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Case.4 ストーカー事件 5

 「ヒーロのお兄ちゃんをヒーロのお兄ちゃんって呼んでいいのは私だけ……ヒーロのお兄ちゃんは、私だけのものなんだ……!」

 「ということはやはりあなたは、彼があなたの昔馴染みであると気付いていたのですね?」

 「当たり前でしょ……!?ヒーロのお兄ちゃんがどんな姿をしていても、私が気付かないなんてことは有り得ない……!」


 亜恋が唇を三日月の形に歪める。


 「この街でヒーロのお兄ちゃんを初めて見つけたのは34日前……その時は太ったおばさんの姿だったけど、一目見てヒーロのお兄ちゃんだって分かった……」


 亜恋は不気味な笑顔を保ったまま、両目に涙を湛えた。


 「すっごく嬉しかった……この8年間、ずっとヒーロのお兄ちゃんを探してたから……すぐにでもお兄ちゃんの所に走って行って、お兄ちゃんを抱き締めたかった。お兄ちゃんに頭を撫でてもらいたかった。お兄ちゃんに亜恋って呼んでほしかった。でも……私がお兄ちゃんに声を掛けようとしたその時、お前がその邪魔をした」


 憎しみの籠った亜恋の視線が、真っ直ぐに琴星を貫く。


 「お前はヒーロのお兄ちゃんを『道人』なんていう知らない名前で呼んで、お兄ちゃんに馴れ馴れしく付き纏ってた。私はすぐに分かった。私の前からお兄ちゃんを連れ去ったのがお前だって」

 「どうしてその結論になるんですか……」


 困惑する琴星だが、実際亜恋の言う通りだった。

 道人が地元を去ったのは、剋死教会の手によってプロジェノートとなった道人の身柄を琴星が引き取ったからだ。

 そしてそれは亜恋の視点では、確かに琴星が道人を連れ去った形になる。


 「だけど正直、私はお前のことなんてどうでもよかった。私にとって大事なのはヒーロのお兄ちゃんだけ。奇跡みたいにヒーロのお兄ちゃんと再会できたんだもの。もう2度と私の前からいなくならないように、ヒーロのお兄ちゃんをきちんと私に縛り付けないと。ね?」

 「そのために今回の狂言を計画したんですね?」

 「そう。悔しいけど全部お前の言う通り。上手くはいかなかったけど……私、魅力無いのかな」


 道人が亜恋に靡かなかったのは、プロジェノートである道人には人間としての性欲が備わっていないためだ。亜恋の魅力は関係ない。

 しかし琴星はそれを亜恋に伝えることはしなかった。


 「1つ、聞きたいことがあります」


 琴星は自らの七色の瞳を指差す。


 「私のこの瞳には、視界に収めた対象の情報を視覚情報として入手できる能力が備わっています。私はこれを<万象の閲覧>と呼んでいるのですが、その副次的な能力として、私は大抵の嘘は看破することができます」

 「……じゃあ何?私の嘘にも最初から気付いてたって訳?」

 「それがそうではないんです。何故かあなたの嘘を、私の瞳は看破することができませんでした。だからあなたの目的に気付くのも遅れてしまった。何故私の瞳があなたには上手く働かなかったのか、心当たりはありませんか?」


 琴星の質問に、亜恋は人差し指を顎に当てて考える素振りを見せる。


 「……あるよ、心当たり」


 しばらくしてそう答えた亜恋は、口角を僅かに上げていた。


 「本当ですか?それは一体どのような……っ!?」


 瞬間、背筋が凍り付くような嫌な予感が琴星を襲う。


 「今から見せてあげる……!」


 亜恋の瞳が赤く輝き、同時に亜恋の背中から緋色の翼のようなものが夜空に向かって伸びる。


 「<緋翼恋理>!!」


 翼のように見えたそれは、無数の赤い糸だった。

 無数の糸によって形作られた緋色の翼は、羽ばたくような動きと共に際限なく長さを伸ばしていく。


 「阿内さん、それは……」

 「ヒーロのお兄ちゃんと私を結ぶ、運命の赤い糸……ふふっ、素敵でしょ?」

 「運命の赤い糸……なるほど、因果律に干渉する特異体質……!」


 琴星の瞳に宿る<万象の閲覧>が、亜恋の<緋翼恋理>の性質を解き明かす。

 亜恋の背中から伸びる無数の赤い糸は、触れたものの因果律に干渉する。つまり亜恋は糸で触れたものの運命を書き換えることができるのだ。


 「あなたの嘘が<万象の閲覧>で看破できなかったのは、あなたがあなた自身の因果律を書き換えていたからという訳ですか……」

 「私はそんなことをしているつもりはなかったけれど」


 運命を書き換える赤い糸は、亜恋の体から伸びている。

 糸は常に亜恋に体に触れているため、亜恋は自分自身の因果律を常に改竄することができる。亜恋は無意識に自らの因果律を書き換えることで、<万象の閲覧>を欺いていたのだ。


