首領ダーギル
ダーギルに連れられ、私は宮殿内にある塔に登った。そこは全方面が見渡せる場所になっており、宮殿の周りに広がる砂漠がよく見える。
「わぁ~」
地平線まで続くその光景に、まるで砂漠の海みたいだと感じた。
(こうして見ると、改めてこの国は砂漠に囲まれているのね。もしあの砂漠に放り出されでもしたら……絶対生きていられる自信ないな~)
思わずそんな想像をし、ゾッとした。
「どうだ、広いだろう俺の国は」
「あなたの、国ね……」
ダーギルの言葉に、私は呆れた表情を向ける。
「なんだその顔は? 言いたいことがあるなら言ってみろ」
「……本当にこの国を手に入れたと思っているの?」
「どういうことだ?」
「奪って手に入れたその玉座だけど、王族でもないあなたを国民は皇と認めるかしら?」
「……」
「そもそも国というものは、国民が居てこそ国として成り立つのよ? 皇やその側近だけが居てもあっという間に国は廃れるわ。勿論この国の欲しいものは奪えという国民性は知っているけど、だからと言って簡単に賊の首領を、皇と敬うことも納得することもできないはずよ」
「……まあ、そうだろうな」
「だったら!」
私はこのまま説得しようと、ダーギルに詰め寄る。しかしそんな私を見て、ダーギルは口角を上げて笑った。
「それは俺が王族でなければの場合だろう?」
「え?」
思わぬ言葉に、私は困惑の表情を浮かべる。
「俺の正式な名前を教えてやろう。俺の名はダーギル・ニア・モルバラドだ」
「モルバラド!?」
「ああそうだ。俺には王族の血が流れている。さっきお前は俺が玉座を奪ったと言ったが、元々あれは俺の物だったんだぞ? 本来ならこの国の皇は俺だったんだ」
「一体どういうこと!?」
動揺を隠せないままダーギルに問いかけた。
「まあ簡単な話だ。何十年か前にこの国の皇だった俺の祖父が、実の弟に玉座を奪われ一家共々宮殿を追い出されたのさ」
「なっ!?」
「当時の俺は、皇太子妃であった母のお腹にいたからな。だが祖父と俺の両親の恨み言は、物心ついた時からずっと聞かされて育っていた。結局祖父も俺の両親も玉座の奪還を願いながら、慣れない平民の暮らしに耐えることができず、病にかかりあっという間にこの世を去ったさ」
「……」
「だが俺は、ただ恨んでばかりで行動しようとはしなかった両親とは違う。俺は密かに準備を進め、今の境遇に不満を持つ者や自分の力を誇示したい者などを集めて大きな組織を作り上げた。そうしてすべての準備が整い俺は行動に移したんだ。そもそも奪われたものを奪い返して何が悪い?」
「それは……」
一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに意を決して真剣な表情で口を開く。
「ダーギル、確かにあなたの境遇は私が想像するよりもずっと過酷だったのかもしれない。だから取り戻したいという気持ちは正直分かるわ。でも奪われたからといって奪い返すをしていたら、結局相手から恨まれまた同じことが繰り返されてしまうわ。それではいつまでたっても、終わりの見えない未来が待っているだけよ?」
「……」
「大丈夫、今ならまだ間に合うわ。ちゃんと話し合って……」
「ふっ、そもそも奪われなければいいだけの話だ。セシリアが心配することなど起こらんし、俺が起こさせはしない」
そういってダーギルは自信満々に笑った。そんなダーギルを見て、私はがくりと肩を落とす。
(あ~駄目だ。自分が負けるなんて全く思ってないわこの人。それにしても……まさかダーギルとアルフェルド皇子がはとこ同士だったなんてね。確かによくよく見てみれば、顔の雰囲気がアルフェルド皇子と少し似ているような……)
じっとダーギルの顔を観察していると、ニヤリと口角が上がる。
「やはりお前はいいな」
「え?」
「俺が王族だと言っても態度を変えて媚びてくることはしんし、むしろ諌めようとしてくる。それに民のことも考えろと進言してくる女など俺の周りにはいなかった。……よし決めた! セシリア、お前を皇妃にしてやろう」
「…………は?」
「喜べ。お前はこの国のトップの女になるんだ。そうだな~お前が望むなら他国も手に入れてやってもいいぞ?」
「いやいやいや、何馬鹿なことを……」
「俺は本気だぞ? まあ時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり考えればいいさ」
「考えるもなにも!」
予想外の言葉に驚きながらも、なんとか考えを改めさせようと声を荒げる。だけどダーギルは、私のことなどお構いなしに面白そうな顔で見てきた。そんなダーギルの様子に、今は何を言っても無駄だと諦めた。
「そうだセシリア、明日にはここを立つからそのつもりでいろよ」
「……はい?」
「実はこの宮殿の他に離宮があってな。まだ新築でここより設備も外観もよく、一度見に行って気に入ったから明日からそこに移り住むことにした」
「……」
ダーギルの話を聞き、前にアルフェルド皇子が言っていたことを思い出す。
(その離宮って、もしかしなくてもアルフェルド皇子の離宮のことだよね? 確か私と一緒に住むからと言われたことあったけど……何これ? 私、離宮に呼ばれている? いやいや、今はそんなこと考えている場合じゃなかった。それよりも離宮になんて連れていかれたら、脱出計画がすべて駄目になるじゃない!)
