第296話 無法街アークレイズ
ライトニングさんが口にした【アークレイズ】という言葉。
地名であることはわかるけれど、その響きにどこか引っかかるものを感じた。
何より――それを聞いた瞬間のガイの表情が、はっきりと変わった。
「ガイ……もしかして、ライトニングさんが言っているアークレイズについて知っているの?」
問いかけると、ガイは一拍置いてから低く息を吐いた。
「……あぁ。アークレイズは“無法街アークレイズ”とも呼ばれている街だ」
「無法街……?」
嫌な予感が胸をよぎる。
「来る者は拒まず、過去は一切問わない。それを掲げてる街だ。
結果として、他の街じゃ生きられなくなった連中――犯罪者や賞金首の吹き溜まりにもなってる」
はっきりと言い切るガイの声には、警戒と嫌悪が混じっていた。
「私も聞いたことがあるわね」
続いてマキアが腕を組みながら口を開く。
「商売をするなら、アークレイズだけには近づくなって。儲け話も多いけど、それ以上に命が安いって」
ガイだけでなく、マキアまで知っている。
どうやら僕が知らなかっただけで、相当名の知れた街らしい。
「ママ……そこまで危険な場所なの?」
エクレアが不安そうにライトニングさんを見る。
「えぇ」
即答だった。
「罪人も、賞金首も、裏稼業の人間も区別なく暮らしている。
誰がどんな過去を持っていようと、それを理由に追い出されることはないけれど――」
そこで一度言葉を切る。
「逆に言えば、街の中で何が起きても守ってくれる仕組みはない。
奪われるのも、裏切られるのも、殺されるのも……すべて自己責任よ」
「確かに、あそこはそういう街だな」
ウィン姉も静かに頷いた。
「ウィン姉も知ってるんだ」
「長く冒険者をやっていれば、嫌でも耳に入る。だが……愛弟には、できれば知ってほしくなかったな」
「え?」
「汚れた世界のことなど知らず、純真無垢なままでいてほしかったというのが本音だ」
そう言って、ウィン姉は僕を抱き寄せる。
「ちょ、ウィン姉……」
また子ども扱いだ。
けれど、その言葉に悪意がないことはわかる。
「行く当てがないからって、そんな場所に向かうことになるとはな」
ガイが舌打ち混じりに言う。
「しかも、さっきの話だと……フィアを探すのに“都合がいい”って感じだったな」
「えぇ」
ライトニングさんは肯定した。
「危険なのは事実。でも、アークレイズには他の街では決して表に出ない情報が集まる。闇に潜む人間ほど、あの街に流れ着くから」
「……情報量は多い、か」
ガイが納得したように呟く。
「ただし」
ライトニングさんの視線が、真っ直ぐに僕へ向けられる。
「情報を得るには、それ相応の覚悟と力が必要よ。誰も助けてくれない場所だからこそ、試される」
決断を促す目だった。
――逃げ続けるのか、それとも踏み込むのか。
「……フィアの情報が手に入るなら、行くよ」
迷いはあった。
でも、それ以上に立ち止まり続けることの方が怖かった。
「このまま逃げ回っていても、何も変わらないから」
「――そう」
ライトニングさんが満足そうに微笑む。
「いい顔ね。その覚悟があるなら、向かいましょう。アークレイズへ」
「でも、ここからだとかなり距離があるぞ」
「勘弁してくれ……また歩きかよ」
「文句言うならお前は帰れ」
「アイス、お前俺にだけやたら辛辣じゃねぇか?」
ザックスが肩を落とすが、アイスは当然のように言い返す。
そのやり取りに、少しだけ場が和らいだ。
「最初は徒歩になるけど、途中からは馬車が使えるはずよ」
「馬車? おいおい、大丈夫なのか? 俺たち今、手配されてるんだぞ」
「えぇ。だってその馬車――アークレイズ行きだから」
その一言で、全てが腑に落ちた。
来る者を拒まない街へ向かう馬車なら、素性など問われない。
「それなら……少しは安心、かな?」
「スピィ~?」
スイムも不安そうに鳴く。
「とにかく、今は迷ってる暇はねぇ」
ガイが前を向く。
「ネロ。行くぞ。アークレイズへ」
「うん……! そうだね!」
ガイの言葉に、僕の迷いは完全に振り切れた。
危険な街。
戻る道のない場所。
それでも――仲間を救うためなら。
こうして僕たちは、“無法街アークレイズ”へと足を向けることになるのだった。




