42.加勢も運のうち
バルがこの街にやってきたのは皇帝の依頼を受けてのことだ。
もしも敵が狙うとすれば大事な物流の中継地で、なおかつ比較的目立たず優先度が低そうな場所ではないかと言われたからである。
(そんな毎回当たるとは思えないが)
と彼は半信半疑ながらもやってきたのは、トロールを引き連れた黒ローブと遭遇したからだ。
あれがなければ皇帝の推測を信じ切れず、冒険者ギルドに注意を呼びかけるだけですませるという選択をしていたかもしれない。
問題は表向きはさえないおっさんにすぎないバルが、帝都を離れてここまでやってくる理由を用意することだ。
(そのはずだけど、誰にも聞かれなかったな)
聞かれないほうが好都合なのは確かなものの、ミーナとふたり頑張って考えたのに少しさびしい気もする。
まあいいかと気持ちを切り替えて彼は誰にも気づかれずにそっと人前から姿を消す。
街の周囲を警戒しつつ、先ほどすれ違った一級冒険者パーティーの仕事ぶりを確認してみる。
(オーガ、オーク、ゴブリン……きれいに始末してくれているな)
わずかに残された痕跡だけでバルはだいたいのことを把握できた。
迅速で確実でていねいな対応をしていることもうかがうことができる。
遭遇した時、疲労はしていても特に傷らしい傷がなかった点もさすがだった。
(イェレミニアスの奴にも連絡しておくか)
一級冒険者の仕事ぶりは、ギルド総長として気になっているだろう。
いい報告ならばいくらしても差し支えあるまい。
バルはそう思いながらさらに移動していく。
魔物の発生源になりやすい場所として挙げられるのは川や森だ。
魔物も生き物なのか、水のあるところや遮へい物が多いところを好む種が多い。
「雲を貫く聖樹」が倒した魔物たちも似たような場所にいたようだ。
(……どうやら異常はないな)
とバルは思う。
今度ばかりは皇帝の読みも外れたようだ。
もっとも、立て続けに戦力を失って少し慎重になっただけかもしれない。
一級冒険者パーティーが逗留するのであれば、この近辺は安全だろうと判断して場所を変えることにした。
彼の異能は移動にも使うことができるため、その気になれば帝都までは一秒で帰れる。
彼が転移魔術を会得する必要を感じない最大の理由だ。
一級冒険者パーティーも騎士団もいないようなところを目指す。
途中で魔物と交戦している冒険者を見かけたが、手を出さずにやり過ごしておく。
いちいち手助けしてはキリがない。
しかし、そのうち十三歳くらいの男の子と十歳くらいの女の子が群れからはぐれたらしい一匹のゴブリンと向き合っているところを目撃する。
女の子は地面に座り込み泣きながら震えていて、足元に薬草が散らばっていた。
男の子は彼女をかばうように立ちながら必死にゴブリンをにらんでいる。
彼の体が恐怖で震えていても責めることはできないだろう。
ゴブリンは醜い顔に勝ち誇った笑みを浮かべて、右手に持って木の棒を振りかぶって振り下ろす。
男の子はぎゅっと目をつぶる。
逃げ出さないのは女の子を守りたい一心だからだろう。
(運がよかったな、少年)
バルは光の一撃でゴブリンの足を払って勢いよく転倒させる。
勢いよく頭を打った衝撃でゴブリンは気絶してしまう。
覚悟をしていた少年は大きな音と、予想していた苦痛が来ないのを疑問に思っておそるおそる目を開ける。
そしてゴブリンが転んで頭を打って気絶したとしか思えない状況を目の当たりにした。
数秒固まっていたが、やがて今が逃げる絶好のチャンスだと理解したらしく、慌てて女の子を立たせる。
ふたりが必死に薬草を集めた後、一目散に走り出す。
(誰かのために薬草を取りに来て、運悪くはぐれゴブリンに遭遇してしまったのか)
バルはそう予想する。
少年と少女が遠く離れたところで彼は気絶したゴブリンにトドメを刺し、後始末をしておく。
彼らは街に帰ったら親に怒られながらも、運よく助かった話をするだろう。
冒険者たちや街の人が酒場や家で誰かに語る「もうダメだと思ったんだが運よく……」というように。
それらのいくつかは事実だし、いくつはバルの加勢によって助かったものだ。
今日もまたひとつの例が増えたことになる。




