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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第三部+五方神鳥の章+

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十一「東淵領」

 翌日、朝からユヤンのもとへ急いだ二人がすぐに通されたのは、チュアンが先に戻って報告を済ませてくれていたからである。ユヤンはろくに休んでもいないだろうに、美麗な面持ちに疲れの色はかすかであった。半仙であることから、並の人間とは違うのだろう。

 ユヤンの執務室で礼を取った二人をユヤンは座るように促す。


「何か気になることがあるそうだな」


 静かに問うユヤンにレイレイはうなずいた。


「はい。あの、これがどういう意味を持つのかはわかりません。陛下の御不調の原因を突き止めることに繋がるのか……」

「けれど、鸞君が気になるのならば意味があるのかもしれない。どんな些細なことでもいい。話してくれ」


 ユヤンの言葉の節々に切実な心のうちが滲む。万能に思われるユヤンでさえも今回のことはこたえているのだ。

 レイレイは後ろで控えるルーシュイと一度目を合わせ、それから口を開いた。


「あの、東淵領のことなのですが……」


 そのひと言でユヤンは察したようであった。


「東淵領の元領主は確か鸞君が夢を見たと一番初めに報告してきた相手ではなかったか?」

「はい。鸞和宮にいた女官のことを伏せて報告したがためにややこしいことになってしまって、その節は申し訳ございませんでした」


 シャオメイが去ったことにユヤンが気づいてから、レイレイは一度説明をした。殺されかかったことは伏せ、グオチュイがシャオメイにそれを指示していたことだけを伝えてある。ユヤンはレイレイがよいのなら、とシャオメイの罪を問わずにいる。


「女官に鸞君を殺害させるつもりであったそうだから、本来の罪状をおおやけにするわけにも行かず、監獄から終身出さないように手配だけはしてある。当人は未だに認めていないそうだが」

「その元領主のグオチュイさんの夢に出向きました。グオチュイさんは何も知らないご様子で、夢の中でまで嘘をつけるとは思えないのです。これはどうしたことなのでしょう?」


 そこまで言うと、ユヤンの顔が険しくなった。そうして考え込む。


「東淵領……」


 唇からその言葉が漏れた。そうして、ハッと息を飲む。


「そうか。そうしたことか」


 一人で納得したユヤンに、レイレイは困惑して目を向けた。すると、ユヤンはようやく言った。


「東の国境沿いにある東淵領の向こうは宗星国そうせいこく。異教の者とは一切の関りを持たぬ国だ。それ故に油断があった。今の領主は――」


 そこでチュアンも気づいたようであった。


「まさか……」


 レイレイとルーシュイは置き去りに、ユヤンはチュアンにうなずく。


「ユエディン様だ――」




 ユエディンという名をレイレイが耳にしたのは初めてのことである。しかも、ユヤンが敬称をつけて呼ぶような人物なのだ。

 事情が呑み込めないレイレイたちに、ユヤンはため息をつくと言った。


「……現在の東淵領の領主は、陛下の兄君にあらせられるお方だ」

「えっ?」


 シージエに兄がいるとは初耳である。兄がいるのなら何故シージエが皇帝になったのだろう。


「先帝陛下は現皇帝陛下の資質に期待され、帝位を譲られた。選ばれなかったユエディン様は皇族としての身分を剥奪され、管理下で一官僚として過ごされている。この国の習わしだ」


 しかし、とユヤンはつぶやく。


「ユエディン様は簒奪など企てるご様子はないと常に報告は受けていた。だからこそ、東淵領をお任せしたというのに。……鸞君の夢にも表れたことはないだろう?」

「は、はい」


 覚えがない。だからレイレイはそう答えた。

 そんな人の夢は見たことがない。

 すると、ルーシュイが口を開いた。


「発言をお許しください。宗星国そうせいこくは呪術の盛んな国だと聞き及びます。そちらからなんらかの知識が流れていることはあり得ませんでしょうか?」

「そういう知識はお金で買えるのかしら?」


 なんとなくレイレイはつぶやいた。ユヤンはしばらく考え込むようなそぶりを見せ、そうして顔を上げた。


「鸞君が夢に見ることがなかったのなら、まずそれをどうかわしたのかということだ」


 レイレイの力が及ばずに見落としたという可能性はないだろうか。そう思うと急に不安になる。けれどユヤンはレイレイの能力を信じてくれているようだった。


「……もしかすると、鸞君は夢で何かを見ていたのかもしれない。もしそれを覚えていることができなかったのだとしたら、その夢が食われたのではないだろうか」


 そう言ったユヤンの言葉の意味がレイレイには理解できなかった。目を瞬かせていると、ユヤンは言った。


「確かなことではないのだが、宗星国の伝承には『伯奇はくき』と呼ばれる、夢を食う獣がいるという」

「夢を……食べる?」


 夢を食べるとはどういうことなのだろうか。靄のような実体のない夢を食べるというのか。

 食べられた夢のことをレイレイは覚えていられないと。

 そんなことが今までにあったのだろうか。まったく身に覚えがない。

 すると、ユヤンはまっすぐにレイレイを見据えた。


「もしそうなら、今晩が勝負だ。鸞君、今晩は心して眠りに就くように」

「は、はい!」

「陛下のご容体もある。長引かさぬために、頼む」


 ユヤンがそう言うのなら、猶予はないのだ。そうして、これはレイレイにしかできぬことであるのだろう。

 迷っている場合ではない。レイレイは力強くうなずいた。


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