奪還
皇の間で不機嫌そうに座っていたダーギルに、一人の兵士が慌てた様子で報告にやってきた。
「ダーギル様! 宮殿前に大勢の兵士が!」
「ちっ、やはりきたか」
するとその後ろからローブを羽織った兵士が部屋に入ってきた。その姿を見てダーギルは勢いよく立ち上がる。
「ロキ! 見つかったのか!?」
「いえ、申し訳ありません。全くそれらしい痕跡も見つからず、おそらくはもう……」
「そんな報告が聞きたいんじゃない! もう一度探してこい!」
「しかし今は敵が……」
「そんなの俺がどうにかする! いいからお前はすぐに行け!」
「わかりました。ですがダーギル様、どうかお気をつけください」
「ふん、俺が負けるわけないだろう」
自信満々に笑ったダーギルを見て、ロキと呼ばれた兵士は一礼すると部屋から出ていった。
「さて、お前はすぐに他の奴らに知らせろ。武器を持って集まれと」
「わかりました!」
最初に報告に来た兵士は、ダーギルの指示を聞き急いで出ていく。その後ろ姿を見つめながらダーギルは呟いた。
「皇は俺だ。お前には絶対渡さないぞ、アルフェルド」
◆◆◆◆◆
宮殿前に大勢の兵士が隊列を組んで待機している。
その先頭には馬にまたがり前を見据えているアルフェルド皇子がいた。
すると宮殿の中からこちらも大勢の兵士を引き連れたダーギルが現れる。
「ようアルフェルド、懲りずにまたやって来たのか?」
「まあな。でもこれが最後だが」
「ああ、確かに最後になるだろうな」
お互い顔を見合わせてニヤリと笑う。
「そもそも兵の数がほぼ互角なこの状況で、平和ボケしているそっちの兵と戦場に慣れた俺の兵では勝敗は目に見えていると思わないか?」
「ふっ、それは本当に互角だった場合だろう?」
「……何が言いたい?」
不適な笑みを浮かべるアルフェルド皇子を見て、ダーギルが眉間にシワを寄せる。
アルフェルド皇子はそんなダーギルを見ながら右手をゆっくりとあげると、突然隊列が割れその間から別の隊が後方から前進してきた。
その先頭には馬に乗ったカイゼルと、一歩下がってこちらも馬に乗っているビクトルがいた。
そしてカイゼルはアルフェルド皇子の隣に並び、ビクトルはその後ろで待機すると後ろの兵士達も揃って止まる。それと同時にアルフェルド皇子は腕をおろした。
「お前は?」
カイゼルを見てダーギルは怪訝な表情を浮かべる。しかしダーギルの後ろで控えていた兵士の中で、何人かがカイゼルの顔を見てざわついた。おそらくカイゼルを町で見かけた者か、宮殿に忍び込んでいた時に会っていた者だろう。
カイゼルはそんな兵士達の様子に気づきながらも、いつもの似非スマイルで口を開いた。
「私の名はカイゼル・ロン・ベイゼルム。ここモルバラド帝国の同盟国である、ベイゼルム王国の王太子です」
「なっ!? ベイゼルム王国の王太子!? なんでそんな奴がここにいるんだ!」
「それは勿論、同盟国の危機を助けるために決まっているではないですか。我が国の有能な兵士達も援軍として連れてきていますので、あなたにはもう勝ち目はありませんよ?」
「はぁ? 安全な国でぬくぬくと育ったお坊っちゃまとその兵に、俺達が負けるわけないだろう」
「……聞いていた通りの自信家ですね」
「ええ、本当に人の話を全然聞いてくれないんですよ」
「ん? よく見たら後ろに誰か乗っているな……それも女? ふっ、戦場に女連れとかどんだけお坊っちゃまだよ」
ダーギルは馬鹿にするように鼻で笑った。
「私が無理を言って連れてきてもらったんです。カイゼル、下ります」
「……わかりました」
カイゼルはちらりと私の方を見てから、先に馬から下り私を支えて下ろしてくれた。
「なっ!? セシリア!?」
ダーギルは目を見開いて驚いた様子で固まる。
「数日ぶりねダーギル」
「ど、どうしてそこに……お前は砂漠で行方不明になっていたはずでは?」
「カイゼルに助けてもらったのよ」
「……王族を呼び捨て? お前は一体何者なんだ?」
意味がわからないといった表情で戸惑っているダーギルに、私は一歩前に進むと着替えたドレスの裾を持ち腰を軽く下げた。
「私の名前はセシリア・デ・ハインツ。ベイゼルム王国の筆頭貴族であるハインツ公爵の娘よ」
「公爵、令嬢?」
「ええ」
