脱出口
カイゼル達と別れた後、後宮に戻った私は先に帰っていた女性達に取り囲まれてしまった。皆突然いなくなってしまった私を心配し身を案じてくれる。そこに話を聞いていた皇妃達まで加わり、ちょっとした騒ぎになってしまった。
そんな私達を怪訝に思った兵士が様子を見に後宮に入ってこようとしたので、私は慌ててそれを止め外に追いやる。そしてちょっと体調を崩して休んでいただけだからと当り障りのない説明をしてその場を収めた。しかしその後、皇妃にだけは本当のことを話しておいたのだった。
次の日、眠い目を擦りながら私は皇の間の扉の前に立っていた。
(結局夜遅くまで脱出方法考えていたから、あまり眠れていないんだよね~)
口もとを手で隠しながら小さくあくびをし、私は扉を開けて歩みを進めた。ちなみに扉の前で立っていた兵士の二人が、私の態度を見てギョッとしいたが敢えて無視したのだ。
中に入るとその奥でダーギルが、不機嫌そうな顔でクッションにもたれかかり頬杖をついていた。ダーギルは私を見ると、ますます眉間の皺を増やしムスッとした顔で視線をそらす。
(そっちが呼びつけておいて、機嫌が悪いってそれはどうよ)
ダーギルの態度に呆れながら近くに行く。
「呼ばれたから来たのだけど……機嫌が悪いみたいだし私、戻っていいかしら?」
「……ここにいろ」
そう言ってダーギルは私の腕を掴むと傍らに座らせてきた。
「もう一体なんなの?」
「……お前、その服はなんだ?」
「へ?」
「昨日と同じような服を着ろと言っておいたんだが?」
「ああ、あの服ね。断固として拒否したから」
今朝後宮に届けられたスケスケ服の数々を思い出し目を据わらせる。
今の私は美しい刺繍が施されたハーフトップに軽い布地のズボンを履き、シルク素材のストールを羽織っている。さすがにお腹や腕は露出しているが、中が透けない布で作られているので安心感が半端ない。実は皇妃に頼みこの服を選んでもらったのだ。
「俺が着ろと言っているんだぞ」
「それでも嫌」
「お前……俺に逆らってタダで済むと思っているのか?」
「確かに済まないかもしれないけど、皇となろうとしている人がそんな小さなことで怒るなんて情けないと思うわよ? そもそもその不機嫌だって、酔い潰れた情けない姿を見られたことを気にしているからでしょ?」
「なっ」
「バレバレよ」
「くっ、あ、あれはたまたまだ! いつもはあれぐらいの量で酔う俺ではない」
「はいはい。でも食べずにお酒ばかり飲めば、普段よりも酔うのは当たり前だと思うけどね」
(まあそれを狙って、わざと飲ませまくったんだけど)
そう思いながらも顔には出さず、私は近くに控えていた侍女に声をかけた。
「ねえ、コーヒーを一杯持ってきてくれる? それと果物も。あ、トマトもあったらお願い」
侍女は戸惑いながらも頷き部屋から出て行く。
「一体何を?」
「今、二日酔いで辛いでしょう?」
「うっ」
「その眉間の皺は頭痛を我慢しているからだろうし、顔色もちょっと悪いから吐き気があるのでしょ?」
「そんなことはない!」
「いいから、持ってきてもらった物を飲んで食べて休んでいなさい。今言ったのは二日酔いに効くと言われている物ばかりなんだから」
「……」
ダーギルが驚いた表情で私を見てくる。
「何?」
「お前が俺の心配をしてくるとは思わなかった」
「いくら嫌な相手でも、体調の悪い人には優しくするわよ」
(まあ、こうなった原因は私にもあるからさ)
ふんと顔を反らしていると、そこに頼んだ物を持って侍女が帰ってきた。
「じゃあ私は後宮に戻るから、しっかり休むのよ」
「あ、おい」
私を呼び止める声が聞こえたが、振り返らず軽く手を振ってそのまま部屋を出て行く。そんな私を扉の前で立っていた兵士が奇妙な目で見てきたが、気にすることなくその場を離れたのだった。
そうして後宮までの帰り道、私は考えごとをしながら歩いていた。
(う~ん。あの皇の間ってどこかで見たような気がするんだよね~。最初に入ったころは緊張していたせいかそんな風に感じなかったけど……どこで見たんだろう? アルフェルド皇子に攫われてここに来た時に見たけど、それとは違うような……)
腕を胸の前に組みながら一人うんうんと唸る。するとそんな私の頭に、一冊の本が浮かび上がったのだ。
(あ! 設定資料集だ!)
