第292話 手配書
「……遂に来たか」
ウォルトの街でギルドマスターを務めてきたサンダース・トールは、ギルド管理局の封書を机に置き、深く息を吐いた。
封筒の封はすでに切られている。
中に記されていたのは、短く、しかし重い文言だった。
『本通達が配達人により受領された日をもって、
サンダース・トールのギルドマスターの職を剥奪する』
受領日時は配達人がその場で記録する。
読んでいなかった、気づかなかった――そうした言い逃れは一切許されない形式だ。
「この部屋とも……今日でお別れか」
自嘲気味に呟き、サンダースは執務机の背にもたれた。
覚悟はしていた。
黒の紋章使いが街に現れ、自身がその術中に落ち、敵味方の区別もなく暴れ回ったこと。
ネロやエクレア、勇者パーティーの助けがなければ、さらに多くの犠牲が出ていたことも――。
その時点で、サンダースは「解任」を覚悟していた。
だが、届いたのはそれよりも重い処分だった。
「……やっぱり、甘くはねぇな」
天井を仰ぎ、苦く呟く。
解任であれば、別の街へ回される可能性は残る。
実績は消えず、再起の道も閉ざされはしない。
だが――剥奪は違う。
それは「ギルドマスターとしてあるまじき行為をした」と公式に断罪される処分。
一度下されれば、二度とギルドマスターに返り咲くことはない。
積み上げた功績も、街を守ってきた年月も、すべてが白紙になる。
残るのは――
「ギルドマスターを剥奪された男」という不名誉だけだ。
「ちょ、困ります!」
外から聞こえる慌てた声。
続いて、別の男の苛立った声が重なる。
「何が困るのですか。今日からこの私がギルドマスターなのですよ」
次の瞬間、ノックもなしに執務室の扉が開かれた。
「おやおや。まだいらっしゃったのですか」
入ってきたのは、七三分けの黒髪にちょび髭を生やした男――。
その口元には、勝ち誇ったような笑みが貼り付いている。
「クロム――お前が後任かよ」
「そのとおり。管理局から、とっくに貴方の地位剥奪は通達されているはずですが?」
「わかっている。今、身の回りの整理をしていたところだ」
「必要ありません」
クロムは即座に言い切った。
「この部屋にある物はすべて、ギルドの資産です。私物の持ち出しは認められていませんから」
「……随分と乱暴だな」
「貴方こそ、ご自身の立場を理解しているのですか?」
クロムは一歩踏み出し、見下すように続ける。
「貴方は剥奪されたのですよ? もう“元”ですらありません」
サンダースは歯を食いしばった。
「粗暴な男がギルドマスターなど務めるから、こんな事になるのです。冒険者より盗賊の方が、よほどお似合いでしょう」
「クロムさん! それは言い過ぎです!」
フルールが声を荒げるが、クロムは意にも介さない。
「さて、私がこの部屋に入ってから、もう一分が経ちました。そろそろ出て行っていただきたい」
懐中時計を取り出し、わざとらしく告げる。
「――随分と偉くなったものだな、クロム」
「当然です。今日から、ここは私のギルドですから」
「ギルドは私物じゃねぇ」
「だからこそ、私が“正しく”管理するのです」
クロムはフルールを一瞥し、鼻で笑った。
「礼儀も教育も、随分と乱れているようですしね」
「な……ッ!」
だが、サンダースはもう言葉を重ねなかった。
ここに留まる資格は、すでに失われている。
「……フルール。今まで苦労を掛けたな」
「ギルドマスター……!」
「元、です」
クロムが割って入る。
「では早速仕事です。まずは――この手配書を貼ってもらいましょう」
「……手配書?」
フルールの声が震えた。
その直後――階段を上ってくる足音が響く。
「お久しぶりですね、サンダース」
現れたのは王国騎士団。
先頭にはグラムとバエルの姿があった。
「今、どんな気分ですか?」
バエルが嗤う。
「ついさっき、職を剥奪されたところだ。それで満足か?」
「ははっ。情けない。やはり、こんな男にギルドマスターは無理だったんだ」
「言いたいことはそれだけか?」
「――残念ですが、違います」
グラムが一歩前に出て、手配書を突きつけた。
「こちらをご覧ください」
「……エクレア・トール?」
サンダースの声が、掠れた。
「その通りです。ネロ、元勇者ガイと共に――指名手配されたのです」
バエルが愉快そうに続ける。
「当然、家族である貴方にも話を聞きます。砦で、じっくりと」
こうしてサンダースは、事実上の拘束状態のまま、騎士団に連行されることとなった――。