「ただの女じゃないとは思っていたが……まさか公爵令嬢とは」
信じられないものでも見るような目を私に向けてくる。
「そして私の愛しい人だ」
いつの間にか馬から下りたアルフェルド皇子が、私の隣に立ち肩を抱いてきた。
「アルフェルドの? ……そうか。セシリアはお前の女だったのか。それで全てに合点がいった。お前の指示でセシリアは俺に近づいたんだな。そして後宮の女達を逃がした……ハハハ、たいした女だなセシリア」
怒るどころか大きな声で笑い出したダーギルの様子に困惑する。
その時急にカイゼルが私の腰に手を回し、アルフェルド皇子から引き剥がされてしまった。さらに体を密着させられてしまう。その行動に思わず心臓がドキッとする。
動揺しながらカイゼルを見ると、笑みを浮かべたまま目が笑っていなかった。
「一つ訂正させていただきますね。セシリアは私の婚約者です」
「婚約者? セシリアは王太子の婚約者だったのか?」
「ええ、まあ……」
「そうか……くくっ、面白い。他国の王太子の婚約者でありアルフェルドの想い人か。ますます手に入れがいがあるな」
「いや、いい加減諦めてよ。……ねえ、こちらの方が数が多いんだから大人しく投降して」
ダーギルの発言に呆れるが、すぐに真剣な表情を向ける。
だけど返答を聞く前にカイゼルが私を後ろに隠し、アルフェルド皇子も横に立ってダーギルから遮られてしまった。
その二人の様子を見て、さらにダーギルは楽しそうに笑った。
「馬鹿を言うな、投降なんてするわけないだろう。欲しいものは絶対奪ってやるよ。まあすでに皇位を手にした俺にできないことはないがな」
「ふっ、ダーギル……お前は何も手に入れることはできない。なぜなら父上から預かった、この皇の指輪を持つ今の私が皇代理だからな。何も持たないお前は皇と名乗っているだけのただの賊でしかない」
「ほ~わざわざ俺のために指輪を持ってきてくれたのか。なら丁度いい、指輪もセシリアを全部頂くまでだ」
「奪えるものならな。まあ無理だろうが」
「ふん、言ってくれる。おいお前ら、やっちまえ! 手柄を上げた者には褒美を与えてやるからな。あ、ただしあの女だけは絶対傷つけずに生け捕りにしろよ!」
「へい!」
ダーギルのかけ声に大きな声で返事を返し、それぞれ武器を持ってこちらに向かってきた。
「ビクトル、セシリアを後方に移動させてください」
「はっ! 姫、こちらに」
「あ、はい。カイゼル、皆さんも気をつけてくださいね」
「大丈夫です。絶対セシリアを守りますから」
「安心していいよ。貴女に勝利をプレゼントするからね」
「姫には指一本触れさせません。腕の立つ部下が貴女を必ず守ります」
「ありがとうございます」
そうして私はビクトルに守られながら部隊の後方に移動し、そこで複数人の兵士に回りを固められた状態で戦いの行方を見守った。
すぐに前線に戻ったビクトルも加わると、どんどんとダーギル達をおしていく。
元々こちらの数の方が上だったことと、騎士団長のビクトルや剣の実力があるカイゼルやアルフェルド皇子が強すぎた。さらに統制の取れたこちらと、結局は寄せ集めの集団では力の差が歴然だった。
おそらく奇襲されなければ、宮殿は奪われなかったのだろう。
ダーギルの兵士は次々と倒され捕らえられていく。一応私に気をつかってか、命だけは取らないようにしてくれていた。
その状況にダーギルは悔しそうに顔を歪めている。するとダーギルは突然大きな声でアルフェルド皇子に呼びかけた。
「アルフェルド! お前に一騎討ちを申し込む!」
状況的にそんなことをしてもほぼ勝敗は決しているようなものなのだが、アルフェルド皇子はじっとダーギルを見つめると返事をした。
「いいだろう。その申し出、受けて立とう」
「アルフェルド皇子!?」
思わず声をかけると、アルフェルド皇子は私の方に振り返った。
「すまないセシリア。最悪な状況でも男には引けない戦いがあるんだ。それがダーギルにとって今で、それを受けてあげるのが私なりの礼儀だと思っているんだ。だから止めないでほしい」
「アルフェルド皇子……」
「カイゼル、そういうことだから一旦兵を引いてもらえないか?」
「……わかりました。ビクトル指示を」
「はっ、全員戦闘態勢のまま後退!」
