第291話 フレアが戻った理由
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ギル、クール、スノウらが執務室を下がっていくと、広々とした室内にはギレイルとフレアの二人だけが残された。
外では雨が残響のように屋根を叩き、静寂に薄い緊張を滲ませている。
「ところでフレア。管理局の仕事もあるからな。今回は戻らぬと踏んでいたのだが……よく戻ってこられたものだ」
ギレイルは椅子にもたれず、背筋を伸ばしたままフレアをまっすぐ見据えた。
その瞳は、息子の帰還を喜ぶそれではなく、理由を探るための冷たい光だ。
「――少々イレギュラーな事態が起きまして」
フレアは肩に落ちた前髪を指先で払いつつ、淡々と答えた。
「イレギュラーか。あの塵に聞いていた話と関係があるのか?」
ギレイルの声が一段低く落ちる。
フレアのまぶたが、わずかにピクリと動いた。
(聞こえていたか……)
だが、その気配を悟らせぬよう、フレアは淡々と表情を整えた。
「ええ。いずれ父様の耳にも入ることですので、お伝えします。――管理局で尋問中だったフィアが連れ去られました」
書類に目を落としていたギレイルの眉が、ビクリと跳ね上がった。
「連れ去られた? 一体誰にだ」
「不明です。しかし、ただ者ではありません。局員十三名を殺害してフィアを攫いました。潜んでいた痕跡もまるで残さずに」
フレアの声は淡々としていたが、そこに漂う温度はどこか異様だった。
「管理局の局員を十三名か。あそこに務める以上、一定以上の腕はある。その者たちがまとめて殺られたと?」
「はい。冒険者ランクで言えば最低でもB。何名かはSランク相当の力を持っていました。それが――全滅です」
「……お前は、その犯人を見たのか?」
ギレイルの問いに、フレアは一瞬だけ言葉を止めた。
そのわずかな間を敏感に察知し、ギレイルの眼光が鋭さを増す。
「――いえ。私が戻った時には既に逃走した後でした。今は管理局が全力で行方を追い特定を急いでいます」
「なるほど。それでネロが関わっている可能性を考えて戻ってきた……というわけか」
「その通りです。管理局からの指示でもありました。ただ――さきほどの反応を見る限り、関与の線は薄そうですが」
ギレイルは、机の上に指をトントンと叩きながら思案する。
その音が、部屋の沈黙に重く響いた。
「……管理局には“関与の可能性が高い”と伝えておけ」
「ほう。それはあいつらを追わせるため、ですか?」
「そうだ。管理局も噛ませれば、奴らの逃げ場はない。手配網が広がれば、動きも封じられる」
「賢明な判断ですね。それに、あいつらは間違いなくフィアを探す。そこを仕留めれば良いだけの話」
「ならば尚更、お前にはしっかり働いてもらわねばならん。これ以上の失態はアクシス家の沽券に関わる。わかっているな?」
ギレイルの眼光に、フレアは微笑を浮かべた。
「ええ、父様。このフレア・アクシスにお任せを」
「……頼んだぞ」
「御意」
フレアは恭しく頭を下げ、そのまま執務室から出ようと歩を進めた――が。
「フレア。ところでお前は、フィアを連れ去った相手を本当に見ていないのだな?」
ギレイルの静かな問いかけに、フレアの足が一瞬止まる。
(……勘が鋭い)
わずかに息を止め、フレアは振り返らずに返した。
「――はい。残念ながら」
その声には、微かに熱が含まれていた。
扉を閉めると、フレアは廊下で小さく鼻で笑った。
「全く……疑り深い男だ」
階段の窓から轟音と共に稲光が差し込み、フレアの赤髪を淡く照らす。
彼はふと目を伏せ――脳裏に“あの光景”を呼び起こす。
◆◇◆
部屋中に、肉の焦げた匂いが満ちていた。
倒れ伏す局員たちは炭になり、床には黒い影だけが残る。
そして、その中央に――
炎をまとった女が立っていた。
赤い髪、灼熱を帯びた肌。
唇には無邪気にも見える笑み。
『ほう。この姿を見て美しいと称するとはな。中々見どころがあるぞ』
炎の鳥が舞い、その熱気で空気すら揺らめく。
その女――イフリアは、気絶したフィアをひょいと抱え上げると、愉悦に満ちた眼差しをフレアへ投げた。
『良かろう。貴様は生かしておいてやる――フレア。その名も覚えておくとしよう』
その言葉を残し、炎を翼に変えて飛び去った。
フレアはただ立ち尽くしていた。
(こんな気持ちは初めてだ……)
◇◇◇
胸に手を当て、フレアはほくそ笑む。
フィアもネロも、もはやどうでも良い。
心を奪ったのは――灼熱の女、イフリア。
(あの女に……もう一度会いたい)
その欲望だけが、フレアの歩みを前へと駆り立てていた。
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