十二「五方神鳥」
ユヤンが何をするつもりなのか、レイレイにはまだわからない。それでも、気を引き締め直さねばならないことだけは確かだった。
いつもより口数の少ないレイレイをルーシュイは気遣ってくれているらしく、あまり話しかけることをしなかった。それでも、レイレイを見つめる瞳が優しく、それだけで護られていると感じた。レイレイができることのすべては、ルーシュイがいてこそだとしみじみ思う。
「レイレイ様、夕餉に召し上がりたいものはございますか? 力をつけるためにしっかりとしたものにするか、負担にならないように軽めのものにするか……。今日ばかりは甜点心でもなんでもおつけしますよ」
いつもなら甜点心は食事の代わりにはならないというくせに、その甘さが可笑しくて笑いが込み上げる。すると、緊張がほんの少し和らいだ。
「いいのよ。それは全部片づいて陛下がお元気になった時のお祝いに取っておくわ。そうねぇ、うん、肉や魚は控えめにして、軽い方がいいわ」
「御意のままに」
ルーシュイはその夕餉に、レイレイの注文通り野菜が中心の料理を作ってくれた。味もやや薄めであり、心が落ち着く優しさであった。それがルーシュイなりの心配りであったのだろう。
その後、レイレイはいつも以上に時をかけて湯浴みをした。そうして、覚悟を決めて寝衣を着込む。
今日の夢で何が起こるのかはわからない。けれど、ユヤンがああ言ったのなら、レイレイにしかできぬことがあるのだ。シージエのためにできることがある、それを幸いと思って尽力しよう。
それを決めたから、こんな時だというのに心は不思議と落ち着いていた。
ルーシュイはレイレイとは対照的に急いで湯浴みを済ませ、そうしてレイレイの寝室へとやってきた。湿った髪が少し波打っている。
「おそばに控えております。どうかお気をつけて」
寝台に足を横たえたレイレイの手を取り、ルーシュイは力強くうなずいた。レイレイも笑ってうなずく。
「うん、頑張るわ。じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
休むというのも少し違うような気もするけれど、これも習慣だ。
ルーシュイが見守ってくれている中、レイレイの意識は夢の中に沈んでいく。この時、何か懐かしいような気がした。
夢の中には靄が立ち込めていることが多い。けれど、今日は何故だかいつもと感じが違う。だというのに、どこか懐かしい。
そのわけは、夢の中に佇むユヤンに出会ってようやくわかった。
「やあ、鸞君。君とこうして夢で会うのは、君が就任する時以来だね」
白銀糸のごとく艶やかな長髪を揺らし、ユヤンは見惚れてしまうほど美しく微笑んでいた。
そう、レイレイが目覚めたばかりで自分のことを何も理解せずにいた時、ユヤンがこうして夢に出た。あの時以来というのなら、二年振りだ。それは懐かしくも感じられることだろう。
「ユヤン様があの時、わたしの夢に訪れてくださったのは陛下に謁見する前でしたね」
ユヤンはそっとうなずく。
「そうだ。実はね、これは夢ではないのだよ」
「え?」
「あの時は君に夢だと語ったけれど、実はそうではない。この神山に君の意識を連れてきたのだ」
レイレイはユヤンが何を言いたいのか、まるでわからなかった。だから目を瞬かせてそこにいるしかなかった。そんなレイレイにユヤンは苦笑した。
「この神山にいる方々に当代の鸞君である君を会わせたのだ。まあ、絶対ではないけれど、機嫌を損ねると後々大変だから」
「ここにいるって、誰なんです?」
濃霧の中、誰が潜んでいてもレイレイは気づかなかっただろう。意識だけだと言われたばかりだというのに、生身と変わりなく鼓動が速まる。
神山に棲むというのなら、神仙であるのは間違いないだろう。
ユヤンはそんなレイレイにゆっくりと語り出した。
「そうだな、まずどこから話そうか。鸞君である君は目覚めて最初に、鸞が朋皇国に降り立ったという伝承を聞いただろう?」
「はい。太平の世を保てと力を込めた羽根を残したと」
目覚めたその日にルーシュイが教えてくれた。あの頃は意味もわからずに聞いていたけれど、それくらいは覚えている。
「そうだ。しかし、その伝承は正確ではない」
時を経て歪んで伝わることもあるだろう。けれど、永い時を生きるユヤンがいて、それでどうして正確に伝わらなかったのか――
それは、ユヤンがそれでいいと判断したからではないだろうか。
レイレイはじっとユヤンの言葉を待った。
「鸞は、五羽のうちの一羽にすぎぬのだよ」
「えっ?」
「鸞、鵠、鳳凰、鸑鷟、鵷鶵――その五羽が舞い降りた。けれども、鵠、鳳凰、鸑鷟の三羽は強欲な人に愛想を尽かし、飛び去った。愚かながらも愛しいと人を好んだ鸞は、それでも力を分け与えたのだ」
鸞だけではなかった。本来ならばレイレイのような力を持つ者があと四人はいたということなのだろうか。
そこでふと、計算が合わないことに気づく。
「鸞が残って三羽が去ったのなら、あとの一羽はどこですか?」
鵷鶵についてが語られていない。レイレイが小首をかしげると、ユヤンはくすりと笑った。
「鵷鶵の力は私が受け継いでいる。ただし、政務に没頭してばかりの私だから、鵷鶵の力を使うことはあまりない。だから私は君ほど他人の夢を渡ることが得意ではないよ」
半仙のユヤンは永い時を生きている。その間に別の力が備わって、夢を渡る力は錆びついたのだろうか。
ただ、先を見通すようなところのあるユヤンだ。その力の一端に鵷鶵は関係しているのかもしれない。
「私たちは今、残りの三羽に会いに来たのだ。五方神鳥すべてがそろえば、もしかすると君の夢が破られることはなくなるかもしれない」
そう締めくくると、ユヤンは濃霧に向けてよく通る声で言った。
「さあ、鸞君を連れてきた。出てきて頂きたい」




