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Case.4 ストーカー事件 4

 「邪魔するぞ」


 道人が亜恋のカレーをご馳走になっている頃。姫宮最強探偵事務所に氷室が訪ねてきた。


 「何ですか氷室。営業時間はもう終わっていますよ」

 「別に依頼に来た訳じゃない。鴻上はいないのか?」

 「道人なら今はお姫様の警護ですよ」

 「ああ、例の道人の幼馴染か」


 氷室は勝手に給湯室に移動し、勝手に自分の分の緑茶を淹れた。


 「道人に用事ですか?」

 「まあな。と言ってもあいつに本を貸しに来ただけだ。お前に預けておくから鴻上に渡しておいてくれ」

 「相変わらず仲がいいですね、あなた達……」


 琴星は苦笑しながら、道人に貸す予定という本を氷室から受け取った。


 「随分散らかしているな」


 氷室が琴星の机を見て感想を漏らす。


 「散らかしてはいません、広げているだけです。というか一応企業秘密ですから見ないでください」

 「今更気にするようなことでもないだろう。鴻上のお姫様の件か?」

 「まあ、その通りです。少し気になることがありまして……」

 「何だ、行き詰っているのか?ストーカーの正体には見当がついているんだろう?」

 「そうなのですが……氷室、折角ですから少し私の情報整理に付き合ってください」

 「それくらいは構わんが」


 氷室は応接用のソファに腰を下ろし、話を聞く体勢に入る。


 「道人のお姫様……阿内さんからの依頼を受けて、私と道人は阿内さんの警護とストーカーの調査に当たってきました。そして初日に道人は、阿内さんの姿を盗撮していると思しき不審な人物を発見しました」

 「何だ、初日でもう容疑者が見つかったのか?」

 「ええ。その不審な人物の正体は本田隆一、阿内さんと同じ時生大学教育学部の1年生でした。彼は阿内さんと同期で、阿内さんに好意を寄せているように思えるという友人からの証言も得られました」

 「なるほどな。実際に盗撮をしていたとなると、その本田という男がかなり怪しいな」

 「ええ、私と道人もそう考えていました。ですが調査を進めていく内に、少し妙なことに気が付きまして」

 「妙?」


 氷室が首を傾げる。


 「私と道人が本田さんの阿内さんに対するストーカー行為を確認したのは、調査初日のその1回だけなのです。2日目以降私達は、本田さんのストーカー行為はおろか、本田さんが阿内さんに接近する様子すら確認していません」

 「……お前達の監視が無いタイミングで本田がストーカー行為に及んでいる、という可能性は無いよな?」

 「ありませんね。私達は、というより道人はほぼ24時間阿内さんに張り付いていますから。本田さんがストーカー行為に及んでいれば、道人がそれを見逃すことは無いでしょう」

 「となると本田がストーカー行為を行ったのは、お前達が調査を始めた初日だけ、ということか。阿内が探偵に協力を依頼したことに気付いて、本田がストーカー行為を控えているという可能性は?」

