Case.3 ティラノサウルス頭骨化石盗難事件 3
「ここは……倉庫か?」
そこはかなり広い室内で、内装から道人は倉庫のような印象を受けた。
ただ貨物らしきものは一切見当たらないので、少なくともここが倉庫として利用されていないことは確かだ。
背後を振り返ると、壁には博物館にあったものと同じ、縦長の六角形の捷路があった。
そして空間の中央には、ティラノサウルスの頭骨化石が安置されていた。状況から考えて、まず間違いなく大恐竜博から盗み出されたものだ。
頭骨化石が安置されている床には、頭骨化石より二回りほど大きな、不思議な円形の紋様が描かれている。そして紋様の傍らに、座り込んで何らかの作業をしている、50代ほどの男性の姿があった。
男性は作業に集中しており、道人の存在に気付く様子はない。
道人は音をたてないように注意しつつスマートフォンを取り出し、琴星に電話を掛ける。
すると直後に道人の背後の捷路から、まずは琴星が、続いて氷室が姿を現した。
「鴻上……むぐっ!?」
氷室が何かを言おうとしたので、道人は素早く左手で氷室の口を塞ぐ。
そして右手の人差し指を自分の口に当てて静粛を促し、それから作業中の男性を指し示した。
男性の姿を一目見て、氷室は両目を見開いた。
「知っている相手ですか?」
琴星が囁き声で氷室に尋ねる。
「時生大学理学部教授、大原吉洋。古生物学者で、大恐竜博の関係者の1人だ」
道人に口を解放された氷室がそう囁き返した。
「アドバイザーとして積極的に何度も大恐竜博の会場に足を運んでいたことから、捜査線上にも浮上していた男だ。そうか、奴が犯人だったのか……」
大原の下へ向かおうとした氷室を、琴星が肩に手を掛けて制した。
「何だ姫宮?」
「彼は魔術師です、どのような自衛手段を有しているか分かりません。身柄の確保は私と道人に任せてください」
「うっ、そ、そうか」
氷室は琴星や道人と違い、特殊な能力を持たないただの人間だ。
大原が魔術によって抵抗してきた場合、氷室はあっさり命を奪われかねない。
氷室は少し怯えた様子で琴星の背後に回り、琴星が大原に向かって1歩進み出る。
「大原吉洋ですね?」
琴星がよく通る声で呼ばわると、大原はようやく3人の方を振り返った。
「……おや、これは失礼した。私としたことが、来客に気付かずにいたとは」
大原は3人の存在に気付いても動揺を見せることなく、大学教授らしい落ち着いた口調で対応する。
「さて、どちら様かな?ああ、いや、そこの背の高い彼は警察官だったか」
大原に指を差され、氷室は僅かにたじろいだ。
「警察の人間がここに来たということは、遂に私の犯行が明らかになったということか」
「あら。ということは、あなたが頭骨化石盗難事件の犯人であると、お認めになるのですね?」
「この場所を突き止められ、ここにある頭骨化石を目撃されたのだ。最早認めるも何もあるまい」
大原はあっさりと罪を認める。その態度には犯罪を暴かれた焦燥などは見受けられず、実に堂々としたものだった。
「君達もここに来たということは、私の犯行の手口は大凡見当がついているのだろう」
「ええ。あなたが捷路の魔術を用いて頭骨化石を盗み出したことは分かっています。ですが捷路をそのまま残しておいたのは失策でしたね。こうして私達に捷路を利用され、拠点を突き止められてしまった」
「やむを得ないことだ。私には捷路の撤去に割くことのできる時間が無かった」
「ところでここがどこだか教えていただいても?」
「ここは時生港の近くにある、私が所有する倉庫だ。倉庫街の内の1つ、と言えば分かりやすいか」
時生港はその名の通り時生市に存在する港湾で、倉庫街というのは港の近くに存在する、大きな倉庫がいくつも並んだエリアだ。
「博物館から倉庫街とは……随分移動してきたものだな」
氷室が小さく呟く。
倉庫街は海の近くにあるだけあって、時生市の中では端の方に位置している。街のほぼ中心に位置している博物館からはかなりの距離だ。
それだけの距離を捷路によって一瞬で移動できたという事実に、道人と氷室は改めて驚いた。
「それにしても、魔術を用いた私の犯行を解き明かすとは。君は一体何者だ?」
「姫宮琴星。探偵です」
