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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第二部+海榴の章+

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一「後日譚」

 それは、大陸の中心たる朋皇国ほうしんこくという若き皇帝の統べる国の城市みやこ

 その閑静な東側に構える、神聖な鸞和宮らんかぐう梧桐あおぎりで建てられ、魔除けの朱を施した佇まい。

 絢爛ではなく、むしろ質実さがにじみ出る。己を誇示するようなこともなく、ただ凛とそこに在る。そうした宮であった。


 この鸞和宮は鸞君らんくんと呼ばれる乙女のための住まいなのである。鸞君はその力で民の嘆き、不正、声高に知らせることのできない諸所を見通す存在。その鸞君の力を引き出すことができる場がこの鸞和宮なのだ。


 当代の鸞君が今もこの鸞和宮に住まう。その護り人、鸞君護らんくんごと共に――



 鸞君であるレイレイは、鸞君に選ばれた際に職務に支障をきたさぬために記憶の一切を消された。

 己の名前さえ知らぬ彼女が、目覚めて初めて出会った人である鸞君護の青年、ルーシュイに名を与えてほしいと願って、そうしてつけてもらった名が『レイレイ』なのである。本名はそのルーシュイでさえも知らない。


 けれど、楽天的な性質であるレイレイは過去に思い悩まされることもなく、存外前向きに毎日を過ごすのであった。

 その奔放さにルーシュイの方が振り回されるほどである。ルーシュイなりに無茶をするレイレイのことを案じ、取り返しがつかなくなる前に鸞君から降ろすことも考えた。けれどレイレイ自身がそれを望まず、ルーシュイと共に職務を全うするという結論を出した。


 ルーシュイはレイレイをあるじとして以上に、一人の女性として慕う自分を認め、レイレイを護るべくそばにいる。


 これはルーシュイがレイレイのもとを離れ、再び戻って来た翌朝のことである。



     ● ● ●



 レイレイは寝台の上で目覚めた。今日、何の夢も見なかったのは、ルーシュイのことで頭がいっぱいであったからだろうか。寝台に広がる髪が首をもたげると引き潮のように寝台の白の上を流れる。


 ううん、と小さく伸びをしてレイレイは寝台を下りた。行李から衣を選び取ると、寝衣の帯を解いて脱ぎ捨て、空色の衣に袖を通す。髪を軽くくしけずり、鏡台の前で右、左、とおかしなところがないか調べた。

 大丈夫だろうと思えたので、鏡の前でひとつうなずいてみせる。


 鏡に映る自分の姿。この自分をルーシュイが見るのかと思うと、なんとなくそわそわしてしまう自分が可笑しかった。軽く唇に触れ、そこに与えられた熱を思い起こすと、幸せながらに身の置き所に困るような恥ずかしさも込み上げてくる。

 ――などと自室で一人浸っていると、扉を叩く音がした。


「レイレイ様、お目覚めでしょうか? 朝餉の支度が整いましたのでお呼びしに参りました」


 涼し気で柔らかなルーシュイの声。レイレイが慌てて扉を開くと、そこには柔和な笑みを浮かべた気品のある青年が立っていた。

 良家の子息と言わんばかりの容姿をしたルーシュイだが、その生い立ちは少々複雑で、ルーシュイが故意に作り出した雰囲気が相手に育ちがよさげだと受け取らせるのだ。

 事実、引き取られた家は裕福であったのだから、そう見えても不思議ではないけれど。


 複雑なその過去を知ったレイレイに向けるルーシュイの笑顔は優しいものである。表向きの穏やかさの奥にある本当の顔――それで微笑んでくれているのだとレイレイは思うのだ。

 そのことが何よりも嬉しくて、レイレイも自然と微笑んでいた。


「うん。ありがとう、ルーシュイ」

「いえ。ではこちらへ」


 レイレイに微笑んで返すと、ルーシュイは深衣しんいの裾を捌いて回廊を行く。

 本来、この鸞和宮にはもう一人の存在があった。シャオメイといって、レイレイの身の回りの世話をするための女官である。


 諸事情からシャオメイはここにいられなくなり、ルーシュイが雑務のすべてを取り仕切ることになっている。

 その諸事情が解決し、シャオメイをここに戻すことも今となっては可能なのだが、ルーシュイがこのままでいいと言う。

 レイレイとしては、シャオメイがいてくれたらそれはそれで嬉しいけれど、ルーシュイに二人きりがいいとささやかれては何も言えない。


 毎日食べる朝餉はルーシュイの粥。丁寧に炊いた粥に薬味も工夫してくれていて飽きることがない。

 椅子を引かれ、そこに座ったレイレイにルーシュイは薬味を振りかけた粥を差し出す。


「どうぞ。火傷にお気をつけください」

「ありがとう。いただきます」


 ほこほこと優しい湯気が立ち昇る。ルーシュイも粥の入った瓦燉盆(土鍋)を挟んで向かいに座った。レイレイは油条(揚げパン)と松の実の振りかけられた粥を湯匙(蓮華)ですくって頬張る。揚げたての油条がカリ、と口の中で砕け、鶏ガラが染み込んだ柔らかな米によく馴染んでいる。


 それほど長く食べなかったわけではない。ほんの数日、ルーシュイがレイレイのそばを離れた間だけ口にしなかった、それだけのことである。けれど、もう何年も食べていないかのような気分だった。それほどまでに懐かしく、美味しく感じられたのだ。


 粥をみながらレイレイの目にはじんわりと涙が浮かんでいた。ルーシュイは驚いたように手を止めてレイレイを見遣った。そんな彼にレイレイは涙ぐみながら微笑む。


「やっぱり、ルーシュイのお粥が一番美味しい」


 その途端、ルーシュイは手にしていた湯匙を机の上に置くと、急に机の上にダン、と大きな音を立てて突っ伏してしまった。


「え!? ル、ルーシュイ、大丈夫?」


 椀を置いておろおろとし出したレイレイに、ようやく顔を上げたルーシュイはほんのりと頬を染め、ぼそりとつぶやいた。


「いえ、すいません。ちょっと幸せを噛み締めていました」

「えぇ?」


 驚いたけれど、ルーシュイが幸せならばレイレイも幸せである。レイレイは朝の雀の声に混ざり、クスクスと笑い声を立てた。


海榴つばきです。

「椿」この字だと中国では違う植物を指してしまうそうなので一応……

物は同じで、あの紅い花を思い描いて頂ければ大丈夫です(^-^;


全13話。第一部より文字数少なめ、話数多めでお送りします(笑)

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