 「その可能性も無いとは言い切れません。ですが阿内さんに近付く素振りすら見せないというのは流石に妙かと」

 「確かにな。ストーカーであれば、探偵がいることに気付いたとしても、1度や2度はどうにか探偵の目を掻い潜ろうと試みるだろう」


 氷室は腕を組んで考え込み、それから琴星に探るような目を向けた。


 「お前はどう考えているんだ、姫宮」

 「状況から考えて、本田さんが阿内さんのストーカーとは考えにくいです」

 「その本田という男とは別に、阿内のストーカーが存在するということか?しかし本田が阿内を盗撮していたことは確かなのだろう?」

 「ええ、その様子を収めた写真もありますから」

 「……分からんな。情報が少なすぎる」


 氷室は降参というように両手を上げた。

 本田が阿内を盗撮していたのは事実だが、本田が阿内のストーカーとは考えにくい。この矛盾の謎を解き明かすには、氷室の言う通り情報が少なすぎた。


 「鴻上はずっと阿内に張り付いているんだろう?そっちで何か情報は掴めていないのか?」

 「今のところそのような報せは受けていません。どうやら順調に交流を深めてはいるようですが」

 「それは結構なことだが……ならどうするんだ?」

 「そうですね……」


 琴星は背もたれに体を預け、くるりと椅子を回して窓の外の月を見上げた。


 「明日辺り、探りを入れてみましょうか」




 道人のスマホに着信があったのは、教授が2限目の講義の終了を告げたのとほぼ同時だった。


 「所長からか……」


 講義が終わった瞬間を狙い澄まして電話を掛けてくるというのはいかにも琴星らしい。道人は僅かに笑みを浮かべた。


 「鴻上さん。何かいいことでもあったんですか?」


 道人の下にやってきた亜恋がそう尋ねてくる。もう当たり前のように道人の変身は見破られているが、道人ももう慣れっこだった。


 「別にいいことは何もありませんが、姫宮から電話が掛かってきまして」

 「姫宮さんから、電話……」

 「すみません、少し失礼しますね」


 琴星からの電話に応答した道人は、亜恋が表情を曇らせたことに気付かなかった。


 「もしもし、所長?」

 「ああ、道人。少し話せますか?」

 「はい、丁度講義が終わったところですから」

 「それはよかった。早速ですが、今夜氷室があなたの力を貸してほしいそうですよ」

 「氷室さんが、ですか?」

 「ええ。何でも異常犯罪が疑われる事件があったそうで。道人の力が必要だとか。手伝ってあげてくれませんか?」

 「ですが……」


 氷室を手伝うとなると、当然今夜は亜恋の警護ができなくなる。道人としてはそれは避けたい。


 「阿内さんのことなら心配無用ですよ」


 そんな道人の心情を、琴星は見透かしていた。


 「今夜はあなたの代わりに私が阿内さんの警護に当たりましょう」

 「えっ……いいんですか!?」

 「ええ。あなたのお姫様は、私が守り通して見せましょう」

 「お姫様ではありませんが、とても心強いです!」


 琴星は道人よりも数段強い。その琴星が亜恋の警護を変わってくれるというのなら、道人も何の憂いもなく氷室に協力することができる。


 「では阿内さんが大学から帰宅するタイミングで、私が友人の振りをして接触します。その時に警護を引き継ぎましょう」

 「分かりました」


 琴星も最初の頃は、友人の振りをして登下校中の亜恋を警護していた。その要領で琴星が亜恋に接触すれば、上手く警護を引き継げる。


 「阿内さんは今日は確か5限の講義がありましたね。では18時頃に正門付近で落ち合いましょう」

 「了解」


 段取りを軽く打合せ、琴星の方から電話が切られた。


 「阿内さん。急な話で申し訳ありませんが、私に予定が入ってしまったので、今夜の警護は私の代わりに姫宮が担当することになりました」

 「えっ……」

 「心配は要りません。姫宮は俺より遥かに頼りになるので、俺が警護するよりもむしろ安全なくらいです。って、こんなことを自分から言うのも情けないですが」


 ちょっとした自虐で軽く亜恋を笑わせようとした道人だったが、予想に反して亜恋はクスリともしなかった。


 「……阿内さん、どうかしました?」


 道人のジョークがつまらなかった、というだけの話ではない。ジョークのつまらなさだけでは説明がつかないほどに、亜恋の表情は曇っていた。


 「何か気に障ることをしてしまいましたか?」

 「いえ、そんなことはありません。鴻上さんは悪くないんです」


 昔から知っている相手だけに、亜恋が何やら落ち込んでいるらしいというのは道人にも分かった。

 しかし突然亜恋が落ち込んだ理由に関しては、道人には皆目見当もつかなかった。




 午後の講義の間、亜恋はどことなく元気がなかった。

 道人は亜恋の様子が気にかかったが、隙を見て理由を尋ねてみてもはぐらかされるばかり。

 そうこうしている間にも時間は等しく流れ、亜恋が履修する全ての講義が終了した。


 「亜恋ちゃん!」


 家路につく亜恋が時生大学の正門を通りかかったところで、門柱の陰から琴星が姿を現した。

 

 「ちょっと遅かったね、講義長引いた?」

 「う、うん……」

 「あの先生講義長くて有名だよね~」


 友人らしい会話を装いつつ、琴星は亜恋の後方にいる道人へと視線を向ける。

 琴星からの目配せに道人は頷き返し、踵を返して亜恋のアパートとは反対の方向へと歩き出す。

 道人はこのまま氷室の下へと向かうのだ。


 「……さて、阿内さん。道人から聞いていると思いますが、今夜は私が道人の代わりにあなたの警護を担当することになりました」

 「……友達の振りはいいんですか?」

 「ええ。もうその必要は無いでしょう」


 琴星の意味深な言葉に、亜恋がすぅっと目を細める。


 「阿内さん、少しお話したいことがあります。ご帰宅の前に、少し私に時間をいただけませんか?」

 「……ええ、いいですよ」

 「ありがとうございます。わざわざお店を使うような話でもないので、大学の中でどこか座れる場所を探しましょう」


 琴星と亜恋は大学の中へ引き返し、棟と棟の間にある中庭のような場所のベンチに腰掛けた。

 昼間部の最後の講義である5限目が終わった後ということもあり、キャンパス内には驚くほど人の気配が少ない。

 話をするにはうってつけの環境だ。


 「話って何ですか?姫宮さん」


 道人が相手のときとはまるで違う、つっけんどんな口調で亜恋が尋ねる。


 「お話ししたいことはいくつかありますが、まずは彼の話です」


 そう言って琴星が取り出したのは1枚の写真だ。

 写真に写っているのは、亜恋を盗撮する本田隆一の姿。亜恋の警護初日に道人が撮影したものだ。


 「先日も説明させていただきましたが、彼はあなたと同じ教育学部1年生の本田隆一という人物です。私と道人は彼があなたのストーカーだと考えていました」

 「……そのお話は前にも聞きましたけど、それがどうかしましたか?」

 「私達が確認できた彼のあなたに対するストーカー行為は、後にも先にもこの1回だけです。これ以降彼はストーカー行為どころか、あなたに近付く素振りすら見せない。道人も初日以降、1度も本田さんを目撃していないと言っていました。これは一体どういうことでしょう?」

