第281話 燃え盛る長兄
氷の女神像が両腕を広げ、アクシス家の者たちを包み込もうと迫ったその瞬間――姿を見せたのはアクシス家の長男、フレア・アクシスだった。
「灼熱魔法・煉獄迦楼羅!」
轟く咆哮と共に炎の鳥が生まれ、氷姫へと突撃する。
燃え盛る炎が氷を舐め、女神像は悲鳴を上げるように砕け散った。
「美しい氷だ……だが、脆い」
燃えるような赤髪を翻し、空から舞い降りる男。
右手には火系の紋章の中でも希少な【灼熱の紋章】、左手には魔法の効果を劇的に高める【増幅の紋章】。二つの紋章を宿すその存在は、ただ立っているだけで戦場を支配するような圧を放っていた。
「フレア……お前まで来るなんて!」
僕は息を呑む。視線を向けられただけで、心臓が焼かれるような錯覚に陥った。
「久しいな、ゴミ。貴様がまだ生きていたとはな」
フレアはゆっくりと地へ降り立ち、炎を纏う眼光を僕に突きつける。
「……丁度いい。貴様、フィアについて何か知っているなら教えろ」
右手に宿した炎を握りつぶしながら、妙な問いを投げかけてきた。
「え……フィア?」
「スピィ?」
僕とスイムは同時に声を上げ、顔を見合わせる。
「隠すな。知っていることをすべて吐け。燃やされたくなければな」
燃え盛る炎を背に放たれる言葉。淡々としていながらも脅迫に近い声音は、心の奥まで突き刺さる。
「フィアなら……冒険者管理局に捕らわれているはずだろ? どうしてそんなことを……」
困惑して問い返す僕。フレアはその反応を見て、鼻で笑った。
「……なるほど。やはり何も知らぬか」
それ以上は語らず、顔を背ける。
「ちょっと待って! それって、フィアに何かあったってことなの!?」
エクレアが叫ぶ。彼女とフィアは意気投合し、深い友情を育んでいた。だからこそ、心配で仕方ないのだろう。
勿論、それは僕も一緒だ。勇者パーティーで共に過ごしたガイの視線も鋭さを帯びている。
「教えろ! フィアに何があった!」
ガイが声を荒げる。しかしフレアは興味なさげに一瞥をくれるだけ。
「知らぬなら、ゴミに用はない」
右手を掲げた瞬間、空気が熱で軋む。不味い――!
「灼熱魔法・烈火灼連弾!」
無数の灼熱弾が生み出され、雨のように降り注ぐ。狙いは僕たちだけじゃない。アイスにも直撃の軌道。
さっき氷魔法を放ったせいで魔力を消耗したのか――いや、それだけじゃない。アイスはフレアへの恐怖に足を縫い止められていた。
「――っ!」
僕は杖を構える。だが魔力はまだ空虚、防ぐ術はない。
その時――。
ドォン、と凄まじい音を立てて氷雪の壁が立ち上がり、烈火の雨を弾いた。
冷気が肌を刺し、炎と氷がぶつかり合って蒸気が巻き上がる。
「……まさか……兄様……?」
アイスがか細く呟いた。しかし姿は見えず、ただ氷の壁だけがそこにあった。
けれど僕にもわかる。きっと、どこかで彼女を見守っていたのだ。
「チッ、茶番が長ぇんだよ!」
ガンズが毒づき、大砲を担ぎ直す。砲口がこちらを狙い、戦場の圧はさらに高まっていく。
ギレイルは錬金魔法で次々とゴーレムを生み出し、ジルベルトとセリーヌもいつ動き出すかわからない。
流石にこれ以上ここで戦い続けるのは得策じゃない。ガイを助ける目的は果たしたんだ。長居は禁物だ――
それに、フィアのこともある。フレアの言葉が脳裏を焼き、確信に変わりつつあった。何かが起きている、と。
魔力は……多少は戻ってきている。これなら――!
「水魔法・水濃霧!」
残った魔力をかき集め、杖を振る。濃密な霧が瞬時に立ちこめ、視界を覆い隠した。
「霧だと!? 何故突然……!」
「くそっ、狙いが定められねぇ!」
「逃げるよ、皆!」
「スピィ!」
「チッ、仕方ねぇか!」
「愛弟が決めたことだ。急げ!」
「ケトル、お願い!」
「御意!」
怒声と砲撃音が響く中、僕たちは霧の帳の中へと駆け出した――。