 「ところで阿内さん。種明かしはしていただいたので、その糸はもう仕舞っていただいても結構なのですが……」

 「残念。お前がもう充分だとしても、私にはまだやらなければいけないことがあるの」

 「そうですか……ちなみにその内容をお伺いしても?」

 「決まってるでしょう。お前を殺すの」

 「やっぱりそうですよね……」


 亜恋が自分を殺そうとすることを、琴星は予見していた。

 というよりここまでずっと強い殺意を向けられておいて、殺されないと考える方が難しい。


 「私は私からヒーロのお兄ちゃんの心までを奪ったお前を、私は絶対に許さない!!」

 「心を奪った?何か行き違いがあるようですが……」

 「言い訳は聞いてあげない。お前には私から死の運命をプレゼントしてあげる!!」


 数えるのも馬鹿らしくなるような夥しい量の糸が、全方位から一斉に琴星へと迫る。

 それらの糸の内の1本でも触れてしまえば、亜恋の言う通り琴星の運命は死へと書き換えられてしまうだろう。


 「<昴星>」


 琴星は自信の周囲に100を超える魔法陣を出現させ、一斉に閃光を掃射する。

 魔術の閃光は赤い糸とぶつかり合い、両者は強い光と共に相殺されて消滅した。


 「阿内さん、こうなると流石に私も穏便には終わらせられませんよ?」

 「穏便になんて終わらせない!私はお前を殺して、お前からヒーロのお兄ちゃんを奪い返す!」

 「……あなたは少し頭を冷やした方がいい。そのためにも……私刑の時間です」


 ぶつかり合った魔術と糸が激しい爆発を起こし、網膜を焼くような眩い光がキャンパスを照らす。


 「<肉体の活性>」


 琴星の足元に魔法陣が出現し、そこから放たれた円盤状の光が琴星の全身を走査する。

 すると琴星の四肢などの一部に、電子回路を思わせるような光のラインが浮かび上がった。


 琴星は体の感覚を確かめるように何度か右手を開閉すると、地面を蹴って跳び上がり、そのまま近くの学部棟の外壁を駆け上がった。

 <肉体の活性>は対象の身体能力を向上させる魔術。これを発動した琴星は、映画のヒーローのような超人的な挙動が可能になる。


 「中庭だと流石に私が不利ですからね……」


 亜恋には聞こえないように、琴星は口の中で小さく呟く。

 琴星が亜恋と会話をしていた中庭は、屋外ではあるが四方を学部棟に囲まれた閉鎖空間だ。


 そして亜恋は糸を操る能力者。戦場が閉鎖空間であれば、蜘蛛が巣を作るように、空間内に糸を張り巡らせることができてしまう。

 それも因果律に干渉する性質を備えた、触れたら即死の運命の赤い糸をだ。


 「よし、と」


 壁面を駆け上がった琴星は、4階建ての学部棟の屋上へと着地した。

 これで中庭という閉鎖空間から脱出すると同時に、亜恋の上を取ることで有利に立ち回ることが可能となる。


 琴星がそう考えたのも束の間。


 「逃がす訳が無いでしょう……!」


 琴星を追って亜恋も屋上へと姿を現した。


 「嘘でしょ、どうやって!?」


 この短時間で亜恋が屋上に登ってくることを想定しておらず、琴星は見事に虚を突かれた。

 亜恋は屋上の落下防止柵に赤い糸を絡め、ワイヤーアクションさながらの挙動で屋上まで一気に移動してきたのだ。


 「そんなことまでできるんですか、その糸……」

 「ええ、そうよ。だからお前がどこまで逃げようと、私は絶対にお前を逃がさない……!」

 「心配しなくても、逃げるつもりは端からありませんよ」


 琴星は戦闘において有利な状況を作り出そうとしただけだ。それを逃亡と取られるのは、琴星にとっても不本意だった。


 「だったらそこから1歩も動かずに死になさい!<緋翼恋理>!!」


 再び亜恋の背中から無数の赤い糸が夜空に向かって伸びる。

 赤い糸は空中で互いに絡み合い、8つの龍の首を形作った。その様はさながら九頭竜だ。


 「あら、格好いい」


 琴星は緋色の九頭竜を称賛しつつ、亜恋に対抗するように人差し指を振るう。

 すると数十数百の虹色の魔法陣が、九頭竜を背負う亜恋を半球状に取り囲んだ。


