つまりゲヴァルドゥ様は完全に滅びたということだ。魔界の将軍にも確認済みだ……」
沈痛な表情で重苦しい現実を突きつけた。
魔界の将軍とはゲヴァルドゥの配下の誰かだろう。
彼らよりもはるかに強い幹部クラスだが、問題は部下たちが「ゲヴァルドゥは完全に滅んだ」と言ったことだ。
「そ、そんな……」
「……我々はこれからどうなるのだ?」
側近たちからは悲鳴があがる。
彼らの組織はゲヴァルドゥの支援の下力をつけてきた。
ゲヴァルトゥは魔界勢力のためという理由があるからとは言え、よき支援者だったのである。
召喚魔術と転移魔術の使い手を失った上にさらにゲヴァルドゥまで失ったとなると、組織としてはかなり深刻な問題だった。
「ゲヴァルドゥ様が滅んだ後、配下の軍団は他の元帥の軍団に吸収されるらしい。我々への対応はそれからになるそうだ。しばらくは何もするなと言われたよ」
「せっかくここまで来たというのに……」
「どうしてこうなったのだ……」
側近たちは口々に嘆くが、原因は明確である。
「やはり帝国にちょっかいを出したのがまずかったのだ」
「世界屈指と言われるリヒト帝国を試すと言い出した奴が悪いな」
だからこそ責任のなすりつけが始まってしまった。
「今更言っても仕方がないことだ」
さすがに首領のザールブリュッケンだけは流れに乗らない。
「帝国は光の戦神バルトロメウスが地上最強と豪語しているが、我々は実際のところを知らなかったのだからな。どうやら本当らしいと、ゲヴァルドゥ様の破滅をもって教えられたわけだが……」
「魔界の元帥より強いとか何なんだ、バルトロメウスって……?」
ひとりが嘆くと別のひとりが制止する。
「いや待て。別にひとりで倒したとは限らんだろう。八神輝とやら全員でかかったのではないか? それだったらあり得るだろう」
「なるほど、ゲヴァルドゥ様も多勢に無勢だったというわけか」
彼らは自分たちの信じたい真実を見つけて安堵した。
リミッターつきバルトロメウスとゲヴァルドゥが互角だったと知れば、全員卒倒するに違いない。
しかし、幸か不幸か誰も本当の話を知らなかった。
「新しい元帥の配下になれば、そろそろ大陸侵攻を始めようと思う。そのつもりでいてくれ」
首領の言葉に側近たちは一斉にうなずく。




