Case.3 ティラノサウルス頭骨化石盗難事件 2
時生市立博物館は入口が固く閉ざされ、臨時休業のお知らせが張り出されている。
「あまり警察の数は多くないんですね?」
辺りを見渡し、道人が氷室に尋ねる。
ティラノサウルスの頭骨化石の盗難という大事件があった割に、博物館の周囲に刑事らしき人間はほとんど見当たらなかった。
「一通り捜査は終わっているからな。だからこそ俺もお前達を連れて来れるんだ」
氷室は琴星と道人を先導し、博物館の職員通用口に移動する。
職員通用口には制服姿の警察官が立っていた。氷室が軽く手を上げると、その警察官は敬礼をしながら扉を開いた。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
「お疲れ様です」
氷室の後に続く琴星と道人も警察官に見咎められることは無く、3人はあっさりと博物館への侵入を果たした。
「……なんか俺と所長、全然怪しまれませんでしたね」
「俺と一緒だったからな。堂々としていれば向こうが勝手にお前達も警察関係者だと思ってくれる」
「そういうものかもしれませんけど、警察官がそれでいいんですか……?」
「いい訳無いだろう、当たり前のことを聞くな鴻上」
開き直る氷室に、道人は呆れて物も言えなかった。
「ここが事件現場となった大恐竜博の会場だ。ティラノサウルスの展示スペースは最奥にある」
「1番奥なんですね?」
「やはりティラノサウルスは花形だからな。最後まで取っておかれるんだ」
展示室の構造を把握している氷室の案内で3人は大恐竜博の中を進んでいく。
見物客はおらず、学芸員もおらず、警察関係者もいないが、展示されている恐竜の化石はそこにある。
図らずして大恐竜博は、3人の貸し切り状態だった。
「何だか少し得をした気分ですね」
琴星は笑みを浮かべながら、展示されている恐竜や古代の生物の化石に目を向けている。
「何だ姫宮、化石が好きなのか?」
「ええ。何億という長い時を経て尚この世に形を残しているだなんて、素晴らしいことではないですか」
「姫宮は古代に浪漫を感じるタイプか。俺も恐竜の化石は好きだぞ、カッコいいからな」
「あなたは相変わらず価値観が小学生ですね、氷室……」
化石を眺める時とは一変、琴星は氷室に呆れたような視線を向けた。
「見えてきたぞ、あれが例のティラノサウルスだ」
琴星の視線から逃れるように、氷室が前方を指差す。
そこには監視カメラの映像で見たものと同じ、頭骨をもがれたティラノサウルスの全身骨格化石があった。
「警察はこの展示室を隈なく調べたが、犯人の手掛かりを示すような痕跡は何ひとつ発見できなかった。だがお前達の視点であれば、また違ったものが見つかるかもしれない。頼んだぞ」
「……引き受けたからには最善は尽くしますが、あまり期待しないでくださいね?」
充分に予防線を張ってから、琴星は展示室の中を検分し始めた。
一方の道人は、氷室の隣から動かない。
「……鴻上、お前は行かないのか?」
「氷室さんも知ってるでしょう。俺はこの手の調査には全く向いてないんです」
「ああ、そうだったか」
極めて優れた身体能力と驚異的な身体能力、そしてあらゆる損傷を即座に回復する不死性を持つ道人。
それらの能力は探偵稼業において役立つ場面も多いが、逆にこれらの能力を生かすことのできない場面では、道人は途端にできることが無くなってしまう。
そして異常犯罪の痕跡を見つけることに道人の能力は生かせないため、今回道人は完全にお荷物だ。
「氷室さん。警察の方はどういう捜査方針なんですか?」
やれることが無い道人は、同じく手持無沙汰な氷室に声を掛けた。
「警察が異常犯罪には手を出せないからって、何もしてない訳ではないでしょう?」
「当然だ。警察は今、犯人の所持品から正体を突き止めようと捜査している。犯人はかなり特徴的な仮面を着けていたからな、あの仮面の入手経路が明らかになれば、犯人の核心に迫れる……とは、思うんだが……」
