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Case.4 ストーカー事件 1

 「邪魔するぞ」

 「邪魔するなら帰ってください」


 ドアベルを鳴らしながら現れた氷室を、琴星は即座に追い返そうとした。


 「……随分な歓迎だな、姫宮」

 「歓迎したつもりはありません。何をしに来たんですか、氷室?」

 「そんな態度を取っていいのか?折角事務所に依頼人を連れて来てやったというのに」

 「それを早く言いなさい。道人、氷室にお茶を出して差し上げて」

 「了解」


 上司の変わり身の早さに苦笑しながら、道人は給湯室へと消えていく。


 「それで氷室、依頼人というのは?」

 「ああ」


 氷室が事務所の外へと声を掛ける。

 すると氷室に続いて、1人の女性が事務所の中に姿を現した。


 「こ、こんにちは」


 長い黒髪をハーフアップに纏めたその女性は、可愛らしい顔立ちながら、どこか気弱そうな印象を受けた。


 「この方が近くで道に迷っていてな。行き先を聞いたらここを探していると言うから俺が連れてきたんだ」

 「氷室、あなたやればできるではないですか」

 「……釈然としない物言いだな」


 氷室は顔を顰めた。


 「ようこそ姫宮最強探偵事務所へ。私は所長の姫宮琴星と申します。どうぞこちらへ」

 「は、はいっ」


 琴星に促され、女性は応接用のソファへ腰を下ろす。


 「さて、まずはお名前をお伺いしても?」


 琴星が女性にそう尋ねるのと同時に、人数分の湯飲みを盆に乗せた道人が給湯室から戻ってくる。


 「は、はい。阿内(あない)亜恋(あれん)と申します」

 「っ……!?」


 女性の名前を聞き、女性の姿を一目見た道人は、一瞬息を呑んで硬直した。


 「道人?」

 「……いえ、失礼しました」


 しかし道人はすぐに平静に戻ると、琴星と阿内の目の前に湯飲みを置き、事務所の端に立っている氷室には直接湯飲みを手渡した。


 「それで阿内さん、本日はどのようなご依頼でしょう?」


 琴星が水を向けると、阿内は少し緊張した面持ちで話し始めた。


 「はい……私、この春から時生大学の教育学部に進学して、一人暮らしを始めたんですけど……最近、誰かに付き纏われてるような気がして……」

 「ストーカー、ということですか?」


 琴星の確認に、阿内は少し躊躇いながら頷いた。


 「具体的にはどのような被害が?」

 「その……夜遅くにアパートに帰る途中に、電柱の陰から視線を感じたり……部屋の外から、ドアスコープを覗き込まれてるような気配がしたり……具体的に何かがあった訳ではないんですけど、私怖くて……」

 「……なるほど。警察にご相談は?」

 「一応行ってみたんですけど……具体的な被害が出ていないと、警察が動くのは難しいと言われてしまって……」


 琴星がちらりと氷室に視線を向けると、氷室は少し気まずそうに顔を背けた。


 「それで大学の教務課の人に相談してみたら、この探偵事務所を尋ねてみたら?って教えてくれて……」

 「事務所に足を運んでくださった、と。ありがとうございます」


 琴星は軽く頭を下げた。


 「ではご依頼は、ストーカーの調査ということでよろしいですか?」

 「はい……あの、依頼料ってどれくらいになりますか?」

 「そうですね、調査にかかる日数によって変わりますが……時生大学の学生さんでしたら、学生証を提示していただければ学割が利用できますので、最大で1万円程度に収まるかと」

