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Case.4 ストーカー事件 3

 姫宮最強探偵事務所が亜恋の警護とストーカーの調査を始めてから数日が経った。

 この日道人は太った男子大学生に変身し、亜恋が履修している講義に潜入していた。


 道人は毎日姿を変えて亜恋の警護に当たっているのだが、今のところ毎回亜恋に正体を見抜かれてしまっていた。

 どうやら亜恋は自分に向けられた視線によって道人を判別しているらしいということが分かったので、今日の道人は特に視線に気を遣っている。

 熱心な学生の演技をしつつ、亜恋に向ける視線は最小限に。講義の最中、道人はそれを徹底した。


 そして90分の講義が終わると、荷物をまとめた亜恋が真っ直ぐに道人の下へやってきた。


 「あの、鴻上さんですよね?」

 「……参ったな。今日こそは絶対に見抜かれないと思っていたんですが」

 「ふふっ。なんだか、鴻上さんがどんな姿をしていても、雰囲気で分かるようになってきました」


 そう言って笑う亜恋。

 その笑顔は道人に、亜恋の目を欺くことは不可能なのでは、と思わせる何かがあった。


 「鴻上さん、良かったら一緒にお昼ご飯食べませんか?」

 「いえ、俺は阿内さんの警護の仕事がありますから……」

 「私の警護だったら、尚更一緒にお昼ご飯食べましょう?昨日だって鴻上さん、私の近くの席を探すの大変そうだったじゃないですか」


 亜恋の指摘は正しかった。


 国内有数の規模を誇る時生大学には学食も複数存在するが、学生の数が多すぎるためにどの学食も昼食時には非常に混雑する。

 昨日も亜恋は学食で食事を取ったのだが、道人は混雑する学食の中で亜恋の近くの席を確保するのにかなり苦労したのだ。


 亜恋の言う通り、同じ席に座って一緒に食事を取れば、近くの席を探す手間は省ける。

 道人の感情を除けば、亜恋の提案を断る理由は道人には存在しなかった。


 「……じゃあ、今日だけご一緒させていただきます」

 「今日だけ、じゃなくて、今日から、にしましょ?」


 亜恋は気弱そうな見かけによらず強かだった。


 「……今日から、昼食は一緒に取らせていただきます」

 「やった。じゃあ早速行きましょう?早くしないと、私達2人とも座れなくなっちゃいます」


 亜恋が道人を急かす形で、2人は教育学部棟から最も近い学食へと向かった。




 その日の夜。琴星が友人の振りをして亜恋を家まで送り届けた後、道人はアパートの近くの公園から亜恋の部屋を見張っていた。

 これもここ数日、道人が毎日欠かさずに取り組んでいる業務だ。幸いにしてまだ通報されたことは1度も無い。


 18時頃に亜恋が帰宅した直後から道人が公園に陣取り、およそ2時間が経過した20時頃。

 道人の懐でスマートフォンが震えた。


 「ん……所長か?」


 道人のスマートフォンには、琴星以外からの連絡はほとんど来ない。

 ストーカー事件の調査で何か進展があったのかと考えながら、道人はスマートフォンを取り出す。しかし画面に表示されていた名前は予想外のものだった。


 「亜恋……!?」


 電話を掛けてきた相手は亜恋だった。

 道人が亜恋に連絡先を教えたのは非常時のためだ。つまり亜恋から電話が掛かってきたということは、亜恋の身に何かが起きた可能性がある。


 「亜恋、どうかしたか!?」


 慌てて電話に出る道人。


 「も、もしもし、鴻上さん……ですよね?」


 道人の剣幕に、電話の向こうの亜恋は面食らっていた。


 「ごめんなさい、急にお電話掛けちゃって……」

 「ああ、いえ……大丈夫ですよ」


 亜恋の声色からは切迫した様子は感じられない。どうやら何か非常事態が起こった訳ではないらしい、と道人はひとまず胸を撫で下ろした。


 「阿内さん、どうかしましたか?」

 「いえ、大したことではないんですけど……鴻上さん、少し私の部屋に来てくれませんか?」

 「何かありましたか?」


 部屋にゴキブリでも出たのだろうか、と道人は想像した。


 「何かあった訳ではないんです。ただ……鴻上さん、もう何日も夜通し私の部屋を見張ってくれているじゃないですか。だからそのお礼がしたくて……」

 「それには及びませんよ。あくまでも仕事ですから」

 「お仕事だってことは分かっています。でもお仕事だからって私がお礼をしない理由にはなりません。……ダメ、ですか?」

 「ですが、若い女性が一人暮らしをする部屋に、俺がお邪魔するというのは……それに万一ストーカーが目撃した場合、ストーカーの神経を逆撫ですることにもなりかねません」

 「じゃあ私から鴻上さんの方に行ってもいいですか?」

 「……分かりました。今からお伺いします」


 道人は根負けした。道人が亜恋の部屋を訪ねるか、亜恋が道人の下へやって来るかの二択になれば、亜恋の身の安全のために道人は前者を選ばざるを得ない。


 「じゃあ待ってますね」


 亜恋は声を弾ませて電話を切った。


 「……随分強かになったもんだな」


 道人は亜恋の思わぬ成長に苦笑しつつ、一旦公園に生えている木の陰に隠れる。

 そして木陰で自らの姿を若い女性のものへと変えた。仮にストーカーの目がどこかにあったとしても、亜恋の部屋を訪れたのが同性であれば、ストーカーを刺激する可能性は低いだろうという考えだ。


