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【WEB版】水魔法なんて使えないと追放されたけど、水が万能だと気がつき水の賢者と呼ばれるまでに成長しました~今更水不足と泣きついても簡単には譲れません~   作者: 空地 大乃
第八章 救いたい仲間たち

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第289話 責任追求

 ネロ一行が罪人であるガイを連れ逃亡したことで、アクシス家の屋敷には重く張り詰めた空気が漂っていた。


 執務室の中央では、ギレイル・アクシスが肘掛け椅子に座り、机を指先でコツコツと叩いていた。

 その一音ごとに、場の空気がさらに冷たくなる。


「大失態だ――あの塵にここまで好き勝手されるとはな」


 低く、地を這うような声。

 怒りを押し殺した声音の方が、怒鳴るよりも恐ろしい。


「……申し訳ございません。私の力が及ばぬばかりに」

「私もです。どのような罰も受け入れる所存です」


 頭を垂れるメイド長セリーヌと執事長ジルベルト。

 しかしギレイルは沈黙を保ったまま、鋭い視線を二人に突き刺すだけだった。


「まったくですわ。貴方たちがついていながらこの体たらく」

「そうですわお母様。きっとたるんでいたのです」


 アンダラとスネアが追い討ちのように言葉を放つ。だがギレイルの目が動いた瞬間、二人はビクリと肩を震わせ、すぐに口を閉ざした。


「……それを言うなら、私も同罪だがな」


 ギレイルは深く椅子に背を預け、重い吐息を漏らす。

 ネロを捕らえるため、自らも動いたにも関わらず取り逃した――その屈辱が、彼の胸中を煮えたぎらせていた。


「まったく揃いも揃って情けねぇな。あんな塵一人、ぶっ殺すこともできねぇとは」


 壁際に凭れかかっていたガンズが、薄笑いを浮かべながら吐き捨てた。


「黙りなさい、ガンズ! 貴方も似たようなものでしょう!」


 アンダラがヒステリックに声を上げる。


「俺は途中参加だぜ? それにお前らより仕事した覚えはある」


 挑発的に笑うガンズ。その笑みにアンダラとスネアの顔が悔しさで歪む。


 その時――。


「三人を連れてきました」


 扉が開き、フレアがクール、スノウ、ギルの三人を伴って入室した。

 冷気のような静寂が再び部屋を覆う。


「ご苦労。それで、奴らについてはどうなった?」

「冒険者管理局と主要ギルドに魔報を打っておきました。すぐにでも賞金首として指名手配されるでしょう」


 フレアの声は落ち着いていた。ギレイルが短く頷く。


「そうか。冒険者どもに任せるのは癪だがな……こちらの息のかかった者どもにも連絡を取っておけ」


 そう言ってギレイルは、フレアの背後に並ぶ三人へ視線を向けた。


「さて。お前たちが何故呼ばれたか、わかっているな?」


 静かな声だった。しかしその圧は刃のように鋭く、三人の背筋を凍らせた。


「――俺、いや私は嫌な予感がして地下牢に向かったのですが、不意を突かれましてね」


 ギルが乾いた笑みを浮かべながら弁明する。だがその言葉を最後まで聞く者はいなかった。


「そのような話で納得すると本気で思っているのですか、貴方は!」


 アンダラがすぐさま声を荒げる。だがギレイルが片手を上げ、制止した。


「やめろ、アンダラ。お前は直接の責任者ではない」


 そしてギレイルの視線がギルを貫く。

 その威圧に、ギルは背筋を正して頭を下げた。


「お前はこれから勇者としてガイの代わりを務めねばならん。にも関わらず、この失態だ。多くの者がお前に失望するだろう」

「だったら命じてくださいよ。魔物退治でもダンジョン攻略でも盗賊狩りでもいい。全部片づけて名声を取り返してみせる。それでチャラってことで」


 挑発的な笑みを浮かべるギル。


「やれやれ、素が出てるぞ、ギル」


 フレアがため息混じりに呟くと、ギルは「しまった」とばかりに頭を下げた。

 ギレイルは嘆息し、今度はクールとスノウに目を向ける。


「ギルよりも問題なのは貴様らだ。地下牢の番を任されておきながら、ネロのような塵を通すとはな」


 重く響く言葉に、二人の肩がわずかに揺れる。


「クール」


 ギレイルの声が一段低くなる。


「お前は氷の魔法を使う。塵でしかない水魔法に負けるはずがない――にも関わらず、何故だ? まさか油断したなどとは言わぬな」


 クールはスッと瞳を閉じ答える。


「油断などしていない」

「ほう。ならば何故だ。納得のいく理由を聞かせろ」


 ギレイルの声が冷たく響く。一瞬の沈黙。


「理由は単純だ。ネロの水魔法が強か――」

「理由ならございます」


 その言葉を最後まで言わせまいと、スノウが一歩前に出て声を重ねた。唐突な割り込みに、クールが小さく目を見開く。


「連中は、クール様の妹であるアイス様を連れておりました。これは実質、人質に取られたも同じこと。クール様が本気で攻撃できる状況ではなかったのです」


 淡々とした説明調ではあるが、声には強い確信が宿っている。

 スノウのその“作り話”は、クール本人ですら一瞬言葉を失うほど自然だった。


 ギレイルが眉をひそめる。


「確かにアイスは奴らと共にいたが……どう見ても仲間として自ら行動していたぞ」


 ギレイルの指摘にスノウは即座に返す。


「本意であったかどうかは不明でございます。操られていた可能性もありますし、クール様が情に流され攻撃を躊躇した事実には変わりません」


 スノウの横顔を見ながら、クールは何も言わなかった。

 

――自分が言おうとした真実、つまり「ネロの力を認めて退いた」という事実を、スノウが意図的に覆い隠したことを理解したからだ。

 それが自分と妹を守るための嘘であることも。


 ギレイルは重い溜息を吐き、椅子に背を預ける。


「ギレイル様。どうか今一度汚名返上のチャンスを頂けないでしょうか。機会さえ与えて頂ければ、クール様と共に必ず連中を捕らえて見せましょう」


 スノウが堂々と言い放った。ギレイルは「うむ」と短く発し――


「妹が人質にされていたなどという言い訳は通用せんが……機会を求める姿勢だけは評価しよう」

「寛大なお心遣い、痛み入ります」


 スノウが堂々と頭を下げる。クールは目を伏せたまま、何も否定もしない。肯定もしない。

 ただ静かに、その場の流れを受け止めているだけだ。


「スノウ、そこまで言うならチャンスをやろう。ただし――次はないと思え」

「ありがとうございます」

「……尽力する」


 スノウが改めてお礼を述べ、クールは短く呟いたのだった――

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