「姫宮……どこかで聞いたことがある名前だな」
「時生大学の近くに姫宮最強探偵事務所という事務所を構えておりますので、その看板をご覧になったことがあるのでは?」
「いや、そんな小学生が命名したような事務所は聞いたことが無いな」
大原が首を横に振り、事務所の名前を「小学生が命名したよう」と言われた琴星は肩を落とした。
「……ああ、思い出した。私に魔導書を売った商人がその名を口にしていた。この街で魔術を扱うのなら、決して『万象の魔術師』だけは相手取るなとな」
「なっ……」
「君がその万象の魔術師ということか?」
「……いいえ、人違いではないですか?」
琴星は大原から視線を逸らしながら首を横に振った。
「そうか?だが魔術に精通した姫宮琴星という人間が、そう何人もいるとは思えんが……」
「そ、そんなことより!」
大原の言葉を遮るために、琴星はらしくない大声を張り上げた。
「何故あなたは魔術に手を出してまで、ティラノサウルスの頭骨化石を盗み出したのですか?私にはあなたの動機が分かりません」
「……そうだな。この場所を突き止めた君達に敬意を表して、私の目的を話そう」
そう言って大原は、犯行に及んだ動機を語り始めた。
「君達は、恐竜の復元図を目にしたことがあるか?」
「えっ?ええ、ありますが……」
「では復元図に描かれる恐竜の姿が、時代と共に大きく変遷してきたことは知っているか?」
「まあ、何となくは」
化石などを手掛かりに、恐竜の姿を推測して描かれた復元図。
その復元図は、研究で新たな事実が明らかになる度に変化する。数十年前と現在とでは、復元図に描かれた恐竜の姿は別物と言っても過言ではない。
「我々現代に生きる人間は、どれだけ研究を重ねようと、決して恐竜の真実の姿を知る事は叶わない。我々にできることは、化石などの現代に残された手掛かりを研究し、可能な限り精巧な『想像』をすることだけだ。しかしどれだけ精巧な恐竜の姿を思い描いたとしても、その想像が正しいものかを確かめることすら、我々には許されていないのだ」
「……確かに。恐竜の真実の姿を知るには、恐竜が生きていた時代にまで時を遡る他無いでしょう」
「どれだけ古代に思いを馳せようと、どれだけ恐竜の真実に焦がれようと……我々が、私が、望む真実を手に入れることは有り得ない。こんな……こんな残酷なことがあるか!?」
大原が体を震わせる。眼鏡の向こうの両目は充血し、大原の内に秘められた激情が窺えた。
「だから私は考えた。恐竜の真実にこの手が届かないのであれば、恐竜の理想をこの手で作り出せばいい。私が思い描く理想の恐竜を自らの手で生み出し、私の理想を真実としてしまえばいい、とな」
大原の瞳に狂気の光が宿る。
「私は私の新たな夢を実現するために、あらゆる手段を模索した。理想の恐竜を作り出すことなど、尋常な手段では不可能だ。故に私が求めたのは生物学的な知識ではなく、魔術を始めとする超自然的な技術だ」
「……驚きました。理学部の教授職に就いていらっしゃる方が、科学ではなくオカルトを恃みとするとは」
「科学などとうに見限った。科学を恃みとしたところで、行きつく先は絶望だけだ」
常軌を逸した恐竜への執着と、現代の科学技術の限界。その2つが大原を狂気へと誘ったのだ。
「私が超自然的な手段を模索し始めてから、数年が経った頃。1人の男が私に接触してきた。常に薄ら笑いを張り付けた胡散臭いその男は、自らを『金合歓書房』の使いと称し、私に取引を持ち掛けた」
「金合歓書房か……」
その名前を聞いて氷室は顔を顰めた。
金合歓書房は、いわゆる秘密結社と呼ばれるような組織の1つだ。
金合歓書房の主な活動は書籍の売買。金合歓書房は古今東西あらゆる書籍を取り揃えており、顧客の望む書籍を必ず提供すると言われている。
それだけ聞くと何の問題も無いどころか、非常に素晴らしい組織のように思える。だが金合歓書房の問題点は、正真正銘あらゆる書籍を顧客に提供してしまう点だ。
金合歓書房の取り扱う書籍は現在流通に乗っているものに限らず、絶版本や発禁本、更には魔導書や異常なカルトの聖典といった代物にまで及ぶ。
そして金合歓書房によって提供された魔導書は、時として異常犯罪に役立てられてしまう。金合歓書房が扱う書籍は全て「本物」である上に、彼らは客を選ばないからだ。