私は前世でやっていた乙女ゲーム『悠久の時を貴女と共に』つまり、今いるこの世界の設定資料集のことを思い出した。その設定資料集は、その名の通りゲーム内の細かい設定が載せられており、普通にゲームをやっているだけでは知り得ないことまで書かれていたのだ。
そしてその中には間取り図まで描かれていた。
(確か……宮殿の間取り図を見ながら、何か面白い物に気がついていたはずなんだけど……)
私は立ち止まり難しい顔で記憶を呼び起こしていた。
「あ!」
思わず大きな声を上げてしまう。そんな私をうろついている兵士達が怪訝な目で見てきた。
私は慌てて口をつぐみ、なんでもないような顔で歩き出した。
(危ない危ない、ここで兵士達に怪しまれたら身動きが取れなくなってしまうから。それだけは絶対避けないと)
平静を装いつつ、顔がにやけそうになるのを我慢して後宮へと急いで帰って行った。
後宮に戻った私は、与えられた自室に籠り机の上で紙を広げてペンを持つ。
「確かここはこうなっていて……そうそう、こうだったはず!」
私は記憶を頼りに紙にペンを走らせる。
「よしできた!」
完成した紙を両手で持ち上げ満足そうに頷く。そしてその紙をもう一度机に置く。実は今回もそこに、前世で見た設定資料集の間取り図を書き起こしていたのだ。
私はその中の皇の間の部分をじっと見つめていた。
「う~ん。やっぱりここってどう考えても隠し扉だよね」
皇の間の一カ所を指で叩くとそのまま指を滑らせ、別枠に書かれていた外に通じている通路で止める。
「そしてこれは隠し通路で間違いないかな」
さっきまでいた皇の間と間取り図を照らし合わせ確信する。
「ここを上手く使えば、皆を逃がすことができるかもしれない! よし、シャロンディア様に確認してみよう」
私は紙を筒状に丸め急いで皇妃の部屋に向かった。
「シャロンディア様、お話したいことがあります。少しよろしいでしょうか?」
「ええ構わないわよ。どうぞ中に入って」
「では失礼致します」
皇妃に促され部屋の中に入ると、さっそく私は持ってきた間取り図を広げて見せた。
「これは?」
「この宮殿の間取り図です」
「……どこでこのような物を?」
怪訝な表情の皇妃が私を見てくる。
「え~と……見つけました」
「見つけた!?」
皇妃は目を見開いて驚いた。
「ここまで精密な間取り図……一体どこで見つけたの?」
「たまたま入った部屋でしたのでどこかは説明できないのですが、そこで偶然見つけました。悪とは思いましたが、現状を打破するには必要だろうと考えコッソリ持ち出させていただきました。申し訳ありません。ただ本当にこれは宮殿の間取り図で合っていますか?」
(さすがに他国の者が、この国のそれも宮殿の間取り図を書けたなんて言えないからね。なんとか信じてくれるといいんだけど……)
内心ドキドキしながらも表情には出さず、戸惑った顔のまま間取り図に視線を向けた皇妃を見つめる。
「……ええ、完璧に描かれているわ」
「そうですか。ではシャロンディア様に確認したいことがあります」
「わたくしに?」
「はい」
私は頷き皇の間を指差した。
「シャロンディア様は、ここに隠し通路があることを知っていますか?」
「え? どうしてそれを!?」
皇妃は驚いた表情で私の指差した箇所を見て、さらに目を見開く。
「そこはクライブ様とわたくししか知らない場所。それをなぜ貴女が?」
「あ~まあ想像ではあったのですが、有事の際に皇の避難経路が用意されているのではと思い、間取り図をじっくりと見て気がつきました。やはりそこには隠し通路があるのですね?」
「え、ええ。貴女の言う通りもしもの際、皇と皇妃を逃がすための秘密の抜け道となっているのよ。でもダーギルの襲撃の際、近衛隊長にクライブ様を任せて逃がしたから結局そこは使っていないわ」
「なるほど。ではダーギルには気がつかれていないと思っていいですね」
「おそらくは。簡単には見つけられないようになっていますもの。でもそれを知ってどうするおつもり? いくら皇の間とこの後宮が近いとはいえ、見張りの目を潜り抜けて全員を連れていくことは不可能よ?」
「ですから、アルフェルド皇子に頼んである例のモノがここで役に立つのです」
「ああアレね。でも上手くいくのかしら?」
「絶対上手くいかせます!」
私は握りこぶしを作り力強く宣言したのだった。
*****
あれからダーギルに頻繁に呼び出されてはいたが、最初の時のような貞操の危機は起こらなかった。だけどいつも傍に座らされ、話し相手をさせられている。
正直他の子は? とも思ってしまうが、まあその分その子達は安全なのだからと自分に言い聞かせてきた。
そうしてここに来てから四日ほどが経ったが、結局今日もダーギルに呼び出されてしまった。
「毎日毎日……私ばかり呼んでよく飽きないわね」
「お前は見ているだけで飽きないからな。今のところ、お前以上に興味の湧く女はいない」
「あ、そうですか。……一体何が面白いのやら」
呆れた表情を浮かべため息をつく。
「そう、それが面白いんだ」
私を見ながらダーギルがニヤリと笑う。
「……本当に意味がわからないから」
奇妙なモノでも見るような目をダーギルに向けると、声を上げて笑われてしまった。
「はは、俺を恐れずそんな態度を取るお前だからこそ気に入っている。だから無理には体を奪わず、時間をかけてゆっくりとセシリアを心から手に入れようとしているんだ」
「いや、どれだけ時間をかけられても、私の心が向くことはないから」
「そう思っていられるのも今の内だ。お前が自ら俺に体をゆだねる日が今から楽しみだな」
ニヤニヤしているダーギルを見て、私は額に手を置きもう一度ため息をつく。
(どうしてこう私の周りには、私の気持ちを無視して勝手に話を進める人達が多いんだろう)
今までのことを思い出し頭が痛くなってきた。
「そうだセシリア、お前に見せたいモノがある。一緒にこい」
「へっ? どこに?」
「いいから黙ってついてこい」
そういって立ち上がったダーギルに腕を掴まれ、そのまま部屋から連れ出されてしまったのだった。
これでストックが尽きましたので、次回からは書けたら更新する不定期更新となります。
すみませんが、気長に待っていただけると助かります。




