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花鳥雲月録 ~乙女と不機嫌な護り人~  作者: 五十鈴 りく
第一部+恋慕の章+

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三「惨い事実」

 白い靄の中、彼女はさめざめと泣いていた。たおやかで、そんな姿も可愛らしい。けれど、笑顔はもっと可愛らしいはずだとレイレイはツェイユーのそばに座り込んで声をかけた。


『どうしてそんなにも泣くの?』


 すると、ツェイユーは涙に濡れた顔を僅かに上げた。


『シージエ様にあれから一度もお会いできないのです。もう二度とお目にかかることができないのなら、私はこのまま目覚めずにいたい……』


 そこまで思い詰めるなんて、とレイレイは心を痛めた。


『そんなにも恋焦がれているのね。その想いがきっと通じると信じて、もう少しだけがんばってみましょう。ね?』


 そうすると、ツェイユーは花びらのような唇をキュッと結んでうなずいた。その様子はなんとも可憐だった。

 やはり、恋をすることは素晴らしいことなのだろう。こんなにも誰かを強く想うことができたなら――

 そういう感覚がまだよくわからないレイレイには、ツェイユーが大人に思えた。



     ● ● ●



 そうして、レイレイは早朝からルーシュイに頼み込むのである。朝餉の席にも着かず、ルーシュイの深衣の袖にすがった。


「お願い! シージエを探して!」

「まだそのようなことを……」


 呆れた声だった。けれど、レイレイは引かない。自分のための頼み事ではないのだから、簡単には引けない。


「だって、あんなにもシージエを想ってるんだもの。わたしも何かしてあげたい」


「……どうなっても知りませんよ」


 ルーシュイは不穏なひと言をため息交じりに零した。レイレイはしょんぼりとうつむく。


「わたしにはまだ恋心がよくわからないけど、会えないだけであんなにも苦しそうなんだもの。恋が実ったら、きっとすごく嬉しそうに笑ってくれるんじゃないかしら?」

「実れば、ですね」


 手厳しく言われた。レイレイはムッとしてルーシュイを見上げる。


「ルーシュイにも恋心はわからないんでしょ?」

「そうですね、わかりません」


 投げやりに思える台詞にレイレイが膨れても、ルーシュイは協力的な姿勢は見せなかった。

 けれど、レイレイが諦めないと悟ったのか、ルーシュイは朝餉を終えるとレイレイを伴って鸞和宮の外へ出た。


「彼女の恋の顛末を見届ければ、レイレイ様は納得されるのですよね」

「う、うん」


 あまり機嫌がいいとは言えないルーシュイと共に往来を歩く。ルーシュイの面持ちが冷ややかだから、夏の城市の活気もどこか遠くに感じた。気まずくて、早くシージエに出会えないものかとレイレイは心底願った。


 シージエとの最初の出会いは商店の辺りだった。次の出会いは住宅。そう考えると、どこに出没するのか見当がつかない。どうしたものかと考えていると、案外あっさりと会えたりする。


「レイレイ!」


 往来の只中、背後から声をかけられた。レイレイは思わず指をさして叫びたくなったくらいだ。


「シージエ!」


 レイレイが満面の笑みを向けたせいか、シージエは少し戸惑った風だった。つり目がちな眼を瞬かせている。


「シージエ、よかった。あなたを探してたの」

「へ? ああ、フェオンのことで?」


 小首を傾げた彼を、ルーシュイは睨んでいるわけではないのだろうけれど、どこか険しい表情で見ていた。そのせいか、シージエもなるべくルーシュイに目を向けないようにしていた気がする。

 それでも、シージエは優しく言った。


「フェオン、ちゃんと帰れたんだろう? レイレイの顔を見たらそれがわかったよ」

「うん。フェオンのことはもう大丈夫なんだけど……」


 と、レイレイは勢いよくうなずくと、シージエの腕を引っ張って道の脇へと移動した。通行の邪魔である。ルーシュイもついてきたけれど、表情は厳しい。


「あのね、シージエって、恋人とか許婚とか奥さんとかいる?」


 レイレイの質問がかなり唐突に思えたのだろう。シージエは驚いて口を開けた。そんな彼にレイレイは畳みかける。


「どうなの?」


 すると、シージエは苦笑しながらつぶやいた。


「うん、いる」

「ええっ!」


 レイレイは思わず絶叫してしまった。こう言ってはなんだけれど、シージエは女っ気がなさそうに思われたのだ。それが――


「俺が望んでのことじゃないんだけど、まあ仕方がないというか……」


 どうやら、親が決めた許婚というところのようだ。当の本人はあまり乗り気ではない様子で。

 ツェイユーにこのことを告げたら卒倒してしまいそうだ。しかし、シージエに許婚への気持ちがないことはせめてもの救いだろうか。


 しかし、だからといってツェイユーをけしかけ、二人が相愛になったらその許婚に恥をかかせてしまう。レイレイはどうしたものかと目が回りそうだった。そんなレイレイにルーシュイはささやく。


「これでスッキリしますね。よかった」


 何もよくない。なんてことを言うのだろうか。

 レイレイが呆然としていると、シージエから、


「なんでいきなりそんなことを訊くんだ?」


 と、もっともな質問を返された。


「あ、や、ちょっと色々あって。じゃあね、元気で!」


 と、レイレイは曖昧にごまかして逃げるという選択をした。シージエには申し訳ないけれど。

 小走りになるレイレイに、ルーシュイは悠々とついてくる。


「だから言ったでしょう?」


 その笑顔に腹が立つ。


「大丈夫ですよ。ああいう恋に恋している乙女はすぐに立ち直りますから」

「そういう適当なこと言わないでよ!」


 レイレイが睨んでも、ルーシュイはどこか機嫌がよく見えた。そら見たことかと言いたいのだろう。

 こうなってくると、いかにしてツェイユーを傷つけないようにして待ちぼうけをやめさせるかが問題だ。


 事実は惨い。やんわりと伝えられないものだろうか。

 レイレイは深くため息をついた。


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