その言葉と同時に一斉にビクトルの部隊が剣を構えたまま後ろに下がった。
「我が部隊も続いて後退するように!」
アルフェルド皇子の声に、モルバラド帝国の兵士も下がっていった。
「聞いての通りだ! お前らも下がれ!」
「ですがダーギル様……」
「お前ら俺に恥をかかす気か? いいから下がって怪我の治療でもしていろ!」
「……はっ」
渋々ながらダーギルの兵士も下がっていく。
そしてその場にはアルフェルド皇子とダーギルだけが残った。
私は不安な気持ちのまま二人が見える位置まで隊列の前に移動した。
「じゃあ始めるか」
「いつでもどうぞ」
「けっ、その余裕の表情を苦悶の表情に変えてやるぜ!」
ダーギルが叫ぶと同時に二人は走りだし、剣と剣がぶつかり合う。
「とりあえず一騎討ちを受けてくれたことは感謝するよ」
「まあ気持ちはわかるからね。それに……カッコ悪いところ見せたくなかったんだろう?」
「惚れた女が見ているからな。まあそもそも負けるつもりは無いが!」
一旦お互い離れ間合いを取った。しかしすぐに距離を詰め剣を打ち合う。
「しかしアルフェルド、お前もセシリアに惚れているなら何故あの王子から奪わない?」
「ふっ、すでに実行済みだよ。だけど奪うだけでは、本当に欲しいものは手に入らないことがわかったからね。今は口説き落としている最中なのさ」
「……意味がわからん。奪ったのに手放したってことか?」
「奪うことが全てだと思っているお前にはわからないことだよ」
「理解ができん」
「理解してもらわなくても構わないさ。さあそろそろ決着をつけようか」
「そうだな」
激しく打ち合いながらも話をしていることに驚く。すると再び二人は距離を取って離れ、そして一気に駆け出した。
次の瞬間、甲高い音と共に一本の剣が宙を舞い弧を描いて地面に突き刺さる。それと同時にダーギルは地面に膝をついた。
そのダーギルにアルフェルド皇子は剣先を向ける。ダーギルはそれを見て両手を上げた。
「はぁ~俺の負けだ。認める。ただ俺のことはどうにでもしていいが、部下達の命は助けて欲しい」
「お前が本当に大人しく投降するなら命の保証はする」
「ああ、悪足掻きなんてしない。約束する」
「わかった。だがお前の処罰はまた後日決めることになるから、それまでは牢屋に入ってもらうぞ」
「ヘイヘイ。また硬い寝床生活に逆戻りか。まあでも洞窟の中よりマシか」
「……」
アルフェルド皇子は黙ってじっとダーギルを見つめていた。
「どうやら決着はついたみたいですね。ビクトル、アルフェルドを手伝ってダーギルを捕縛してきてください」
「わかりました」
カイゼルの指示を受け、ビクトルはアルフェルド皇子達の元に向かっていく。
しかしその時、突如大きな声が戦場に響き渡った。
「ダーギル様! くっ、やはりお前が全ての元凶か!!」
一斉にその怒声がした方に顔を向けると、ローブを羽織った男が弓を構え今まさに矢を射ようしていた。
「ロキ! やめろ!!」
ダーギルの制止の声と同時に一本の矢が放たれる。それも一直線に私に向かって。
「姫!!」
「「セシリア!」」
ビクトルやアルフェルド皇子とダーギルの叫び声が聞こえるが、まったく体がいうことを聞いてくれなかった。
(に、逃げなきゃ……)
頭ではわかっているが、足に杭が刺さっているかのごとく動かない。そうこうしているうちにあっという間に矢がすぐそこに迫ってきた。
私は恐怖のあまり思わず目を閉じる。すると突然誰かに抱きしめられた。
「うっ!」
その声に慌てて目を開ける。
「カイゼル!?」
目の前にカイゼルの苦悶の表情があった。どうやらカイゼルが私を庇ってくれたのだと気がつく。
「カイゼル! もしかして矢が刺さったの!?」
必死に問いかけると、カイゼルは辛そうにしながらも私に微笑みかけてきた。
「よかった……今度は、守れ、ました……」
その言葉を最後にカイゼルは意識を失いずるりと崩れ落ちていく。私は慌てて支えようと体を抱きしめると、カイゼルの肩に突き刺さった矢が見えた。
「っ!」
その瞬間、頭の中が真っ白になりカイゼルを抱いたまま地面に座り込む。
「カイゼル……カイゼル! 嫌、嫌ぁぁぁぁぁ!」
ただ私の絶叫がその場に響き渡ったのだった。




