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24.皇帝の悩み

 当代皇帝は在位が長く、子どもたちも多くが成人している。


(そろそろ後継者について考えねばな……)


 と考えると気が重くなった。

 彼に息子は五人いて四人が成人の儀式をすませていて、それなりの地位に就けている。

 実力でも人望でも長男のアドリアンは申し分ないのだが、彼は第二妃の子どもだった。

 次男のリュディガーは能力的には水準クラスはあると思うものの、高慢で身分の低い者を軽んじる傾向がある。

 彼に次の代を託すには親としては不安だった。

 それでもアドリアンと比較対象になるのは彼が第一妃の長男であり、公爵の孫に当たるからである。

 公爵は皇帝の後継者争いに関して口を挟んでくるほど愚かな人物ではないが、彼の側近たちや娘である妃は違う。

 何とかリュディガーを皇帝にしたいといろいろと陰で動いているようだ。

 一方のアドリアンの祖父はあくまでも侯爵にすぎず、公爵と勢力争いをする上ではどうしても不利になってしまう。

 さらに第二妃もその父の侯爵も温和な人柄で自分の息子・孫を皇帝にしたいという野心もないようで、余計に差がつけられている。

 

(能力と人望で決めるか。それとも勢力で決めるか)


 皇帝は改めて頭痛を覚えた。

 この国において皇帝は絶対権力者ではあるが、支持基盤の貴族をないがしろにしてもいいということにはならない。

 強権を発動させても迷惑をこうむるのは何も関係のない庶民である。

 ミーナが「臆病」と揶揄される彼は、民に負担を強いてしまうのが我慢できなかった。


(アドリアンの母が公爵の娘であったら……リュディガーがもっと人望のある男だったら……)


 意味のない仮定を悶々と考えてしまうくらいに皇帝は困っている。


「というわけだ。何かいい知恵はないか、クロード?」


 彼が相談したのは八神輝レーヴァテインのクロードだった。


「困りましたな」


 思いもよらぬ相談を持ちかけられた男は率直な本音を漏らす。


「我々は皇帝陛下に従うべき存在ですが、政治には関与しない決まりのはずですが」


 クロードの回答を予期していた皇帝は言い返す。


「皇帝が八神輝に聞いているわけではない。ザビャという男が、知己のクロードに聞いているのだ」


 禁止ラインのギリギリもいいところだ。

 クロードは主君がそれだけ追い詰められているのだと感じて、相談に乗ることにする。


「アドリアン殿下は次期皇帝にふさわしいと存じますが……」


「そうなるとリュディガーは黙っておるまい。あいつ自身はともかく、あれの母が騒ぐだろうな」


 皇帝の疲れ果てた顔を見てクロードは同情したが、だからと言って自分に意見を求められても困ると思う。


「リュディガー殿下の祖父に当たる公爵は野心がないと聞いております。彼に説得してもらうのが無難ではありませんか?」


「試してみたがダメだった。孫が可愛くないのかとものすごい剣幕で娘に叱られたと、愚痴をこぼされてしまったよ」


「それはそれは……」


 クロードはかける言葉が見つからなかった。

 公爵こそが第一妃とリュディガーを支える最大の柱であるのに、その公爵でも制御できないとなるとどうすればいいのか。 


「公爵が反対だと知っている側近たちに働きかければ……」


「それも失敗した結果が現状なのだ」


 皇帝はため息をつきながら答える。

 何だかかんだ言われながらも、一応やるべきことはやっているようだった。

 だからこそクロードにはお手上げである。

 

「しかし、何者かの影がちらついている現状でも争いですか?」


「だからリュディガーはダメだと思うのだが、あやつらは聞き入れぬ」


 皇帝の言葉にはだんだんと怒りが混じってきた。

 無理もないだろうなとクロードは思う。

 騒動が起こっても自分たちには関係ないと考えるような輩を、指導者として仰いでよいものかという気持ちは彼にもある。


「それでもアドリアン殿下よりも支持する貴族勢力は多いというのが厄介ですな。リュディガー殿下の考えに共感できるからでしょうか?」


 当代皇帝の民に対して優しい姿勢は、一部貴族たちに困惑されたり反感を買ったりしていた。

 そのようなことをすれば「貴族に支配されるべき存在がつけあがる」と彼らは本気で信じている。

 帝国は国土が広く統治するためには貴族の数が必要になった。

 図体のデカさが仇となった形である。

 国家としては大陸最強であっても、運営していく者全てが優れているわけではない。


「奴らがそんな可愛いタマか。頭は愚かで簡単に操縦できるほうが、自分たちは美味い思いができると考えてのことだろう」


 皇帝は吐き捨てた。

 貴族たちの思惑に気づかず、阿諛追従の言葉を浴びせられていい気になっているリュディガーの未来は暗いと思う。

 そしてそれを見抜けぬ第一妃も。

 

「陛下はアドリアン殿下を皇太子としてたてたいとお考えなのですな?」


「ああ」


 クロードの真正面からの問いに皇帝はきっぱりと答える。

 それを受けて彼は意見を出した。


「ならばそうなさるがよろしいでしょう。そのうえで我ら八神輝、魔術長官、将軍が賛成すれば、リュディガー殿下や支持勢力が騒いでも覆すのは困難です」


「……それを避ける妙案がないか知りたかったのだが、無理そうか」


 皇帝の言葉にクロードは無言でうなずく。

 公爵やその側近でも抑えられないとあれば、もう力ずくでねじ伏せるしか道はないだろう。


「八神輝、魔術長官、将軍の支持を集められるかがカギになりますが」


「マヌエルは庶民の出身で、バルトロメウスは庶民としての暮らしを楽しんでいるから大丈夫だろう。ヴィルヘミーナはバルトロメウスにつくとみて間違いあるまい。将軍は魔物が多く出る地域の出身で、少年のころから民と共に戦っていたというから期待は持てる。残りのメンツが問題だな」


 と皇帝が言うとクロードは表情をくもらせる。


「……もしも八神輝の残り四名と魔術長官がリュディガー殿下を支持すれば、この国はふたつに割れますな。陛下が乗り気でなかった理由が今さらながら分かりました」


 最悪の事態を彼は思いつき、言葉として放つ。

 

「バルトロメウスがこちらにいるならたとえ争いになったところで負けるはずがないが、まずは争わぬ道を探りたいものだ。何かよい手はないものか」


 皇帝のつぶやきに答えはなかった。


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