「その様子だと、あまり上手くいってないんですか?」
「犯人が着けていた仮面と同じものが見つからなくてな……」
「犯人が自作した、とか?」
「その可能性も浮上している。そうだとしたら所持品から犯人を特定するのはほぼ不可能だな。そもそも犯人の手掛かりが、あの監視カメラの映像しかないんだ。あれだけではどうにも……」
氷室が右手で眉間を揉んだ。その仕草から警察の苦労が窺える。
「氷室、少しいいですか?」
道人と氷室の雑談が途切れたタイミングで、少し離れた壁の近くから琴星が声を掛けた。
「どうした、姫宮?」
「私達が見せてもらった映像は、あの監視カメラが撮影したもので合っていますか?」
琴星が展示室の天井の端にある監視カメラを指差す。
「ああ、その通りだ」
「映像では、今私が立っているこの壁際は死角になっていましたよね?」
琴星の質問に、氷室は少し考え込んでから頷いた。
「ああ、その辺りは映像に映っていなかった」
「では、あちらの監視カメラはどうですか?」
琴星が最初に指差したものとはまた別の、少し離れた天井に設置された監視カメラを指し示す。
「あちらの監視カメラには、この壁際は映っていますか?」
「……いや、映っていないな。姫宮がいるその辺りは、監視カメラからは完全に死角になっているはずだ」
「では、犯人がここで何をしていたとしても、監視カメラの記録には残らないということですね?」
「ああ、当然そういうことになるが……」
氷室の回答に琴星は小さく頷く。
「それがどうかしたのか?姫宮、もしかして何か分かったのか?」
「氷室、あなたの言う異常犯罪に用いられる特殊な能力は、大別して3種類に分類することができます。そのことは知っていますね?」
「何だ急に……当然知っている。特異体質、特異生態、特異技能の3種類だろう?」
「ですからそうやって漢字に片仮名でルビを振るタイプの名称を勝手に作るのは止めなさい。口頭ではただの英単語にしか聞こえません。……ですがまあ、その通りです」
琴星は苦言を呈しながらも、渋々といった様子で首肯した。
「あなた達に今更説明する必要はないとは思いますが……」
特異体質は言うなれば、個体に由来する特殊な能力。一般的な語彙では「超能力」というのが最も近い。
特異体質の例を挙げるとすれば、以前琴星と道人が解決した「見えざる痴漢事件」の犯人だ。
「右腕を切り離して遠隔操作する」という能力は彼にしか使うことのできない唯一無二の能力で、まさしく特異体質に該当する。
それに対し特異生態は、言わば種族に由来する特殊な能力。
その特殊な能力が全ての同族に備わっているものであれば、それは特異生態に該当する。
例を挙げるとすれば、先日の「連続空き家放火事件」で道人が戦った炎の司教だ。炎の司教という種族はその全ての個体が、炎を操る特異生態を有している。
そして特異技能というのは、技術に由来する特殊な能力。
特異体質や特異生態のように生まれ持った能力ではなく、後天的に獲得した知識によって超自然的な現象を引き起こす能力を指す。
ただ特異技能に関しては、本来氷室が妙な造語を考案する必要はなく、より広く知られた名称が存在する。
知識によって超常的な現象を引き起こす能力。それは古より「魔術」と呼ばれている。
「全ての異常犯罪は、この3つのいずれかを用いて行われています。そして……それが魔術を用いて行われたのであれば、私はそれを必ず識ることができる」
琴星は腕を伸ばし、監視カメラの死角となる壁にそっと触れる。
「氷室、今回のあなたは幸運です」
そして琴星が意味深長なことを呟くと同時、何の変哲もなかったはずのその壁に、高さ2mほどの縦長の六角形の模様が出現した。
「なっ、何だそれは!?」
淡く銀色の光を放つその模様に、氷室が上擦った声を上げる。
道人も驚きで目を丸くしていた。