私は少し考えてから、確かめるようにダーギルへ問いかけた。
「か、確認だけど、そこには後宮にいる方々も全員一緒よね?」
「いや。お前一人だけだ」
「へっ?」
「何故かあの離宮、後宮が作られていなくてな。他の女達を連れて行っても、閉じ込めておくには不向きだった。あの離宮を作らせた奴は一体何を考えていたんだか……」
ダーギルが険しい顔でブツブツ呟いていたその横で、私は苦笑いを浮かべる。
(それ、間違いなく私の影響です!)
アルフェルド皇子が、嬉々として設計に携わっていたのが容易に想像できた。
「まあそういうことだ。他の女達はここに残して今以上に、厳重に監視させることにしてある。俺がいないのをいいことに、奪われでもしたら困るからな。ふっ、というわけだから、離宮についたらセシリアは常に俺のそばにいてもらぞ」
「えっと……私に拒否権は?」
「そんなものはない」
「でしょうね」
私は顔を引きつらせながらも、がっくりと肩を落としたのだった。
ダーギルと別れ後宮に戻りながら、私は視線を下に向け難しい顔で考え事をしている。
(どうする? まだアルフェルド皇子から連絡はないから、例の作戦は決行できないんだよね。でもこのまま何もしないでいたら、状況が悪くなる一方だし……だったら、一か八かで強硬手段に出てみる? 最悪、私がおとりになって皇妃達だけでも逃がせれば……うん。それしかないか)
私は決意を込めて顔をあげた。
「…………ア……リア……」
「ん?」
何か後ろの方から声が聞こえた気がして振り返ると、廊下の影から苦笑いを浮かべたアルフェルド皇子が姿を現した。
「アルフェルド皇子!?」
そう声を上げ慌てて自分の口を手で塞いで周りを見回し、誰も居ないことにホッとする。
「心配しなくてもここの警備の者は、別の場所に誘導して離れてもらっているから大丈夫だ。それにしても難しい顔をして一体何を考えていたのかな? ふふ、それが私のことを想ってのことだったら嬉しいのだけれど」
そう言いながら私の方に近づいてくる。
「いつからそこにいたのですか?」
「少し前からいたよ。それに何度もセシリアを呼んでもいたのだけれどね」
「あ~ごめなさい。全然気がつきませんでした」
「そのようだね。……それで、何かあったのか?」
アルフェルド皇子はスッと真剣な表情になり、問いかけてきた。
「あ~実は……」
私は明日離宮に移されることを、アルフェルド皇子に話した。
「そうか、ダーギルは私の離宮にも目をつけたか。しかしセシリアだけを連れて行くとは、相当気に入られてしまったようだね」
「それに関しては本当に謎なんです。何故か私のことを皇妃にするとまで言い出しましたし……正直意味がわからないです」
「……どうやら本気のようだな」
「え?」
難しい顔のアルフェルド皇子を、不思議そうに見る。
「そうなると今このタイミングでこれが手に入ったのは本当によかった」
そういってアルフェルド皇子は、手のひらに乗せた小袋を見せてきた。
「これは?」
「例の睡眠薬だ」
「まあ! ……届いたのですね」
思わず大きな声が出てしまい、慌てて声をひそめる。
「大急ぎで取り寄せたからね。これは一部だけど、ちゃんと量はそこそこあるから安心してくれていい。それでこれをどう使うつもりなんだい?」
「それは……」
私はじっとその小袋を見つめてから、アルフェルド皇子に考えていた作戦を伝えたのだった。
すみません。なかなか書く時間が取れないため、どうしても更新頻度が遅くなってしまいます。出来れば気長に待っていただけると大変助かります。