危険な思想を持つ者に魔導書という「手段」を与える金合歓書房は、例えるなら銃の密売組織のようなものだ。
氷室が金合歓書房の名前を聞いただけで顔を顰めるのも無理はない。
「金合歓書房ということは、魔導書でも売りつけられたのですか?」
「鋭いな。金合歓書房の男は、何故か私の目的を知っていた。そして私の目的の役に立つと言って、『死者の書』という古びた本の購入を勧めてきた」
「それで、取引に応じたのですね?」
「私は私の夢の実現に少しでも役立つ可能性のあるものは、それが何であれ必ず蒐集した。男が提示した金額は決して安くは無かったが、幸い金なら余らせていた」
大原のその発言を聞き、道人と氷室は互いに顔を見合わせた。
「やっぱり大学教授は金持ってるんですね……」
「あの台詞、俺も1度は言ってみたいものだな」
「そこ、無駄口を叩かないでください」
琴星の叱責に、2人は慌てて口を噤む。
「男から購入した『死者の書』は、いわゆるネクロマンシーについて記載された本だった。初めは私も疑ったが、記載されていた最も簡単な降霊術を試したところ、短時間だが死者との交信に成功した。私は死者の書が本物の魔導書であることを確信すると同時に、死者の書が私の夢の実現に大いに役立つと考えた」
「ネクロマンシーによって、恐竜を蘇らせようとしたのですね?」
「厳密には少し違う。私の理想の恐竜を作り出すために、ネクロマンシーの技術が応用できることを突き止めたのだ」
それまで無表情だった大原が、初めて狂気的な笑みを浮かべた。
「死者の書によって、私は遂に理想の恐竜を作り出すための理論を完成させた。だがそれを実行に移すには、どうしてもティラノサウルスの頭骨化石が必要だった。その入手手段について金合歓書房の男に相談したところ、『旅人篇帙』という魔導書を勧められた」
「『旅人篇帙』……」
「その魔導書には、いくつかの遠距離輸送に関する魔術が記載されていた。私はその内の1つである捷路の魔術に目を付け、これを用いて大恐竜博から頭骨化石を盗み出すことを考えた。後は君達も知っている通りだ」
大原は魔術を用いた頭骨化石の窃盗計画を立て、実際にそれを成功させた。
「あなたの事情は理解しました。その上で一応勧告しますが、投降して大人しく頭骨化石を返還する気はありませんか?今ならまだ自首扱いにできると思いますよ」
琴星の勧告を、大原は一笑に付した。
「ようやく恐竜の理想に手を掛けることができたのだ、今更踏み止まる理由がどこにある。それに……最早返還は不可能だ。儀式は既に完遂された」
大原が笑い、同時に地面に描かれた紋様が紫色の光を放ち始めた。
「やけに悠長に私とお喋りしてくれると思っていましたが、やはり全て終わっていたのですね」
「ああ。折角だ、君達も見届けるといい。理想の恐竜が現代に生み落とされるその瞬間を!」
地面の紋様から、ドロリとした重油のようなものが溢れ出す。
重油は紋様の上に置かれたティラノサウルスの頭骨化石を飲み込み、まるで粘土細工のようにその形を変化させていく。
程なくして重油は全長約15mほどの、ティラノサウルスの復元図によく似た姿を形作った。
「はーっはっは!!はーっはっはっは!!」
典型的な悪役のように高笑いを上げる大原。
ティラノサウルスに似た形状となった重油は、その質感を生物的なものへと変化させた。ドロリとした黒い粘液のようだった表面が、爬虫類的なザラザラとした紫黒色の鱗に覆われる。
大きく裂けた口内には巨大な牙が生え揃い、体躯に対して短い両腕の先には金属質な爪が備わる。更に背骨に沿うようにして、燃え盛る炎の様な形状の背鰭が出現した。
そして最後に、爬虫類らしい縦長の瞳孔に、明確な生命の光が宿る。
「ギャオオオオオッ!!」
怪獣映画さながらのその咆哮は、現代に新たに生み落とされた恐竜の産声に違いない。
「はーっはっはっは!!さあ、その目に刻むがいい!これこそが我が理想の体現にして、現代における唯一絶対の真実の恐竜、イデアリス・レックスだ!!」
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