 変身した道人は亜恋の部屋に向かい、インターフォンを鳴らす。すると扉の向こうから鍵を開く音が聞こえ、亜恋が顔を覗かせた。


 「鴻上さん、ですよね?どうぞ」

 「お邪魔します」

 「ごめんなさい、こんな格好で……」


 亜恋は部屋着姿だった。大きめのサイズを着ているのか、胸元がかなり緩い。

 だが亜恋は恥ずかしそうに頬を染めつつも、胸元を隠すような素振りは見せなかった。


 「……俺は気にしませんが、男性を部屋に招くのにその服装はよくありませんよ」

 「はい、気を付けます……」


 道人が気にしないと言ったのは、嘘や強がりではない。

 プロジェノートである道人には、人間と同じような性欲は存在しない。亜恋の胸元が露出していたところで、道人が抱く感情は妹のような存在への心配だけだ。


 「鴻上さん、晩ご飯食べましたか?」

 「いえ……」

 「じゃあ良かったら食べて行ってください。私の料理がお口に合うかは分かりませんけど……」

 「……阿内さんが作ったんですか?」

 「はい。と言っても簡単なカレーですけど」


 亜恋は一人暮らしをする大学生であるのだから、自炊をしていても全く不自然ではない。

 しかし亜恋が自分で料理をするというのは、道人には衝撃的だった。火を扱うのは危ないからと、台所に入れてもらえない亜恋しか道人は知らないからだ。


 「すぐに温めますから、待っててくださいね」

 「は、はい……」


 亜恋がキッチンで鍋を火にかけ、カレーの匂いが漂って来ても、道人はどこか信じられないような心地だった。

 勧められたクッションに腰を下ろした道人は、手持無沙汰に部屋の中を軽く見渡す。

 引っ越したばかりでまだ物が揃っていないのか、はたまたミニマリストなのか、部屋の内装はシンプルだった。


 「お待たせしました、お口に合うかは分かりませんけど……」


 5分ほど待っていると、亜恋が皿を持ってやってきた。

 道人の目の前に置かれたカレーは、シンプルだが実に美味そうだった。


 「いただきます」


 食事が不要であることを言いそびれてしまったな、と思いつつ、道人はカレーを掬ったスプーンを口へ運ぶ。


 「……美味い」

 「本当ですか?よかったぁ……」


 亜恋は安心したように口元を綻ばせる。

 道人の口の中に広がる味は、美味なだけでなくどこか懐かしさを感じさせた。


 「このカレーのレシピ、お母さんから教えてもらったんです。ほぼ完全に再現できるってお墨付きも貰ったんですよ」

 「ああ、だから……」


 懐かしい味がするんですね、という言葉を道人はギリギリで飲み込んだ。

 言われてみれば確かに、亜恋のカレーは昔阿内家で食べさせてもらったものと同じ味だった。


 「……阿内さんは、料理が上手なんですね」

 「そう言ってもらえてよかったです。ところで……」


 亜恋が道人に窺うような上目遣いを向ける。


 「鴻上さん、さっき電話で私のこと、亜恋って呼びましたよね?」

 「っ、それは……」


 それはかなり致命的な失敗だった。

 あの時道人は亜恋の身に何か起きたのではないと思い、咄嗟に昔の呼び方を出してしまった。

 何故下の名前で呼んだのかと亜恋に追及されれば、道人が上手く言い逃れることは難しい。


 「あの、鴻上さんさえよければなんですけど……」


 しかし亜恋が口にしたのは、追及とは別のことだった。


 「これからは私のこと、亜恋って呼んでくれませんか?」

 「それ、は……」

 「さっきそう呼んでくれたみたいに……ダメですか?」


 亜恋が潤んだ瞳で道人を見つめてくる。

 その表情に道人は、考えるよりも先に頷いてしまいそうになったが……


 「……申し訳ありません。それだけはできません」


 それは道人にとって、越えられない最後の一線だった。

 亜恋を「亜恋」と呼ぶことができるのは「ヒーロのお兄ちゃん」だけだ。今の道人にはその資格がない。


 「……そう、ですか」


 悲し気に顔を伏せる亜恋。

 自分が亜恋にそんな顔をさせているという事実に、道人の胸は締め付けられた。

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次回は明日更新する予定です

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