 「<昴星>」


 無数の魔法陣から放たれる閃光と、顎を開いた九頭竜が激突する。

 衝突の余波で発生した眩い光に、一瞬琴星の目が眩み……


 「……流石にこれは少し予想外ですね……」


 光が収まると、そこには九頭竜を背負った亜恋が無傷で立っていた。


 「せめてそのドラゴンくらいは消し飛ばせる公算だったのですが……」

 「残念でした。私とお兄ちゃんの運命の赤い糸は、ビームなんかじゃ消せないの」

 「そのようですね……困りました。これだと殺さないのが難しいかもしれません」


 琴星は基本的に、相手が異常犯罪者やカルトの構成員であろうとも、人間であれば命までは奪わない。それは琴星が己に課したルールのようなものだ。

 だが命を奪わずに相手を制圧するのは、彼我に実力差が無いと難しい。それが亜恋のように特殊な能力を持つ相手であれば尚更だ。


 そして琴星はここまでの攻防から、亜恋が「殺さずに無力化することが難しい」程度の戦闘能力を備えていると判断した。


 「はてさて、どうしましょうか……阿内さんを殺してしまったら、道人に嫌われてしまいますね……いや嫌われるでは済まないか」

 「自分がお兄ちゃんから好かれてることを前提として話すその態度が気に食わないって言ってんの!!」


 亜恋の怒りに呼応するように、九頭竜達が一斉に琴星へと襲い掛かる。

 迫り来る龍の顎に対して、琴星は右腕を伸ばした。


 「<準星>」


 琴星の右手の先に白く輝く魔法陣が出現し、そこから一筋の閃光が放たれた。

 その閃光はこれまでの<昴星>とは比べ物にならないほどの威力が秘められていることは一目瞭然であり、閃光の軌道は空間が歪んで見える程だった。


 超火力の閃光は琴星に最も接近していた龍の首へと命中し、その首を跡形もなく消し飛ばした。


 「なるほど。威力を上げれば一応赤い糸を消すことはできると」

 「よくも私とお兄ちゃんの赤い糸を……!!」


 亜恋の怒りと共に、残る8つの龍の首が琴星へと殺到する。


 「あら危ない」


 それに対し琴星は<肉体の活性>によって向上した身体能力を生かて龍の首を掻い潜り、隣の学部棟の屋上へと飛び移る。

 建物同士の距離は数十mは離れていたが、今の琴星にはその程度の距離は苦にもならない。


 「逃げるなぁっ!!」


 亜恋も赤い糸を利用したワイヤーアクションで、琴星を追って屋上から屋上へと飛び移ろうとする。


 「<準星>」


 空中にいる亜恋に向けて琴星が超火力の閃光を放ち、亜恋が背負う龍の首をまた1つ消し飛ばす。


 「またっ……!?」

 「ごめんなさいね」


 そして亜恋が琴星のいる屋上に降り立つよりも先に、琴星はまた別の建物へと飛び移る。

 そうやって亜恋を翻弄しつつ、琴星は1つ1つ龍の首を潰していく。


 「<準星>っと……さて、これで首は全滅ですね」

 「だから何?」


 全ての龍の首を消し飛ばされても、亜恋に焦りは見られなかった。


 「言っておくけど、<緋翼恋理>の糸は絶対に無くならないの。私のお兄ちゃんへの想いと同じように!!」


 亜恋の背中から、またしても夥しい量の赤い糸が伸びる。

 無数の赤い糸が複雑怪奇に絡み合い、龍や鳥や食肉目など様々な姿を形作る。


 「今度こそ、絶対に殺してやる……!」

 「生憎、私はまだ死ぬ訳にはいかないので」


 琴星の魔術と亜恋の糸が交錯しようとした、その瞬間。


 「所長!何があったんですか!?」


 琴星と亜恋が立つ学部棟の屋上に、突如として道人が現れた。


 「道、人……?」

 「っ……」

 「えっ……亜、恋……?」


 琴星と亜恋は道人の闖入に混乱し、道人も<緋翼恋理>を発動した亜恋の姿を見て硬直する。

 完全に停滞したその場で、最初に復帰したのはやはり琴星だった。


 「道人……その、どうしてここに……?」


 道人は今夜、氷室の所に行っているはずだった。

 亜恋の真実を暴くにあたって、その真実が道人の耳に入ることが無いよう、琴星が道人を遠ざけたのだ。

