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【WEB版】水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~   作者: 空地 大乃
第八章 救いたい仲間たち

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第290話 アクシス家の価値

 ギレイルの追及が終わり、重苦しい空気を背負ったまま部屋に戻ったギルは、扉を閉めた瞬間、全身から力が抜けたように大きく息を吐いた。


(……まったく、ろくでもねぇ家だ)


 足元がふらつくほどの疲労感。

 ただの戦いの疲れではない。

 ネロの紋章を奪おうとした時の、あの強烈な激痛が今も頭の奥に残っている。


(ありゃ……絶対にただの失敗じゃねぇ)


 苛立たしげに舌打ちしながら、ギルは靴を片方ずつ雑に蹴り飛ばし、そのままベッドへ倒れ込んだ。


 天井を睨みつけながら、深く長いため息をつく。


「ちっ……あいつの手に、一体何があったってんだ……」


 苛立ち混じりの呟きが、湿った空気に溶けていく。


 ギルは黒の紋章の力――【無情なる剥奪者】を使って、ネロの紋章を奪おうとした。

 本来なら「直接触れさえすれば」どんな紋章でも奪えるはずだ。


 だが、掴んだのは紋章のない右手。

 ……のはずだった。


 ネロの反応はどう見ても“何かがある”と訴えていた。

 強烈な違和感を抱き、ギルは右手に隠された紋章があると踏んで能力を発動した――にも関わらず。


「うぐっ……!」


 思い出しただけで頭痛が再燃しギルは奥歯を噛み締めた。あの時の頭蓋の内側を金槌で殴られ続けるような激痛。

 視界が歪み、そのまま意識を手放したのだ。


 目を覚ました時にはメイドに発見され、ネロ一行は既に逃走済み。

 その後ギレイルに呼び出され叱責を受けたが、ギルは本当のこと――剥奪に失敗したとは言わなかった。


(どうせギレイルの奴は水の紋章を下に見てる。まさか“奪おうとした”なんて考えもしねぇだろ。都合のいい思考だよな)


 ギレイルに黒の紋章の真価を悟られるわけにはいかない。

 ギルはアクシス家を利用するつもりでいる。

 手札は少ないほど困るのだ。


「……でも、やっぱ腑に落ちねぇ」


 寝返りを打つと、月明かりに照らされた自分の左手をじっと見つめた。

 黒い紋章が淡い光を吸い込むように脈打っている。


「あの頭痛……なんなんだよ。右手に紋章があったとして、なんで奪えなかった?」


 額に皺を寄せて考えるが、答えは出てこない。


「畜生……意味わかんねぇ」

「――随分と機嫌が悪そうだな」


 不意に窓際から声がした。

 ギルが身体を起こして顔を向けると、そこには月光を背に仮面の男が立っていた。


 暗がりからでもわかる無表情な仮面……なのに、じっとりとこちらを観察しているような、不快な感覚がある。


「またあんたかよ。勝手に忍び込むのが趣味なのか?」

「好きに捉えてくれて構わんよ。それで……心境に変化はあったかな?」


 探るような声音。

 くぐもった声なのに、こちらの胸の内を覗き込んでいるような感覚がある。


 ギルは舌打ちしながらも、気になっていたことを問いかけた。


「なぁ。あんた、この紋章に詳しいんだろ? 一つ聞きてぇんだが……俺の力じゃ奪えない紋章って、あるのか?」

「答えても良いが、その前に返事を聞かねばな」


 仮面の男が語る“返事”とは――

 黒の紋章使いが集う秘密組織【深淵を覗く刻】への加入の意思だ。


「……考えてやってもいいぜ。ただし条件がある」

「条件とは強気だな。言ってみろ」

「俺はここに残る。組織に入ったからってアクシス家を離れるつもりはねぇ。それが飲めるなら加入してやる」

「構わんさ。それでいい」


 あまりにもあっさりした返事に、ギルは眉をひそめた。


「……随分とあっさり許可するな」

「このアクシス家は利用価値がある。我々もそう判断している。

 これまでもあえて野放しにしてきたのは、その価値を見ているからだ。

 だから、お前がここに残るのはむしろ歓迎だ」

「つまり……俺がここに居てくれた方が都合がいい、ってわけか」


 ギルはベッドから腰を上げ、仮面の男と正面から向き合った。

 男は何も答えない。ただ静かに、それが真実だと告げているようだった。


「まあいい。じゃあ加入してやるよ。――で、さっきの質問の答えは?」

「奪えない紋章があるか――だったな」


 仮面の男の声がわずかに低くなる。


「結論から言うと、ある。お前の能力でも“黒の紋章だけは奪えない”」

「……なんだって?」


 ギルの目が大きく見開かれる。


「確かに俺は黒の紋章を奪ったことはねぇし、そもそも他の黒の紋章使いなんて知らなかったが……」

「ならば尚更のはずだ。――なぜ、そんな質問を?」


 問いかけられ、ギルの心臓が一瞬強く脈打つ。


 言いかけた言葉が喉に詰まる。


(……バレるわけにはいかねぇ)


「いや、なんでもねぇ。ちょっと気になっただけだ」


 ギルはすぐに視線をそらし、そっけなく返す。

 仮面の男は追及するでもなく、淡々と話を続けた。


「加入したと言うなら、今は勇者として動いておけ。――仕事は後で連絡する」


 その言葉を残し、男は夜気に溶けるように姿を消した。


「……勝手なやつだ」


 ギルは舌打ちしながら再びベッドに倒れ込む。


(もしネロの右手に“黒”があったなら、俺にも視えたはずだ。……なのに視認できなかった)

(じゃああいつの手には何が?)


 胸に残る違和感は消えない。

 だが――


(どっちにしても、あいつらに聞かせていい話じゃねぇよな)


 思考がゆるやかに途切れ、ギルの意識は深い眠りへと落ちていった――。

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