七「気まずさ」
レイレイは狼を従えて朝餉の席へ向かう。そこにはいつもと変わりない様子で働くルーシュイがいた。
その姿を見た途端、レイレイは無性に胸が苦しくなった。いつものように好きだとか嬉しいとか、そういった単純なものではない。もちろん大事な人で、好きだという気持ちに変わりはない。けれど今はその感情に複雑なものが入り組み、絡み合う。
ルーシュイがレイレイに気づいて顔を上げた。ルーシュイもまた、いつもよりずっとぎこちない。レイレイも笑えなかった。
「おはよう、ルーシュイ」
「おはようございます、レイレイ様」
多分悲しい顔をしているとわかる自分と、明らかに困惑しているルーシュイが食卓を囲む。互いに目を見ては話せなかった。粥の味はいつもと同じなのに、喉が上手く呑み込めない。粥をかき混ぜながらレイレイはつぶやく。
「あの、昨日の夢のことなんだけれど……」
「……はい」
ルーシュイの声が神妙に返る。
これは互いの仕事のことだ。ルーシュイも聞かないわけにはいかない。
レイレイなりに手短に話そうと思った。けれど、語ろうとするとどうしても喉が拒絶してしまう。昨日の恐ろしさが蘇るからという理由だけではない。
こうして接していても距離を感じるルーシュイ。
レイレイが夢で感じた恐ろしさを語って、事務的な答えを淡々と返されたら、どうしても傷ついてしまう自分だから言いたくない。
今、無理をして語ろうとすると、途中で泣き崩れてしまいそうだ。レイレイは結局、そこで言葉を切ってしまった。
「ちょっと不確かなことなの。だから、今日改めて確かめるから、詳しくはそれから話すわ」
うつむいたままそれだけを口早に告げた。
「ですが、昨晩のご様子だと――」
ルーシュイもそう言いかけて止めた。昨日の話を蒸し返すことになるのが嫌だったのだろうか。
それでも、レイレイがあの子の身元を特定できていないのは本当のことなのだ。
だから、今語っても手を打てない。明日語っても同じことなのだ。
「うん、もう少し待って」
レイレイはそれだけ言うと、よそわれた粥をほとんど噛まずに無理やり押し込んだ。わがままもすべて抑えられるほどに、レイレイは落ち着いた大人ではないと、自分でわかっている。
わかっているから、今はあまり口を開かない方がいい。
ルーシュイの顔を見るのが苦しくて、あまり顔を向けなかった。
だから、ルーシュイがどんな顔をしてレイレイを見ているのかわからない。
もしかすると、レイレイが見ていないように、ルーシュイもレイレイを見ていなかったのかもしれない。
どこにきっかけがあったのかもわからないまま、レイレイはルーシュイとの距離に悩むしかなかった。
ルーシュイとほんの少し触れ合うだけのことが、レイレイにとってどれほど大事であったのか、今改めて思う。
そして、手を伸ばしたあと、振り払われる苦しさも感じた。
いつでも無条件で受け入れてくれる人などいないのだ。ルーシュイにはルーシュイの気持ちがあり、レイレイがそれに気づかぬままでいた。だからルーシュイは、レイレイと距離を保ち始めたということなのか。
考えはまとまらないまま、レイレイは朝餉を終えてルーシュイから遠ざかった。
その後、レイレイは庭先で空を眺めた。初夏の日差しが眩しく降り注ぐ。
二人しかいない鸞和宮で仲違いをすれば、互いの味方は誰もいない。ただ一人ぽつりと耐えるしかないのだ。そもそも、仲違いというのも違うのかもしれないけれど。
その中で木陰になった木の下に座ると、隣に狼が来てちょこんと座った。
レイレイを心配してついてきてくれたようにしか見えない。味方はいないと思った矢先に、こんなに可愛い援軍がいた。
そのふわふわの毛に抱きつくと、心がほんの少し落ち着く。頭の痛さも忘れるようだった。
「あなた、いい子ね。ユヤン様が帰ってきてもここにいてくれるといいのに」
無理なことを願ってしまう。
狼はキュゥンと鳴いた。そんなことを言われても困るといったところだろうか。
本当に人語を解するとしても驚かない。賢い狼だと思う。
レイレイは狼のぬくもりが心地よくて、夜によく眠れなかった分、気づけば狼にもたれかかってうたた寝をしていた。
それでも狼は耐えてくれていたのだから、やはり賢い狼だ。とても迷惑したことに変わりはないだろうけれど。