 氷室にも話は通してあり、氷室が適当な理由をでっちあげて道人を一晩中拘束する手筈になっていた。


 「あなたは、氷室と一緒にいるはずでは……」

 「いや……氷室さんの用事がもう済んだので、俺も阿内さんの警護に回ろうと思ったんですけど……」

 「氷室……肝心な時に使えない……っ!」


 氷室が道人を引き留めることに失敗したことを悟り、琴星は思いっきり舌打ちをした。


 「阿内さんのアパートに行ったら部屋の電気が点いてなくて、電話を掛けてみても繋がらなくて……そうしたら大学の方に<昴星>の光が見えたので、何かあったのかと思って急いで駆け付けたんですが……」


 そこまで説明したところで、道人は呆然とした表情で亜恋に視線を向ける。


 「阿内、さん……その恰好は……」

 「あ……あぁ、あ……」


 亜恋はガタガタと体を震わせながらその場に頽れる。

 <緋翼恋理>を発動した姿を道人に見られたことに、亜恋は絶望しているのだ。


 「はあ……こうなっては仕方ありませんね」


 亜恋が<緋翼恋理>やその他の真実を道人に隠そうとしていることは琴星も察していた。だからこそ道人を遠ざけようとしていたのだが、今となっては最早道人に隠し通すことは不可能だ。


 「阿内さん、今から道人に全てを話します。構いませんね?」

 「…………」


 亜恋は絶望しきった表情のままピクリとも動かない。

 埒が明かないので琴星はその沈黙を肯定と見なした。


 「道人、心して聞いてください」

 「は、はい……?」


 戦々恐々とする道人に、琴星は一切合切全てを打ち明けた。


 「そんな……亜恋は、俺の正体に気付いていたんですか……?」

 「ええ。私達の事務所に来る前から気付いていたそうですよ」


 道人はしばらくその事実に言葉を失っていたが、やがて亜恋の目の前に移動した。


 「……亜恋」


 道人がその名前を呼ぶと、亜恋はゆっくりと顔を上げた。

 いつの間にかその虚ろな瞳からは涙が溢れていた。


 「お兄、ちゃん……」

 「亜恋。どうして俺達を騙すようなことをしたんだ。嘘を吐いたらいけないって、お兄ちゃんが昔教えただろう」

 「……ごめん、なさい……!」


 激しく体を震わせながら大粒の涙を流す亜恋。その姿は道人に嫌われることを何よりも怖れているように見えた。


 「けど……」


 道人の表情がふっと緩む。


 「……大きくなったな、亜恋」

 「お兄ちゃん……お兄ちゃあああん!!」


 亜恋が道人の胸の中に飛び込み、2人は熱い抱擁を交わした。


 「お兄ちゃん……会いたかった……ずっとずっと会いたかったよぉ……」

 「ごめんな、亜恋……何も言わずにいなくなって、ごめんな……」


 ようやく真の再会を果たすことができた2人を、琴星は微笑ましく見守っていた。


 「あの、所長……」


 しばらくして、道人が亜恋を抱き締めたまま琴星を窺う。


 「今回亜恋がこんなことをしたのは、元を辿れば亜恋の側にいてやれなかった俺の責任です。ですからどうか……亜恋を大目に見てやってもらえませんか?」

 「……道人が阿内さんを許すというのなら、私はそれ以上阿内さんの罪を責めることはしません」


 今回亜恋の被害を受けたのは道人と琴星だけだ。外部に被害が出ておらず、本人に再犯の意思が無いのであれば、私刑を与えることなく許してもいいというのが琴星の考えだった。


 「ただ架空のストーカーの調査にかかった費用に関しては、キッチリ請求させていただきますけどね」

 「所長……ありがとうございます!」

 「ありがとう、ございます……」


 道人が頭を下げたのに合わせて、亜恋も気まずそうに礼を告げた。


 「いえいえ……それに元を辿るのであれば、阿内さんの下から道人を連れ去った私の責任でもありますから」


 続いて琴星が呟いたその言葉は、改めて再会を喜び合う道人と亜恋には聞こえていなかった。

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