 「よかった、それなら何とかなります……」


 阿内は両手を胸に当て、安心した様子で息を吐いた。


 「では道人、契約書を」

 「……はい」


 道人が契約書とボールペンを用意し、それらを阿内に手渡す。

 その間、阿内はじっと道人を見つめていた。


 「こことここ、それからここに記入をお願いします」

 「はい、分かりました」


 道人の指示に従い、阿内が必要事項を記入する。


 「それでは明日から調査を始めさせていただきますので」

 「はい、よろしくお願いします」


 阿内は最後に琴星と道人に頭を下げてから、姫宮最強探偵事務所を後にした。


 「さて……道人、あの阿内さんとはどのような関係ですか?」

 「えっ!?」


 阿内が帰るや否や、琴星が道人に鋭い質問を投げかける。


 「あなたは感情を隠すのが下手ですね。あれでは阿内さんと何かあったと喧伝しているようなものですよ」

 「な、何ですか所長、いきなり……」

 「確かに鴻上、あの子の顔を見た瞬間に固まっていたな」

 「氷室さんまで……」

 「それだけあなたがあからさまだったということです。さあ、観念して白状なさい、道人。言っておきますが、私に嘘や誤魔化しは通用しませんよ」


 琴星の七色の瞳が、真っ直ぐに道人を見つめる。


 「……分かりましたよ。別に隠すような話でもありませんし。ただ聞いても面白くないと思いますよ?」

 「構いません、面白さは期待していませんから。私はただあなたのことを知りたいだけです」


 道人は先程まで阿内が座っていた、琴星の対面のソファに腰を下ろす。


 「氷室もいつまでもそんな場所に立っていないで、ここに座ったらどうです?」

 「あ、ああ。だが俺も聞いていい話なのか、鴻上?」

 「いいですよ、さっきも言いましたけど隠すようなことじゃありませんし」


 氷室は多少躊躇いつつも、琴星の隣に腰掛ける。


 「じゃあ少し昔話をしますけど……その前に、氷室さんってどれくらい俺の能力のこと知ってましたっけ?」

 「ん?鴻上が自由に外見を変えられることと、死なないことは一応知っているが」

 「俺が人間じゃないってことは知ってるんでしたっけ?」

 「まあ、何となくはな。だがそれがどうかしたのか?」

 「一応その辺りのことも、昔話に関わってくるので」


 道人は一旦緑茶を飲んで口を湿らせ、それから過去について語り始めた。


 「今でこそ俺は不死身の怪物ですけど、これでも昔は人間だったんです」

 「何、そうなのか?」

 「はい。ただ普通の人間だったかと言うとそうでもなくて。人間だった頃の俺は、身体能力を強化する特殊能力、氷室さんの言葉を借りると特異体質(ハビット)を持っていました」

 「身体能力強化の特異体質か」

 「と言っても大したものではなくて。精々体育の授業で無双できる程度の能力だったんですけど」


 頻繁に合いの手を入れる氷室に対し、琴星はここまで特に反応を示していない。というのも、今のところ道人が語った内容は、琴星は全て把握しているからだ。


 そしてここからが、琴星も知らない道人の過去である。


 「まあ……結論を言うと、あの阿内亜恋っていう子は、俺が人間だった時に近所に住んでた子なんです」

 「幼馴染、ということですか?」

 「歳が8つ離れてましたから、幼馴染というのとは少し違うかと。ただ亜恋の面倒はよく見ていましたね」

 「仲が良かったのですね?」

 「良かったとは思いますよ。俺は亜恋を妹みたいに思っていましたし、亜恋も俺のことを『ヒーロのお兄ちゃん』って呼んで慕ってくれていましたし」

 「ヒーロ……?色の緋色か?」


 氷室が首を傾げると、道人はひらひらと右手を振って否定した。


 「ああいえ、そうじゃないです。本当は『ヒーローのお兄ちゃん』なんですけど、そう呼び始めた時の亜恋がまだ舌足らずだったので、ヒーロのお兄ちゃんになったんです」

 「なるほど、ヒーローのお兄ちゃんか」

 「どうしてヒーローと呼ばれるようになったんですか?」

 「亜恋は何というか、結構危険の絶えない子だったんですよ。凶暴な野良犬に追いかけられたり、居眠り運転の車に撥ねられそうになったり、そういうのが他人より多い子で。で、近所に住んでて身体能力の高い俺が、亜恋を助けることが何回かあったんです。その内に亜恋が俺のことをヒーローだって言い出して」

