二「訳知りユヤン」
二人でいること。
それがレイレイとルーシュイの共通した願いである。二人でいれば、色々なことを乗り越えていけると思うのだ。
皇帝であるシージエや尚書礼のユヤン、国の礎である彼らの許可はもらっている。しかし、それも職務を怠らないことが前提条件であることくらい、レイレイにもわかっているつもりだ。
二人そろって挨拶に行った時、シージエは皇帝の玉座におり、市井を飛び回っていた頃のように親しげに言葉をくれなかった。遠い向こうからユヤンを通してぼそぼそと話す。
「今後、くれぐれも無茶はせず励むように、とのことだ」
神々しいまでの微笑でそれを伝えてくれたユヤン。その顔をレイレイはじっと見つめた。それだけでユヤンはレイレイの心を読み取ったようだった。
「陛下は少々お疲れなので、そっとしておいてほしい。ただ……それだけだよ」
フフ、と意味深に笑う。
顔も見せてくれないことを寂しく思うレイレイだが、思えばシージエは皇帝で、いくらレイレイが友情を感じていようともその尊顔はそうそう目にできるものではない。それを改めて思い知ったのであった。
それに、皇帝ともなればレイレイには及びもつかない激務が待っているのだろう。シージエの体が心配ではある。
けれど、レイレイが鸞君としてあればシージエの力にはなれるのだ。そう思うことにした。
秋が巡り冬へと季節が移行した頃、レイレイは両手で数えきれない民の声を聞いた。ただ、それをすべて自分で判断することはせず、朝餉の席で内容をルーシュイに語って二人で考えるようにした。無鉄砲なレイレイがルーシュイの心労のもとにはなりたくない。
「――なるほど。それは危険ですね」
「う、うん」
朝餉の席で青ざめたレイレイを、ルーシュイは心配そうに見遣る。
昨晩、レイレイが見た夢はこうである。
親同士が決めた許嫁であった二人が、めでたく夫婦になった。けれどそれは実のところ、何もめでたくなかった。
その娘には別に恋人がおり、その相手がいずれ事故に見せかけて夫を殺そうと企てていたのだ。それを妻も知っており、止めるどころかその日を心待ちにしている。
二人で手に手を取り合って駆け落ちすればいいものを、この夫の家の財産もほしいという欲の皮が張った連中である。
この夫は一途で、めとった妻を大事にしようと意気込んでいた。なんとも切ない片想いである。
想う人に気持ちが届かない苦しさ、通じた時の喜び。その両方を知るレイレイだからこそ、その夫が気の毒でならなかった。
ルーシュイもすぐにそれを感じてくれたようだった。急に席を立つと、机を回り込んでレイレイのそばに歩み寄った。かと思うと、横から椅子に座るレイレイを抱き締める。
「本当に、純粋なレイレイ様に見せたい夢ではありませんね。嘆かわしいことです」
ルーシュイの腕の中にいると、ほっとして力が抜けていく。そんなレイレイの二の腕の辺りをルーシュイは優しく摩った。
「ユヤン様に連絡しておきますので、レイレイ様はもうこのことはお忘れください」
「ありがとう、ルーシュイ」
ユヤンがしっかりと手を回してくれるだろうから、あの夫の心配は要らないだろう。ただ、その妻はどうなるのだろうか。殺害はまだ未遂であるから、その罪に問われることはないけれど、不貞の確たる証拠をつかみ、その件で夫から引き離すのだろうか。
もしそうだとしたら、あの優しい夫はとても悲しい思いをするのだろう。愛する、信じる人に裏切られることほどの苦しみはない。
そう考えると、命は救えても心までは救えない。
人の想いというものは難しく、すべての人が報われるというわけにはいかないのだ。
そっとルーシュイを見上げると、至近距離で目が合った。当たり前のようにルーシュイはレイレイに唇を重ねる。
そうなると、ルーシュイ以外のことは頭から抜け落ち、夢の恐ろしさも悲しさも何も感じられなくなってしまう。
ルーシュイはそれをわかっていてやっているのか、それとも自分の気の赴くままであるのか、それはよくわからない。
けれど、そんな瞬間もレイレイは幸せであった。この幸せが幻のように崩れ去った時、きっとレイレイはもとの自分には戻れないだろう。それほどまでにルーシュイはレイレイにとって大切な存在になっている。
長い口づけを終えた時、ふとレイレイは思い出した。
シャオメイも今、恋をしているのだと。
夢の中にいた時の、あの柔らかな表情は、きっと。
それがわかる自分になったのだ。
レイレイは微笑んで、そうしてシャオメイの恋路を遠くから応援したいと思った。




