七「夢の続き」
体調が思わしくないまま、レイレイは夜を迎えた。といっても、一日中寝台の上にいたのだけれど。
心配そうなルーシュイが長い時間そばにいてくれた。けれども夜はゆっくりと休んでほしい。
大丈夫だとレイレイは何度も何度もルーシュイに言い聞かせて部屋から出した。
そうして、昼夜の区別もないままレイレイは眠り続ける――
● ● ●
雪化粧を施された中庭で、幼子二人が戯れる。
一人は六歳ほど、もう一人は更に小さく感じられた。子犬のように駆け回る二人には寒さなど、どうということもない。
『***さま、転んでしまいますよ』
年長の娘がそう声を張る。白い息を吐きながら頬を真っ赤に染めたその娘の顔にレイレイは面影を見た。彼女はきっとシャオメイの妹だ。確信に近いほど強くそう感じた。
『だいじょうぶよインツァオ――きゃっ!』
案の定と言うべきか、舌っ足らずに答えた幼子は雪の中へ転がった。
『ああ! ***さま!』
だから言わんこっちゃないとばかりに、シャオメイの妹――インツァオは雪に足を取られながら走った。けれど、幼子は泣くでもなく楽し気に雪の上で手足をばたつかせている。
『つめたーい』
『それならもう起き上がってくださいませ』
そんなお小言がインツァオの口から出る。シャオメイの妹は甘えん坊だと思っていたけれど、こうして見ると随分面倒見がいい。
自分よりも幼い相手には甘えられないのだろう。なんとなく口振りもシャオメイを真似ているように思う。
幼子は陽気であった。きゃははは、と笑い続けている。あたたかそうな毛織物を羽織り、身なりは裕福であるが、なかなかにおてんばだ。
この幼子が、シャオメイの想い人が口にした名前の持ち主なのだろうか。インツァオの口からもその名前が聞き取れない。
『お風邪を召されてはお父上が心配なさいますよ』
インツァオのお小言に幼子は雪の上でがっくりと首をうなだれた。
『うん。おとうさまはすっごくしんぱいするわ』
『そうですとも』
『インツァオもシャオメイたちがしんぱいするわね』
『ええ』
キュッと手を取り合う二人。なんとも微笑ましい姿である。幼子の顔はレイレイからは見えないけれど、艶やかな黒髪の、とても可愛らしい子供なのではないかと思えた。
その時、幼子の首がふと持ち上がった。
『あ! おとうさま! シャオメイ!』
インツァオもそちらに顔を向けた。そこにはシャオメイとあの貴人がいた。これは二人があの川から戻った後の光景なのかもしれない。着ている衣があの時と同じだった。
『おとうさまー! シャオメーイ!』
幼子は元気に両手を高く振った。貴人は幼子の名前を呼びながら大きな足跡を雪の中に刻み、そうして幼子を抱き上げた。幼子の高らかな笑い声が冬の寒さの中で陽光ほどに明るく感じられた。
――それはいいのだが、とレイレイは愕然とした。
ルーシュイが冗談めかして言った言葉が正鵠を射ていたとは思わなかった。許されざる、報われない恋にシャオメイが苦しんでいる。そんなことがあるのだろうか。
微笑むシャオメイの横顔からは悲壮感など受け取れない。
この人を見守れるだけで幸せだと、シャオメイはそう思うのか。
『インツァオ、***と遊んでくれてありがとう』
使用人の子にまで丁寧な言葉で接する貴人の心はやはり澄んでいる。インツァオはすっかり恐縮してしまった。
『い、いえ』
『****までいなくなって***は毎日退屈していたから、本当に嬉しそうだ』
また、聞こえない名前が増えた。それも、夢の中にいてまでレイレイの体が不調を訴える。
『そうよ。****ちゃんにもう会えないなんてひどいわ』
『****は遠いところへ嫁に行ったんだから仕方がないだろう?』
『少しくらい帰ってきてくれてもいいじゃない』
『だから、すぐに帰れないくらい遠くだよ。お前も大人になったらわかるから』
『おとうさまは***がとおくにおよめに行ってもいいの?』
『それは――もちろん嫌だから、お婿をもらおうか?』
『じゃあ、****ちゃんもおむこをもらえばよかったのに』
『ええとね、***……』
父子の会話も頭がぼうっとしてしまってレイレイにはしっかりと聞き取ることができなかった。
やはり、力の使い過ぎはよくない。わかってはいても、無意識に引かれて夢を見てしまうのだ。
このまま体調が回復しないと、またルーシュイに心配をかけてしまう。まずは自分の体を労わらなければと思いながらレイレイは目覚めた。




