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ゲームリセット?

「セシリア、貴女との婚約は破棄させて頂きます!」

「……え?」


 突然カイゼルが厳しい顔付きで私にそう言い放ってきたのである。


(え? え? 確か私……ストレイド伯に刺されて意識を失ったはずだよね? でも、どうしてこんな状況になっているの!?)


 私は一体何が起こったのか理解出来ず戸惑いながら周りを見回し、ここが見慣れた城の大広間でさらに大勢の王侯貴族達が遠巻きで私達を見ていた事に気が付いたのだ。


「私……どうしてここにいるのでしょう?」


 気が付いたらこの場に立っていた私は、全くこの状況に頭がついていけないでいたのである。


「……何を言っているのです。 まさか……そのようにとぼけて誤魔化そうとなされているのですか?」

「え? 誤魔化す?」

「ええ、貴女との婚約を破棄する事になった原因ですよ」

「ん? 婚約を破棄? そもそも私達の婚約はすでに解消されていたはずですよ? それなのになぜ私とカイゼルがもう一度婚約破棄する事になるのでしょう?」

「……何を馬鹿な事を言っているのです? 貴女が昔無理矢理私と婚約したいと言い出して、今日まで婚約を続けさせたのではないですか!」

「……え?」


 そのカイゼルの言葉に私は目を瞬かせてキョトンとした。

 するとそんな私の顔を見てカイゼルが嫌悪感をあらわにしてきたのである。


「そのような顔をされても私は騙されませんよ! 貴女がニーナにされてきた様々な嫌がらせ、私が知らないとお思いですか!!」

「…………へっ? ニーナに嫌がらせ? ……私がですか!?」

「まだとぼけようとなさるのですか……ここで罪を認め素直に謝るのでしたら私も少し考えたのですけどね」


 何故かカイゼルは私を呆れた目で見ながら深いため息を吐いたのだ。

 するとそんなカイゼルの後ろから恐る恐る顔を出してきた人物がいたのである。


「ニーナ!」

「っ!!」


 私はカイゼルの後ろから出てきたニーナを見て思わず大きな声で名前を呼んでしまった。

 しかしいつものニーナならそんな私に向かって嬉しそうに微笑んでくれるのだが、今のニーナは私の呼び声にビックっと肩を震わせ怯えた顔で私を見てきたのだ。

 そんなニーナをカイゼルは心配そうに見つめ庇うように肩を抱いて引き寄せたのである。

 そしてカイゼルは私を鋭く睨み付けてきた。


「セシリア、ニーナを怯えさせないであげてください!」

「お、怯えさせたつもりはないのですが……」

「セシリアに見られただけでこのように怯えてしまうほど、セシリアがニーナにされてきた事が酷かったのだと自覚して頂きたいですね」

「いえ! そもそも私はニーナに嫌がらせなどしておりません!」

「まだそんな事をおっしゃるのですか……こちらには証人が大勢いるのですよ?」


 そうカイゼルは冷たい眼差しで私に言うと、後ろを振り返りうなずいてみせたのだ。

 するとそのカイゼルの後ろからぞろぞろと揃って近付いてくる集団がいたのである。


「み、皆さん?」


 私はその見慣れたメンバーを見て戸惑ってしまった。何故なら皆、私にとても冷たい視線を向けていたからである。

 その初めて受ける眼差しに私は激しく動揺していたのだ。


「ど、どうされたのです皆さん?」

「……この状況でどうされたと言える神経が俺には分からないな」

「シスラン?」

「ねえ、いつまで知らない振りをするつもりなの? セシリア姉様は」

「レオン王子?」

「自分の罪を認めた方が貴女のためだと思うけどね」

「アルフェルド皇子?」

「……セシリア嬢、貴女のしてきた事はとても許される事ではない!」

「ビクトル?」

「セシリア様の取り巻きを長い事してきわたくしでも……さすがに今回はやり過ぎだと思っていましたわ」

「レイティア様?」

「……他国の皇帝である俺が口を出せる立場でない事は分かっているが……それでもお前のしてきた事を俺は許せない」

「ヴェルヘルム?」

「……本当に貴女って、最低な方ね」

「アンジェリカ姫?」

「ああ、間違いない。この女にニーナちゃんを襲えと依頼されたんだ」

「ラビ?」


 いままでではとても考えられない冷たい言葉と態度に、私は困惑しながら皆に近付こうと一歩踏み出した。

 しかし私の行動に皆は眉間にしわを寄せ、ニーナを私から守るようにニーナを取り囲んでしまったのである。

 この完全に私が悪者であるかのような構図に、私は信じられないといった顔で固まってしまったのだ。

 そして視線だけを皆に守られているニーナに向けると、カイゼルの胸に顔を寄せながら涙を浮かべて悲しそうな顔をしていたのだった。


(…………これはもしかして、ストレイド伯に刺されて意識を失う時にまたリセットするかもと思ったから!? だから今度は本来の悪役令嬢としての役割を強制的にやらされているって事!? そしてこれは……間違いなくカイゼルルートにあったセシリア断罪イベントだよ!!)


