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砂漠の皇子の思い

「カイゼル、夕食が届きましたよ」

「ありがとうございます。ですが……肩が痛みますので、食べさせてもらえませんか?」

「え?」

 ベッドのサイドテーブルに、食事の乗ったお盆を置いた私は戸惑いながらカイゼルを見る。

 しかしカイゼルはにこにこといい笑顔で私のことを見てきた。

「お願いできますか?」

「う~わかりました」

 仕方ないと諦めスープの入った皿を手に持つと、ベッドの脇に座る。

「はい、あ~ん」

 カイゼルの口元にスープをすくったスプーンを持っていく。するとカイゼルは口をうっすらと開けてスープを飲んでくれた。

「美味しいです」

 スプーンから口を離すと、嬉しそうな笑みを向けてきた。その表情にドキドキしながらも、顔に出さないように気をつけさらにスープをすくう。

「それはよかったです。さあ沢山食べて早く良くなってくださいね」

「セシリアが食べさせてくれるので、すぐに良くなりますよ。それよりも、もっと近くに来てください」

 そういうとカイゼルが、私の腰に手を回してぐいっと引き寄せられてしまった。

「ちょっ、危ないですよ!」

 私は慌ててスプーンを皿の中に戻し、こぼれないように両手で必死に支える。

 そしてじろりとカイゼルを睨みつけた。

「肩が痛いのは嘘ですよね? だってその肩の方で私を引き寄せたのですから」

「ふふ、バレてしまいましたか」

「わかりますよ! もう痛くないのでしたら、ご自分で食べてください!」

 私はムッとした顔で、カイゼルの方に皿を押しつける。すると参った言わんばかりに両手を上げて私を離してくれた。

「ごめんなさい。セシリアの反応が見てみたかったものですから。お願いですから食べさせてください」

「も~怪我人はおとなしく看病されていてください!」

「ふふ、はい」

 クスクスと笑いながらカイゼルは元の体勢に戻ってくれたので、私は小さくため息を吐き今度は別の皿から煮込まれた肉をスプーンですくう。

「今度はちゃんと食べてくださいよ」

「わかりました」

 そうしてスプーンをカイゼルに近づけていた時、別の方から手が伸びてきて手首を掴まれる。

「え?」

 驚いていると、スプーンを持ったままの手を引かれぱくりと乗っていた肉を食べられてしまった。

「うん、確かにセシリアから食べると格別に美味いな」

「アルフェルド皇子!?」

 口に付いたソースをぺろりと舐めとり、妖艶に笑うアルフェルド皇子が側で立っていた。

「それは私の食事だと思うのですが?」

「一口ぐらいいいだろう? 私だってセシリアに、食べさせてもらいたいのだから」

「それは私の特権です」

「独り占めはよくないな~」

「ちょ、ちょっと二人共!」

 皿をサイドテーブルに置き、両手を横に広げて二人を止める。そしてアルフェルド皇子に呆れた視線を向けた。

「アルフェルド皇子、わざわざからかいに来たのですか?」

「いや様子を見に来たら、二人が楽しそうにしていたからね。私もまぜてもらおうかと思って」

「まぜてって……」

「なんだったら別室で、私と二人だけでも構わないよ?」

「はぁ~やりませんよ」

「それは残念」

 そう言いながらもアルフェルド皇子は全く残念そうな様子はなく、むしろ楽しそうに笑っている。

 しかしそんなアルフェルド皇子を見て、何か違和感を感じた。

(なんだろう? いつもと変わらない様子だけど……何かを押し殺しているような……)

 ただ確信が持てないため、アルフェルド皇子に聞くことができなかった。

「アルフェルド、あれからどうなったのです?」

「そうだな。容態も落ち着いてきたようだし、カイゼルにはちゃんと説明をしないとな」

 アルフェルド皇子はそう言うと、近くにあった椅子に座る。

 私も一旦カイゼルの食事を中断して、別の椅子に座り直した。

「あの後、ダーギルも含めた宮殿内の賊も全員捕らえて今は牢屋に入れてある。今は各地に散っている残党を、ビクトル達と協力して捕らえているところだ。だがそれもあと数日で終わるだろう」

