砂漠の国再び
「まもなくザイラの港町に到着します!」
そんな船員からの声を聞きながら、私は甲板に立ち近づいてくる港を見つめた。
「ようやく着きますね」
「ええ」
隣に立ち私の腰に腕を回しているカイゼルに話しかける。
「それにしても……本当に私達は旅行者の夫婦に見えているのでしょうか?」
「大丈夫だと思いますよ。誰も私達のことを怪しんでいませんから」
そう言いながらカイゼルは、私をさらに抱き寄せてきた。
「ちょっ、カイゼルやりすぎですよ!」
「これぐらいしないと、新婚旅行中の二人に見えませんから」
「いや、そもそも新婚という設定にした覚えもないのですが……」
似非スマイルを浮かべているカイゼルに呆れた眼差しを向けたのだ。
そもそもなぜこのようなことになっているのかというと、今回はお忍び旅行ということで王子である身分を隠し夫婦の振りをしている。その方が騒がれないし、夫婦の旅行者であれば変に思われないから。
(これを言い出したのはカイゼルだったけど……)
なんとなくカイゼルにいいようにされている感はするが、それでも騒がれるよりはマシだと思い今の状況を受け入れている。
ちなみに私は軽装のワンピース姿に大きな帽子を被って顔をなるべく隠し、カイゼルも中流階級の貴族が着るような簡素に装飾が施された服と帽子を被りその美しい容姿を隠そうとはしていたが……船の中でチラチラと見てくるご婦人方の視線を集めていたのだった。
(まあ、見るよね。こんなカッコイイ人が一緒の船に乗っていれば。それにもう一人の方も……)
ちらりと横を見ると、両腕を組んで不機嫌そうに私達を見ているビクトルがそこにいる。
そのビクトルは、黒いつば付きの帽子を目深に被り軽装な服装をしているが、漂う雰囲気と腰に差している剣がただモノではない感を醸し出していた。
しかしその端正な顔立ちにより、こちらも女性達の視線を集めていた。
(こんな二人の近くにいたら、そりゃ嫌でも目立つよね)
そう思い苦笑いを浮かべていると、船が港に到着したのでカイゼルに手を引かれながら船を降りる。
「なんでしょう? 前回来た時と雰囲気が違うような……」
「確かに。行き来している者の表情は皆暗く疲れ切っている様子ですね」
私とカイゼルは、歩きながら町の様子を伺い見る。
「まあ、至るところにあのような者たちがいればそうなりますか」
カイゼルの見ている先を見ると、そこには抜身の剣をチラつかせて嫌な笑みを浮かべている褐色の肌をしたガラの悪い男達がいた。
「……あれは?」
「わかりません。ですが、関わらない方がいいのは確かです」
「そうですね」
「確か町を出て少しした場所にアルフェルドが迎えに来ているはずです。とりあえず早くここから出ましょう」
「わかりました」
後ろにいるビクトルが警戒しているのを感じつつ、私達は足早に町中を抜ける。そうして町から出て、遠くにいくつかの岩山が見える街道を歩いていると……。
「……カイゼル王子」
「ビクトルも気がつきましたか。やはりつけられていますね」
私達は気がつかれないようにチラリと後ろを確認する。そこにはザイラの港町で見かけたガラの悪い男達が、私達の少し後方を歩いていたのだ。
「あまりいい状況ではなさそうですね」
「カイゼル……」
「心配しないでください。貴女のことは私が守ります。……どうやら行動を開始するようですね。セシリアは私の後ろに」
「は、はい」
男達が駆け足でこちらに迫ってきたのに気がつき、カイゼルは私を後ろに庇うと鞄の中に仕込んでいた剣をいつでも取り出せるような体勢をとる。ビクトルも私達の前に立ち、柄に手を置いて鋭い視線を向けていた。
「ちょっと待ちな」
「……私達に何か用か?」
険しい表情でビクトルが答える。
「いや、あんたには用はねえ。俺たちが用があるのはその後ろの女だけだ」
「私!?」
まさかのご指名に驚く。
(なんで私? 何か気に障ることしたかな?)
自分の行動を思い出すが特に思い当たる節はなかった。
「私の妻になんの用でしょう?」
「俺たちに引き渡してもらおうか」
「…………なぜ?」
「俺たちのボスから、後宮に入れる若い女を集めてこいと言われていてな。お前の嫁は相当なべっぴんだしそれも異国の女、ボスが大喜びするに間違いなしだ。ほらいいから女を置いてどっかに行け。そうすれば命だけは助けてやるよ」
そう言って賊の男達は、剣を見せびらかすようにしながらニヤニヤ笑う。
(ビクトルのただモノではない雰囲気に気がつかないなんて……それにしても後宮に入れる女を探している? もしかして他にもこんな風に連れていかれている女性がいるのでは? このことアルフェルド皇子は知らないの?)