 「自分が危なくなった時に助けてくれる道人は、阿内さんにとってはヒーローだったという訳ですか。素敵なお話ですね」


 琴星がそう言って頷く一方、氷室は腕を組んで首を傾げた。


 「しかし分からないな。それだけ古くから見知った仲なら、鴻上は何故あの子を見た時にあんなに驚いていたんだ?」

 「ああ、まあ、会うのが数年ぶりだったもので。地元はかなり遠いですから、亜恋が時生大学に進学してくるとも思っていませんでしたし」

 「なるほどな。しかし、あの子の方は鴻上を見ても気付いていないようだったな?」

 「当然ですよ。今の俺は顔も声も名前もまるで別人ですから」


 そう言って道人は寂しそうに笑った。


 「……何か事情があるのか?」

 「端的に言うと、俺がカルトに捕まって化け物に改造されたんです」

 「っ!?そ……それはまた、何というか……」


 あっさりと語られた凄惨な内容に、言葉を失う氷室。


 「俺を攫ったカルトは、『剋死(こくし)教会(きょうかい)』という不老不死の実現を目的とするカルトでした。詳しいことは分かりませんが、俺が身体能力を強化する能力を持っていたせいで目を付けられたみたいです」

 「その……こんなことを聞いていいのかは分からないが……具体的には何をされたんだ?」

 「あまり覚えていないんです。黒い液体を注射されて……気が付いたら俺は、剋死教会が『プロジェノート』と呼ぶ怪物になっていました」

 「プロジェノート……」

 「怪物になったばかりの俺は正気を失っていました。気が付いた時にはその場にいた剋死教会の人間は全員死んでいて、目の前には所長がいました」


 氷室が琴星に視線を向けると、琴星は小さく頷いた。


 「所長はその場の剋死教会の人間を皆殺しにしたのが俺だと教えてくれました。俺に記憶はありませんでしたが、それが真実であることは直感的に理解できました。そして所長は俺に、『これ以上無為に命を奪いたくなければ、私と一緒に来なさい』と言いました。『私が正しい力の使い方を教えてあげます』と」

 「ああ、そんなことも言いましたね」


 琴星が昔を懐かしむような表情を浮かべる。


 「俺はその場で所長についていくことを決めました。俺はもう2度と人を殺したくはありませんでしたし、それに……人を殺したその手で、家族や亜恋に触れたくはありませんでしたから」

 「クソッ……まさかこんなに重い話だったとは……」


 氷室は軽い気持ちで首を突っ込んだことを後悔していた。


 「それでまあ所長について行って、その後なんやかんやあって今に至るって感じです」

 「な、なるほどな……」


 道人が話を終えると、氷室は引き攣った表情で湯飲みの緑茶を一気に飲み干した。

 予想外に重い昔話のせいで、口の中がカラカラになっていたのだ。


 「それで道人、あなたはどうするつもりですか?」


 一方琴星は真剣な表情で道人に尋ねる。


 「どうする、というのは?」

 「阿内さんのことです。かつて妹のように思っていた阿内さんと、意図せずして再会したのですから。正体を明かして再会を喜ぶなり、昔話に花を咲かせるなり……」

 「しませんよ、そんなこと」


 道人は寂しそうに笑いながら首を横に振った。


 「人を殺した時点で、俺には『ヒーロのお兄ちゃん』でいる資格は無い。だから所長と初めて会ったあの日に、俺は2度と亜恋に会わないことを決めたんです。亜恋も俺には全く気付いていない様子でしたし、自分から亜恋に正体を明かすようなことは絶対にしません」

 「道人……」

 「ただ、亜恋に付き纏っているストーカーは別です」


 道人の表情が一気に剣呑なものになる。


 「もし本当に亜恋のストーカーがいるんだったら……俺も冷静ではいられないかもしれません」

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次回は明日更新する予定です

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