「そうなのですか……それでダーギル達の処罰はどのようにするつもりなのですか?」

 カイゼルの言葉に、一瞬アルフェルド皇子の表情が曇る。だけどすぐに戻って普通に話し始めた。

「父上から今回の件に関して全てを任されている。まあ、宮殿を襲撃して父上に怪我を負わせたんだ。重い処罰は免れないさ」

「……」

 なんてことのないように話すアルフェルド皇子を、カイゼルはじっと見つめた。

「なんだカイゼル? 私に見惚れでもしているのか? すまないが男は対象外なんだ」

「アルフェルド……」

「さて食事の邪魔をしてすまなかった。私はこれでも忙しい身でね。やることがあるから行くよ。セシリア、今度は私にも食べさせてくれよ」

 私にウインクをしてさっさと部屋から出ていってしまった。

「セシリア……アルフェルドを追ってもらえますか?」

「やっぱりカイゼルも気づいていましたか」

「ええ。お願いできますか?」

「わかりました。私に何ができるかはわかりませんが、お話してきますね」

「お願いします」

 カイゼルに頷くと、私は急いで部屋から出てアルフェルド皇子を追いかけた。













「はぁはぁ、ようやく見つけた……」

 すぐに追いつくと思っていたのだが、思いの外アルフェルド皇子の足が早く色々探し回って中庭でその姿を見つけることができた。

 私は息を整えてから、夜空に浮かぶ月を一人でじっと見つめているアルフェルド皇子に近づく。

「アルフェルド皇子」

「っ……セシリア!?」

 驚いた表情でこちらを振り返ってきた。

「どうしてここに? カイゼルはいいのか?」

「アルフェルド皇子とお話がしたかったからです」

「私と?」

「はい」

「セシリアのお誘いはすごく嬉しいよ。それで話しというのはなんだい?」

 いつもの妖艶な微笑みを浮かべているが、それがうわべだけだと今ならよくわかる。

(やっぱり自分の気持ちを押し殺してる)

 私は意を決して口を開いた。

「他国のそれもたかが公爵令嬢の私が言うことではないとわかっていますが……アルフェルド皇子、ダーギルの処罰で悩んでいますよね?」

「っ!」

「皇子としてさらには未来の皇としては、ダーギルには厳しい処罰を与えないといけないですものね。でも本心は……」

「……はぁ~見透かされていたか。もしかしてカイゼルも?」

「アルフェルド皇子を追うようにお願いされました」

「そうか……ええ、貴女の言う通り迷っている。本来なら私情を挟まず、厳正に処罰を決めなければいけないのはわかっている。だけど……もし私の祖父が皇位を奪っていなければ、こんなことは起こらなかったのではないかと考えてしまうんだ」

「……」

 アルフェルド皇子は、辛そうな表情で月を見上げる。

「それか逆に私がダーギルの立場になっていたかもと。ふっ、こんなことを考えていては駄目だな。ここはモルバラド帝国、欲しいものは奪ってでも手に入れろ。奪われたのなら奪い返せの国だ。そしてダーギルはそれを実行しようとした。しかし結果は失敗したんだ。その代償を受けるのが当然なんだろうな」

「でしたらアルフェルド皇子が変えてみせればいいのではないですか?」

「え?」

 私の言葉を聞いて、驚いた表情でこちらを見てきた。

「アルフェルド皇子が奪い奪われという国民性に疑問を持たれたのであれば、その考えを変えていく行動を起こせばいいのです。だって貴方は皇族であり、ゆくゆくはこの国の皇となられる方なのですから。時間はかかるかもしれませんが、アルフェルド皇子ならきっと出来ますよ。私はそう信じています」

「セシリア……」

「微力ながら私に出来ることがあればお手伝いします。きっとカイゼルも、それに国にいる皆さんも助けてくださいますよ」

 にっこりと微笑んでみせる。

「貴女という人は……ふふ、セシリアが言うのであれば本当に出来そうな気がしてきました」

 晴れ晴れとした顔で笑みを向けてきてくれた。

 その様子を見てホッと胸を撫で下ろす。するとアルフェルド皇子が近づいてきて、私の手を取り片膝をついて見上げてきた。

「アルフェルド皇子?」

「セシリア、改めて貴女に乞い願う。愛している。どうか私の妃になって一生側にいて欲しい」

「それは……」

 真剣な表情で私を見つめてくるアルフェルド皇子に、言葉を詰まらせてしまう。

(本当にアルフェルド皇子は、私のことを想ってくれているんだ。だけど私は……)

 その時、ふっとカイゼルの顔が頭をよぎった。

(な、なんでカイゼルの顔が!? ……ああそっか、さっきまで一緒にいたから思い出しただけか。だって私には、好きという感情がいまいちよくわからないから。だけどここまで真剣に告白されたのだから、私もちゃんと答えないと)

 私は目をつむりアルフェルド皇子との未来を想像してみた。そしてゆっくりと目を開けてアルフェルド皇子に告げる。

「アルフェルド皇子、貴方の気持ちはとても嬉しいです。ですがやはり貴方の妃になることは出来ません。友人として貴方のことは好きですが、妃として愛し支え合うことが出来るとは到底思えなかったからです。ごめんなさい」

「セシリア……わかった。答えてくれてありがとう。これで私の気持ちにも踏ん切りがついたよ」

 アルフェルド皇子は立ち上がり、少し悲しそうにしながらも笑みを浮かべた。

「アルフェルド皇子……」

「そんな辛そうな顔をしないで。私は貴女の笑顔が一番好きなのだから。だけど最後に……」

「え? アルフェルド皇子?」

 急に手を引かれアルフェルド皇子に抱きしめられてしまう。

「少しだけこうさせて欲しい」

「……」

 その申し出を断ることは出来ずしばらく月の光に照らされながら、アルフェルド皇子の体温を感じ続けていたのだった。

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