第286話 素直になれない
僕はガイたちに、旧アクア鉱山での出来事を説明した。
あの時はガイが別行動でいなかったけれど、エクレアとフィア、セレナが一緒だったんだ。
「なるほどな。俺がクソ親父に会いに行ってる間に、そんなことがあったのかよ」
ガイが腕を組み、苛立ちを隠さず眉間に皺を寄せる。
怒りの矛先は僕ではなく――おそらく父親に向いているのだろう。
「つまり、貴様は“ケツアルカトル”が人化した姿というわけだな?」
ウィン姉が鋭い目つきでケトルを見据えた。
「いや、ウィン! そんな“貴様”呼ばわりして大丈夫なの!?」
マキアが焦って止めようとするけれど、ウィン姉は意に介さない。
「何を言う。この男のせいで愛弟が危険な目に遭ったのだ。貴様で上等だろう」
「ウィン姉、それはケトルのせいじゃないから」
「まったく……ネロは優しいな。そういうところが私は大好きなんだがな!」
そう言って、ウィン姉が僕を抱きしめてくる。
いや、だから近いってば!
「……全く、飛んだブラコンだな」
ガイが呆れた声を出す。
「あはは……」
「スピィ~」
エクレアは苦笑し、スイムはネイトに抱えられながら楽しそうに震えていた。
その柔らかな空気の中で、ケトルが静かに頭を下げる。
「確かにそなたの言う通りだ。面目次第もない」
低い声に、皆の視線が集まる。
「そんな、気にしないでください。ただ……あそこから出てきて良かったんですか?」
エクレアが心配そうに尋ねると、ケトルは小さく頷いた。
「うむ。我が主がそう望まれたのだ」
主――それがネイトのことなのは、すぐに察せられた。
思い出す。旧アクア鉱山で、ケトルは「我らの存在は内密に」と言っていた。
あの“我ら”の中に、ネイトも含まれていたのだろう。
「そもそも、その子どもは何者なんだよ?」
ガイがネイトを顎で指す。
「……悪いが、それについてはまだ語るわけにはいかぬ」
ケトルが視線を逸らした。
「あぁ? “まだ語れない”だと? 舐めてんのか?」
ガイが詰め寄ると、ケトルは小さく息を吐いた。
「すまぬ。だが、いずれはわかる日も来るだろう」
「だったら今言えや!」
「ガイ、そんな喧嘩腰は良くないよ」
僕が割って入ると、ガイが顔を寄せてくる。
「だぁ! お前は本当に甘ぇんだよ! 今の状況で、何も話さねぇ奴を信じろってのか!」
あぁ……完全に聞く耳を持っていない。
そんな中、エクレアが静かに口を開いた。
「あの、それで一緒にここまで来たのは、何か理由があるんですか?」
その穏やかな声に、場の空気が少し和らぐ。ケトルが答えた。
「うむ。主がそれを望まれたのだ。それに、お主らには以前より世話になっていたからな」
ケトルの視線が僕に向けられる。どうやらネイトが僕たちに会いたがっていたらしい。
「ネイトはどうして僕たちに?」
「ネイト、大人になりたいの! そのためにはネロの助けが必要なの!」
スイムを抱きながら、ネイトがくるくると回って笑う。
スイムも負けじと身体をぷるぷる震わせて応える。
……可愛いなぁ。けれど、“大人になる”ってどういう意味なんだろう?
「おい。大人になりたいってどういう意味だ?」
ガイがケトルに問いかける。
「……すまぬが、それもまだ言えぬのだ」
ケトルの声が小さくなる。
「はぁ!? それも言えねぇのかよ!」
ガイが声を荒げる。ケトルは申し訳なさそうに視線を落とした。
「本当にすまぬ……だが、いずれはわかる時が来る」
その姿を見ていると、怒る気にもなれない。
きっと彼なりに守るべきものがあるのだろう。
「ガイ、そんなに無理に聞かなくてもいいよ。今はそっとしておこう?」
僕がなだめると、ガイが顔を近づけてきて、イライラを隠さず唸る。
「だ・か・ら~お前は本当にお人好しだな!」
その時、ウィン姉の声が割って入った。
「――貴様、さっきから“言えぬ”ばかり抜かしておるが……本当は知らないだけではないのか?」
静まり返る空気の中、ケトルがピクリと肩を跳ねさせた。
「ギクッ……!」
あまりにわかりやすい反応に、皆の目が丸くなる。
「えっと、本当に知らないんですか?」と僕が尋ねると、ケトルが目を泳がせた。
「む、むぅ……それについては“言えぬ”のだ」
ウィン姉が腰に手を当て、呆れたようにため息をつく。
「だから知らないのだろう? 素直にそう言えば、こんなややこしい話にはならんのだ」
ケトルは視線を泳がせながら口をもごもごと動かす。
「そ、それは……」
ネイトが両手を腰に当ててため息まじりに言った。
「ケトルは素直じゃないの」
その言葉に、スイムが「スピィ~」と同意するように鳴く。
さらにエクレアが笑いながら言った。
「知らないのは恥ずかしいことじゃないですよ。正直に言ってくれた方が助かります」
続けてアイスが、冷たい笑みを浮かべて杖を構えた。
「師匠がこう言っているのだ。さっさと白状しないと……凍すぞ!」
ケトルがついに観念し、ガクンと膝をついた。
両手を床につき、恥ずかしそうに顔を伏せる。
「す、すまなかった……知らないというのが、恥ずかしくてつい……」
その告白に場が一瞬静まり返り、すぐにザックスが声を上げた。
「本当だったのかよ!」
マキアが苦笑混じりに続ける。
「意味深なこと言っておいて、実は知らなかっただけなんてね」
「てめぇ、紛らわしいことしてんじゃねぇぞコラ!」
そしてガイが吠えるように言い放った。
「ほ、本当に済まない……」
ケトルは肩を落とし、申し訳なさそうに言った。
――結局、ケトルはネイトのことをよく知らなかった。でも、それならなおさら、どうして彼がネイトと一緒にいるのか。
その理由が、余計に気になって仕方なかった。