 「……ストーカーのことを私に聞かれても、知りませんよそんなこと」


 亜恋のその返答に、琴星はゆっくりと首を横に振る。


 「嘘はいけません、阿内さん」

 「っ、何がですか!?私は嘘なんて吐いていません!」

 「本田隆一さんは、地元にいる恋人と遠距離恋愛をしていました」


 琴星が告げたその情報に、亜恋は僅かに目を泳がせた。


 「本来ならば本田さんにお話を聞きたかったのですが、何故か本田さんの所在は掴めませんでした。そこで代わりに本田さんのご家族に確認したところ、本田さんとその恋人は、10年以上も付き合いがある幼馴染だそうです」

 「……恋人がいる男性でも、他の女性をストーキングすることもあるんじゃないですか?」

 「ええ、勿論そうでしょう。ですが私にはどうにも不自然に思える。そこで私は本田さんとあなたの関係について、更に詳しく調べてみました」

 「……何か分かりました?」

 「ええ、とても興味深い事実が」


 琴星は口元に笑みを湛えながら、1つ1つ丁寧に情報を開示していく。


 「本田さんのご友人に話を伺ったところ、以前本田さんとあなたが2人で話している場面を目撃したという証言が得られました。その直後本田さんは普段よりも興奮していた様子で、ご友人は本田さんがあなたに好意を抱いているのではないかと考えたそうです」

 「……そんなことあったでしょうか。よく覚えていません」

 「ですが先程も申し上げた通り、本田さんには恋人がいます。本田さんと恋人との関係は良好で、本田さんがあなたに好意を抱いていたとは考えにくい。では本田さんは、一体何に興奮していたのでしょう?」

 「……知らないって言っているでしょう」


 亜恋は視線を逸らそうとするが、琴星の七色の瞳の魔性がそれを許さない。


 「本田さんは先日、10万円近くもする高価なアクセサリーを恋人にプレゼントしたそうです。それを知ったお母様がそんなに高価なものをどうやって手に入れたのかと本田さんに尋ねたところ、本田さんは『割のいいバイトがあった』と仰っていたとか。10万円も稼ぐことができる割のいいバイトというのは、一体どのようなものなのでしょう?」

 「……何が言いたいんですか?言いたいことがあるのならはっきり言ってください」


 亜恋が苛立ちを見せ始める。


 「では単刀直入に申し上げます。道人が目撃した、本田さんによる阿内さんの盗撮。あれは阿内さん、あなたが本田さんにやらせたのではありませんか?」

 「……何を、ふざけたことを……」

 「あなたは本田さんに日時と場所を指定し、そこで自分の姿を撮影してほしいと依頼した。あなたが本田さんに提示した金額は分かりませんが、少なくとも10万円は下らないのでしょう」


 琴星は亜恋に有無を言わさず、自らの推理を語る。


 「指定された日時に指定された場所で写真を撮るだけで、10万円以上の報酬を得ることができる。これほど割のいいバイトは他に無いでしょう。本田さんが興奮するのも当然です。本田さんの友人が目撃した2人の会話はこの時のものだったのでしょう。

 本田さんとの約束を取り付けたあなたは、続いて姫宮最強探偵事務所にストーカーの調査を依頼した。依頼を受けた私達は、当然あなたの身辺を調査します。すると必然的に、私達は本田さんがあなたを盗撮する姿を目撃することになる。いえ、正確には盗撮ですらありません。本田さんは他ならぬあなたの依頼を受けて、あなたを撮影していたのですから」

 「馬鹿馬鹿しい……何のために私がそんなことしなくちゃいけないんですか!?」

 「何のため、というのは明白でしょう。道人を手に入れるためです」


 亜恋が息を呑む音が聞こえた。


 「ストーカーの存在を仄めかせれば、道人はあなたを守ることを強く意識することになる。その状態であなたが道人との距離を縮めれば、道人があなたに恋愛的な行為を抱く可能性はぐっと高くなる。そう考えたのでしょう。

 道人から聞きましたよ。思い出のバウムクーヘンを一緒に食べたり、手料理を振る舞ったり、無防備な姿を見せたり、随分積極的にアプローチを仕掛けていましたね?」

 「…………」


 亜恋は血が出そうなほどに唇を噛み、ぶるぶると肩を震わせる。


 「あなたが何故そこまでして道人の心を手に入れようとしているのか、その答えは考えるまでもありません。阿内さん、あなたは最初から気付いていたのですね?道人が『ヒーロのお兄ちゃん』だと」

 「その呼び方をお前が使うなっ!!」


 激昂する亜恋の声が、夜の時生大学の静かな空気を揺らした。

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次回は明日更新する予定です

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