 その事に気が付き私は驚愕の表情のままヨロリと後ろに一歩さがったのだ。

 するとそんな私の両腕を両サイドから騎士が掴んできたのである。


「え?」

「セシリア……残念ですが、貴女の犯した数々の罪で投獄させて頂きます」

「なっ!」

「そして……罪の重さから死刑が確定致しますので、牢獄で覚悟をしておいてくださいね」

「っ!!」


 ニーナを皆の中に残し前に進み出てきたカイゼルが、とても黒い似非スマイルを浮かべて私に宣告してきたのだった。


「では連れていきなさい」

「はっ!」

「ちょっ、待ってください!」

「さようなら、セシリア」


 ズルズルと騎士達に引きずられていく私に向かってカイゼルはそう言い残すと、皆と一緒に背中を向けて去っていこうとしていたのである。

 しかしそんな現実が受け入れられない私は、強い力で引きずられながら一切こちらを振り返ろうとはしない皆に向かって必死に手を伸ばし叫んだのだ。


「いやぁぁぁ!! 皆、私を置いていかないで!!」


  ◆◆◆◆◆


「っ!!」


 私は息を詰まらせながら目を一気に開けた。しかし私の視界は涙で歪んでよく見えなかったのである。

 そんなぼやけた視界の中バクバクと早鐘を打つ心臓を感じながら私は何度か瞬きをし、ようやくしっかりと見えるようになるとようやくそこで私は右手をあげたままベッドに寝ている事に気が付いたのだ。


(……私は一体……)


 まだ混乱している頭でボーッとその右手をおろし、涙に濡れた目を手で拭って見慣れた天井を見つめていると、段々とさきほどまで見ていた夢が鮮明に思い出されてきたのである。


(っ! あ、あれは……本当に夢?)


 あまりにもリアル過ぎた夢に、私はあれが夢だったのかどうか自信がなくなってきたのだ。


(……とりあえず現状を把握しなければ)


 そう思い体を起こそうと体に力を入れるが思うように力が入らなかった。まるで全身が鉛になったかと思うほど重かったのだ。

 しかしそれでも私は気力を振り絞って身を起こそうとして、右の脇腹に激痛が走ったのである。


「っ!!」


 私は痛みに耐えながら布団の中で着ていた寝巻きを捲り、そして脇腹にしっかりと包帯が巻かれているのを確認したのだった。


(……そうか、これはあのストレイド伯に刺された傷か……どうやら私、死なずに済んだみたいだね)


 その事にホッとしながらとりあえず周りが見えるよう、痛みに耐えながら枕を背に身を起こしてみたのだ。

 するとその私の視界の先に信じられない光景が目に飛び込んできたのである。


「……え?」


 私は小さな驚きの声をあげながら何度も瞬きをしてその見た光景を確かめた。

 何故ならそこには、目を閉じぐっすりと眠っている皆がいたからだ。

 まずニーナとレイティア様が一緒の長椅子に座り寄り添いながら眠り、シスラン、アルフェルド皇子、レオン王子はそれぞれ一人掛け用の椅子に身を預けて眠っていた。

 さらにビクトルは壁に寄り掛かって腕を組みながら眠り、カイゼルは私のベッド近くで椅子に座り足を組んで眠っていたのである。


(な、なんで皆、私の寝室で寝ているの!?)


 そう驚きながら布団から身を起こそうとしてふと足側の方に何かいる事に気が付いた。

 私は確認するように視線をそちらに向けると、そこにはアンジェリカ姫が私の布団に上半身を乗せた状態で眠っていたのである。


(ええ!? アンジェリカ姫までどうしてここで寝ているの!?)


 全く意味の分からないこの状況に戸惑いながら、とりあえず近くにいるカイゼルを起こそうと手を伸ばしそしてピタリと動きを止めてしまったのだ。


(……もしあれが、夢ではなく実は現実でこのまま皆が起きたら……またあのような冷たい眼差しと態度を私に向けてくるのかもしれない)


 そう思い始めたら段々と怖くなり、私は伸ばしていた手を戻して胸元でぎゅっと握りしめた。

 するとその時、静かに寝室の扉が開きそこからタオルの掛かったボウルを持ったダリアが部屋の中に入ってきたのである。

 そしてまだ皆が寝ているのを確認してからゆっくりと視線を私の方に向けてきた。


「っ!!」


 ダリアは私を見て目を大きく開け驚きの表情でその場に立ち止まってしまったのである。

 さらにそんなダリアの手からボウルがするりと滑り落ち、大きな音を響かせながら床に落ちてしまったのだ。

 するとその大きな音に驚き、皆が飛び起きてダリアの方を見たのである。


「ダリア!? 一体何があったのですか!?」


 扉付近で立ち止まり両手で口を押さえて目を見開き固まっているダリアを見て、カイゼルは困惑しながら声を掛けた。

 しかしそんなカイゼルの声もダリアには聞こえていないのか、ボウルの中に入っていた水が床を濡らしていても、ダリアは何も反応せずただ一点をずっと見つめていたのである。

 さすがにそんなダリアを不審に思った皆は、そのダリアの視線を追ってゆっくりと私の方を見てきたのだ。

 そしてその視線が私に集中すると皆、同じように目を大きく見開いて固まってしまった。

 私はそんな皆を見て緊張しながら笑みを浮かべ小さく手を振ってみせたのである。


「お、おはようございます……」

「っ! セシリア!!」


 そんな大きな声をあげてカイゼルは慌てて椅子から立ち上がると、急いで私のベッドまで近付いてきたのだ。

 するとそれに続くように他の皆も私のベッドまで駆け寄ってきたのであった。

次回が最終話となります。

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