「これは『捷路』と呼ばれるものです。簡単に言えば、魔術で設置したワープゲートのようなものでしょうか。異なる2点間に捷路を設置することで、2つの捷路の間を一瞬で移動することが可能となります」
「ワープゲート……ということはまさか」
「ええ。この捷路こそが、犯人が監視カメラに姿を映すことなく博物館から消失したトリックです。犯人は予め監視カメラの死角に設置したこの捷路を用いて、ティラノサウルスの頭骨化石を担いだまま、悠々と博物館を脱出したのでしょう」
「だが警察が調べた時には、そんなものは見つからなかったぞ!?」
「魔術によって設置されたものですから。魔術の知識が無ければ見つけることはできません」
そこまで言ったところで、琴星が得意気な表情で道人と氷室を振り返る。
「ですが見つからないからといって、捷路を残しておいたのは犯人の失策ですね。これでは見つけてくれと言っているようなものです。まあ、仮に撤去されていたとしても、私は気付いていたでしょうが」
「おお……流石だな姫宮!」
氷室の称賛に、琴星は鼻を高くする。
「流石、『万象の魔術師』ですね!」
「やめてください昔の渾名を持ち出すのは!」
しかし続く道人の称賛で琴星の頬が一気に赤く染まった。
「しかし姫宮、その捷路は予め設置したものと言ったな?」
「ええ」
「つまり犯人は犯行前に1度、この場所に足を運んでいるということだな?」
「足を運んだのは1度や2度ではないでしょう。捷路の設置には恐ろしく手間がかかりますから。犯人はこの展示室で、かなり入念な下準備をしていたはずです」
「それをしていても不自然に思われない人物……犯人は博物館の関係者か!」
「というより、大恐竜博の関係者と言う方が正しいでしょう。確か開催に当たって外部から招聘された人員もいたはずです。まあ、いずれにせよ……」
まだ頬の赤みが引いていない琴星だが、ニヤリと悪戯っぽく笑顔を浮かべる。
「犯人の正体は、この捷路を通ってみれば自ずと明らかになることです」
「何、通れるのか!?」
「ええ。そして犯人はこの捷路を使ってティラノサウルスの頭骨化石を運び出した訳ですから、この先は犯人の拠点に繋がっていると考えるのが自然でしょう」
捷路の先に犯人がいれば儲けもの。いなかったとしても拠点を明らかにすることができる。
どちらにしても大きな成果だ。
「よし、ならば早速向かうとしよう」
「待ってください!」
犯人逮捕に逸る氷室に、道人が待ったをかけた。
「所長、これが犯人の罠という可能性はありませんか?」
「罠、ですか?」
「例えば敢えて捷路を残して、通ってきた相手を待ち伏せている……とか」
「確かにこの捷路を通った先に何らかの罠が仕掛けられている可能性はありますが……私とあなたがいれば、相手の策を正面から叩き潰すことも難しくないでしょう。ですがどうしても心配だというのであれば、あなたが露払いをしてくれても構いませんよ?」
「なら、そうさせてもらいます」
罠の可能性を考慮するなら、何があっても死なない道人が先陣を切るのが最も安全だ。
「向こう側の安全が確認できたら、所長のスマホに電話を掛けます。所長と氷室さんは俺からの着信があるまで、捷路を通らないでください」
「ええ」
「分かった」
「もし5分待っても着信が無かった場合は、突入を中止してください」
いくつかの約束事を取り決め、道人は淡く光る捷路と向かい合う。
「それじゃあ、行ってきます」
「気を付けろよ、鴻上」
氷室の忠告に頷き返し、道人は捷路に足を踏み出す。
道人の右足は、壁面にぶつかることなく銀色の模様をすり抜けた。
「何だか不思議な感覚ですね……」
道人は自分の足が壁を貫通していることに戸惑いつつ、更に体を前へと進める。
そして全身が捷路を通過するのと同時に、道人の視界は大きく開けた。
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