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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+錦上添花の章+

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五「夢と幻」

 シージエと貴妃であるジュファとの仲が上手くいっていないことを、レイレイが気にすべきではないのかもしれない。

 ただ、あんなにも一生懸命なシージエのことを理解して寄り添ってくれる女性がいてくれたらと思うのだ。


 それは何もジュファである必要はない。後宮の誰でもいいのだ。

 ただの一人でもシージエを心から想ってくれたら――


 そんなことを考えたせいか、レイレイはその晩、夢を見た。その夢の中にいたのはジュファではない。あのゴタゴタがあってから無意識に見ることを避けていたのか、その顛末を知ることのなかったツェイユーだ。


 ツェイユーは外にはいなかった。多分そこはツェイユーの自室であるのだろう。彼女は物憂げに窓辺の長椅子にしな垂れかかっていた。香炉の煙がくゆり、ゆったりとした時間が流れている。

 そこにあの時の乳母が蓋椀を持ってやってきた。


「お嬢様、毎日こう思いつめていらっしゃっては体に毒ですよ」


 すると、ツェイユーは乳母に顔も向けずにつぶやいた。


「いくら外で待っていてもあの方にお会いできないんですもの。どうやったらもう一度お会いできるのか、毎日そればかりを考えてしまうの」


 ツェイユーはあれからずっとこの調子だったのだろうか。未だに一度会っただけのシージエを想っているのだとしたら、相当に一途な娘だ。

 レイレイが感嘆していると、乳母は大きく息をついて机の上に椀を置いた。


「お嬢様、その方とお会いなさった後、どうなさるおつもりなのですか?」


 そうなのだ、ツェイユーの想いの強さはわかった。けれど、実際問題、シージエと添い遂げるためには後宮に入らなくてはならない。あの美女たちと皇帝の寵を競い合うのだ。それは生半可な覚悟では難しい。


 それでも、もし、どんな覚悟もできるのならばレイレイもツェイユーのことをユヤンに知らせてみようかと思う。

 けれど、ツェイユーの口から漏れた言葉は、レイレイの想像もできないものであった。


「どうって、おかしなことを言うのね? あの方にお会いできたら、あの方もわたくしを想っていてくださって、それをわたくしに伝えてくださるわ。あの方もずっとわたくしを探していらっしゃるはずだから」


 うん? と、レイレイは小首を傾げたい気持ちだった。

 シージエは多分、ツェイユーのことをあまりよく覚えていない。顔を合わせて説明したら、もしかすると思い出してくれるかもしれないけれど。

 乳母ははぁ、とまたため息をついた。


「もし、お会いしてみてお嬢様が仰られるように、その方がお嬢様を想っていてくださらなかったらどうなさいますか? それでも想いを伝えて振り向いて頂くのですか?」


 すると、ツェイユーは可愛らしい顔を歪めた。さも嫌なものを見せつけられたかのようにして。


「わたくしから想いを伝えるだなんて、そんなことできるわけがないでしょう? あの方はわたくしを想っていてくださるのだから、それを伝えるのはあの方なの。わたくしはあの方のお気持ちに気づきながらもお言葉を待つの」


 レイレイは、そうですか、と言ったっきり口数が少なくなった乳母の気持ちがなんとなくわかってしまった。


 しばらく会わないうちに何か、余計にこじれてしまったような気がする。じっと家に閉じこもってシージエのことだけを考えた結果だろうか。その思考の中で、シージエはツェイユーの都合のいいように作り替えられてしまったような気さえする。


「ばあやはもしかして、まだあの方がどこの馬の骨とも知れないと思っているの? あの気品はただ事ではないわ。由緒正しい家の跡継ぎのはずよ。身分を隠してお忍びでいらしていたのではないかしら」


 空想癖というのか、夢見がちなツェイユーの言葉が実に的を射ているとは乳母も思わないようだ。冷めた目でかぶりを振った。

 実際のシージエが皇帝であると知った時のツェイユーの反応が怖い。恐れて諦めるよりも、ふわふわとした気持ちのまま夢を見て、目覚めるのが遅くなるような不安が否めない。


 年若くして即位したシージエにはたくさんの苦難がのしかかる。それはレイレイですら想像にかたくない。その時、精神的な意味でシージエを支える柱としての役割をこのツェイユーが担えるとは、正直なところ思えない。一時の癒しにすらなれるだろうか。


 厳しく見るならば、なれないかもしれない。

 ツェイユーはシージエのことも見ていない。

 自分の作り出した幻が一人歩きして、これではシージエに会えても悲しい結末になりそうだ。


 いつか、どこかで目が覚めて、現実の自分を見つめ直す機会があればいい。その日が一日でも早いといい、とレイレイは思った。

 少なからず関わることになった彼女だから、目を覚まさせてくれるような伴侶が現れることを密かに祈りながらレイレイはこの夢の裳裾を手放した。

 

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