そんなことを思っていると、全く怯えた様子を見せない私達に男達の機嫌がどんどんと悪くなっていった。
「早く女を差し出してどっか行け!」
「断る」
「あ~あそうかよ。素直に逃げてれば死なずに済んだのにな」
「べつにいいんじゃないか? 正直この綺麗な顔にムカついていたからさ。早くズタズタにしてやりたいぜ」
「まあ気持ちはわかるけどな。だがちゃんと後処理はしろよ」
「わ~ってるって」
男達はそう話すと、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて私達に近づいてきたのだ。
「セシリア、絶対私から離れないでください。そしてビクトル、やりすぎないように」
「わかりました。姫、貴女の身には傷一つ付けさせませんのでご安心を」
「ビクトルの力は信じていますが、気をつけてください。勿論カイゼルもです。向こうの方がここの環境になれていますし、慣れない砂地ではどうしても私達に不利ですから」
「心得ています」
「大丈夫、貴女のことは私が必ず守ります」
安心させるように振り返って私に笑みを向けたカイゼルは、鞄に手を突っ込みそこから愛用の剣を取り出した。
「なっ!? こいつも剣を持っていやがったのかよ!」
「どうせ見掛け倒しに決まっている! 男の方はとっとと殺っちまおうぜ!」
男達は剣を構え襲いかかってきたのだが、すばやく剣を抜いたビクトルがそれを迎え討つ。カイゼルも私を守りながら、その華麗な剣技でビクトルが相手にできなかった男達を倒していく。
「なんだこの二人! 滅茶苦茶強いぞ! くっ、おい応援を呼んで来い」
「おう!」
頷いた男が、町に向かって走り出してしまった。
そんな状況を見ても、ただ守られているだけで何もできない自分を歯がゆく思う。
(何か、何か私にできることはないの!? このまま増援が来たらさすがの二人も!)
焦りながら周りを見回すと、近くの岩陰からローブを被り顔を隠したおそらく男性だと思われる人物が現れる。
(っ新手!?)
最悪な状況に絶望を覚えたその時、そのローブの男が剣を抜いてこちらに駆けよってきたのだ。
「カイゼル逃げ……え?」
私は目の前で起こった出来事に戸惑い呆然とする。なぜならそのローブの男は、私達の前に立ち男達に剣を向けていたからだ。
「なんだお前は!」
「……」
しかしローブの男は答えず、すっと剣を持っていない方の手を上げた。すると同じくローブを被った男達が続々と現れ、剣を向けながら襲ってきた男達を取り囲んだのだ。それは応援を呼びに向かった男にも同じことが起こっていた。そして私達の前に立つローブの男が手を下ろすと、取り囲んでいたローブの男達がその男達に襲いかかりあっという間に倒してしまった。
私はその突然のことについていけず困惑した表情で立ち尽くしていると、カイゼルが剣を鞘に収めてじっとローブの男を見つめていることに気がつく。
「カイゼル?」
だけどカイゼルは私の声に答えず、ローブの男を見たままゆっくりと口を開いた。
「助けるならもう少し早く助けて欲しかったですね。アルフェルド」
「え?」
「やはり気がついていたか」
私は驚きの声を上げてローブの男を見ると、ゆっくりと頭に被っていたフード外しその下から見慣れた美しい白い髪と褐色の肌、そして妖艶な微笑みを浮かべたアルフェルド皇子の顔が現れたのだ。
「アルフェルド皇子!?」
「やあセシリア、いつものドレス姿も素敵だけど、そのワンピース姿もまた貴女によく似合っていて美しい。もっと近くでその姿を見せてくれないか? そう私の腕の中で」
「いやいや、今は口説きとかそういうのはいいですから! それよりも……アルフェルド皇子は襲われていませんか? どこか怪我とかされていませんか?」
会った途端挨拶代わりに口説いてきたことに呆れながらも、私はアルフェルド皇子の体を見回しながら問いかけた。
「特に怪我など……あ、いや胸が痛い」
「え!? やはり怪我を!?」
苦しそうに胸を押さえたアルフェルド皇子を見て、慌てて近づく。しかしそんな私の腕をカイゼルが掴み引き止めた。
「セシリア、騙されてはいけません。あれは貴女を近づかせるための嘘なのですから。そうですね? アルフェルド」
カイゼルの鋭い眼差しを受け、アルフェルド皇子は苦笑いを浮かべながら両手を軽く上げた。
「胸が痛いというのは本当だよ。愛しいセシリアに会えて鼓動が早くなっているからね」
そう言ってアルフェルド皇子は再び妖艶に笑う。
「……はぁ~。とりあえず怪我はされていないのですね?」
「していないよ」
「最初っからそう言ってください」
悪びれもしないアルフェルド皇子に私はガックリと肩を落としたが、それでもいつもと変わらない様子にホッと安心した。
「それでアルフェルド、この男達は一体何者なのです? こんな無法者が港近くにいるとは貴方から聞いたことないのですが? それにその格好……どうも姿を隠しているようですし」
「それについては場所を変えて話そう。ここでは目立つからな」
「わかりました」
「ではこちらへ」
そうしてアルフェルド皇子は倒した男達を部下達に任せると、私達を連れてその場から移動したのだった。




