第285話 雨中の山小屋で
雨が本格的に降り始めた頃、僕たちは森の中で見つけた山小屋に身を寄せていた。
木造りの壁を叩く雨音が次第に激しさを増し、時折、稲光が小屋の中を一瞬だけ白く染める。直後、地の底から響くような雷鳴が続いた。
「……すげぇ降り方だな。小屋が見つかって本当に助かったぜ」
「うん。これはネイトのおかげだね」
「えっへん!」
「スピィ~♪」
ネイトが胸を張って得意げに笑う。
その足元では、スイムが楽しそうに床をぽよんぽよんと跳ねていた。
山小屋には暖炉があり、マキアが持参していた火打石で火を灯してくれた。
「スイム、もう少し回復したら水を上げるからね」
「スピィ♪」
僕の掌の中でスイムがぷるぷると震え、嬉しそうに返事をする。
まだ小さな姿だけど、少しずつ元気を取り戻しているのがわかる。
「しかし、この雨はある意味ちょうど良かったのかもしれぬな」
窓の外を見つめながら、ウィン姉が静かに呟いた。
その横顔は炎の光に照らされ、どこか頼もしさを感じさせる。
「えっと、それはどうして?」
エクレアが首を傾げて尋ねると、ウィン姉はわずかに口角を上げた。
「この雨で我々の足跡も匂いも消えるだろう。追跡は容易ではなくなる」
「なるほど! 流石は師匠!」
アイスが感嘆の声を上げる。その目がまるで星のように輝いていた。
確かに、これだけの雨なら、僕たちの痕跡もきれいに流してくれるだろう。
「けどよ、連中が気長に待ってくれるとは限らねぇよな。もしこの小屋まで追ってきたらどうする?」
「それなら大丈夫♪ 雨はネロの味方をしてくれるもん!」
ネイトがにっこり笑って言い切った。その声には不思議な説得力があって、少しだけ胸の奥の不安が和らぐ。
「そう上手くいけばいいけどよ……」
「あんたは男のくせに心配性すぎ」
「いや、この状況で平然としてる姉ちゃんの方がすげぇよ……」
マキアの軽口に、ザックスが肩を落としながらぼやいた。
けれどその顔には、どこか笑みが浮かんでいる。少しずつ、皆の緊張が解けていくのがわかった。
「ネイト様がそう言っておられるのだ。ならば間違いなかろう」
ケトルが低い声で静かに告げる。その落ち着いた口調が、小屋の中を包み込むように響いた。
だが、その言葉を聞いたガイが訝しげに眉を寄せた。
「……ところで、お前らは一体何者なんだ? 何で俺等に近づいた」
「ガイ、そんな疑うような言い方はよくないよ。助けてくれたのに」
「はぁ。本当お前は甘いな、ネロ。助けられたとはいえ、素性の知れない連中を簡単に信じるな。今の状況を考えろ」
確かに、ガイの言い分にも一理ある。
アクシス家に追われている身として、見知らぬ者を警戒するのは当然だ。
けれど――。
「某のことであれば、ネロ殿はわかっておられるはずだが」
ケトルが落ち着いた声で言った。その言葉に僕は目を瞬かせた。
「え? 僕が……?」
「スピィ?」
スイムも首(?)をかしげるように僕を見上げる。
「えっと、どこかでお会いしましたっけ?」
「むぅ……覚えておらぬか?」
ケトルが不服そうに眉をひそめる。その様子を見て、ネイトが笑いながら口を開いた。
「ケトル、その姿だと気づかれないと思うよ?」
「……はっ! そうか!」
ケトルは手を打ち、ようやく合点がいったようだった。
「これは失礼。某は――以前、ネロ殿に世話になったケツアルカトルであるぞ」
「ケツアルカトル……えぇえええぇッ!?」
「うそっ、あの時の!?」
「スピィィ!?」
僕とエクレア、そしてスイムの叫びが重なった。
まさかあの時の巨大な蛇が、今目の前に人の姿で立っているなんて――。
「なんだよケツアルカトルって……意味がわかんねぇぞ」
ガイが困惑したように頭を掻く。
無理もない。あの時、ガイはいなかったんだ。
ウィン姉は眉を寄せ、アイスは表情をなくし、マキアとザックスはぽかんと口を開けている。
僕たちは顔を見合わせ、互いに頷き合うと――あの時、僕たちがケツアルカトルと出会った日の出来事を、少しずつ語り始めた。
外では、雨が変わらず大地を叩き続けていた。
だがその音は、今ではどこか心地よく感じられた。
再会の不思議な縁を祝福してくれているように――。




